ADHDの正体は「脳の個性」〜最新脳科学が解き明かすメカニズム〜

ADHDの正体は「脳の個性」〜最新脳科学が解き明かすメカニズム〜

ADHD(注意欠如・多動症)について、「本人のやる気の問題」や「しつけのせい」といった誤解は、今もなお根強く残っています。しかし、近年の脳科学の進歩により、ADHDの正体は「脳の特定の機能やネットワークの働き方の違い」であることがはっきりと分かってきました。 私たちが日常的に行っている「計画を立てる」「誘惑を我慢する」「集中を切り替える」といった行動の裏側で、ADHDの脳では一体何が起きているのでしょうか。専門的な知見を、一般の方にも分かりやすく紐解いていきます。

1. 脳内の「連絡役」が少しのんびり屋:神経伝達物質の物語

私たちの脳内では、数千億もの神経細胞が情報をやり取りしています。その「橋渡し」をするのが神経伝達物質です。ADHDにおいて特に重要なのが、ドパミンノルアドレナリンの2つです。 ● 「やる気」と「報酬」のドパミン ドパミンは、ワクワクしたり達成感を感じたりする時に分泌される「報酬系」の物質です。ADHDの脳では、このドパミンが不足気味であったり、効率よく受け取れなかったりします。そのため、普通の人なら「これくらいの成果で頑張れる」という場面でも脳が満足せず、より強い刺激や目先の楽しさを優先してしまうのです。 ● 「覚醒」と「フィルター」のノルアドレナリン ノルアドレナリンは、脳を覚醒させ、必要な情報に注意を向けさせる物質です。これが不足すると、脳の「フィルター機能」が弱まります。仕事中に隣の席の話し声や外の車の音が、本来集中すべき作業と同じ音量で脳に流れ込んでくるため、注意が散漫になります。

2. 司令塔「前頭前野」のブレーキが効きにくい

脳の最前部に位置する前頭前野(ぜんとうぜんや)は、感情を抑える、計画を立てる、短期的な記憶を保持する(ワーキングメモリ)といった「実行機能」を司る脳の司令塔です。
  • ブレーキの故障: 何か思いついた時に「ちょっと待てよ」と止めるブレーキが弱いため、衝動的な発言や行動が出てしまいます。
  • ワーキングメモリの容量不足: 複数の情報を一時的に脳に留めておく力が弱いため、指示を忘れたり、マルチタスクで混乱が生じたりします。
ADHDの脳では、この前頭前野の成熟スピードが、定型発達の人に比べて数年ほどゆっくりであることが研究で示されています。これは決して「怠けている」のではなく、物理的な司令塔の処理能力の問題なのです。

3. ネットワークの「切り替えスイッチ」の不具合

私たちの脳には、大きく分けて2つのモードがあります。
  1. デフォルト・モード・ネットワーク(DMN): ぼーっとしている時や空想している時の「アイドリング状態」。
  2. 中央実行ネットワーク(CEN): 何かに没頭し、集中している時の「仕事モード」。
通常、作業を始めるとDMNがオフになりCENがオンになりますが、ADHDの脳ではこの切り替えスイッチがうまく機能しません。集中しようとしている最中に脳の裏側で「アイドリング状態」が動き続けてしまうため、ふと意識がどこかへ飛んでしまうのです。

4. 「あとで」が理解しにくい評価システム

ADHDの人は、時間的な感覚にも特徴があります。これを脳科学では遅延報酬割引と呼びます。将来もらえる大きな報酬(テストの合格など)よりも、「今すぐ手に入る小さな快感(ゲームなど)」を脳が圧倒的に高く評価してしまいます。 脳内の報酬システムが「今、ここ」に極端に重きを置いているため、将来を見越した行動が難しく、先延ばし癖が生じやすくなります。

特性は「欠陥」ではなく「違い」

ADHDは脳の構造や化学物質のバランスという、非常に物理的な基盤に基づいた特性です。ですから、視力が悪い人に「気合で見ろ」と言わないのと同じように、適切な「眼鏡」としての支援が必要です。

薬物療法で神経伝達物質を整える。 環境調整で脳への刺激を減らす。 小さな報酬をこまめに設定する。

これらはすべて、脳の仕組みに合わせた科学的なアプローチです。病態を正しく知ることは、本人を責めるためではなく、「どうすればこのユニークな脳を活かせるか」を考えるためのスタート地点なのです。