精神医学研究の新しい標的③:アストロサイト―EAAT2/GLT-1系
(医療関係者向けコラム)

精神医学研究の新しい標的③:アストロサイト―EAAT2/GLT-1系(医療関係者向けコラム)

[この論説文は、コラム「うつ病研究最前線:アストロサイトから見たうつ病」の内容を、医療関係者向けにA Iを利用して加筆修正したものです。]

「神経細胞中心主義」を超えて

精神疾患の生物学的研究は、長い間、神経細胞と神経伝達物質受容体を中心に進められてきた。うつ病ではセロトニンやノルアドレナリン、統合失調症ではドパミン、そして近年ではNMDA受容体が主要な研究対象となっている。しかし、神経細胞が正常に情報を伝えるためには、その周囲の環境が一定に保たれていなければならない。この「神経細胞が働ける環境」を作っている中心的な細胞が、アストロサイトである。
かつてアストロサイトは、神経細胞を物理的に支えるだけの「糊」のような細胞と考えられていた。ところが現在では、シナプス形成、イオン濃度の調節、エネルギー供給、血流制御、炎症反応、神経伝達物質の回収と再利用など、多彩な機能を担っていることが分かっている。
なかでも精神医学的に重要なのが、興奮性神経伝達物質であるグルタミン酸の処理である。その主役となるのが、アストロサイト膜上のグルタミン酸トランスポーターEAAT2である。
注:EAAT2は遺伝子名をSLC1A2といい、げっ歯類では一般にGLT-1と呼ばれる。したがって厳密には、ヒトの研究ではEAAT2、マウスやラットの研究ではGLT-1と表記するのが適切である。本稿では両者をまとめて「EAAT2/GLT-1系」と呼ぶ。

シナプスの情報を整えるアストロサイト

グルタミン酸は、学習、記憶、注意、感情、意思決定など、ほぼあらゆる高次脳機能に関係する。しかし、その作用は「多ければよい」というものではない。シナプス間隙に放出されたグルタミン酸は、必要な受容体を短時間だけ刺激した後、速やかに除去されなければならない。
グルタミン酸がシナプス外に残れば、隣接するシナプスへ流出する「スピルオーバー」が起こる。その結果、本来は独立しているはずの情報伝達が混線し、シナプス外NMDA受容体や代謝型グルタミン酸受容体が過剰に刺激される。さらに濃度が上昇すれば、カルシウム流入、酸化ストレス、ミトコンドリア障害を介して興奮毒性に至る。
アストロサイトの微細な突起はシナプス周囲を包み込み、放出されたグルタミン酸をEAAT2/GLT-1によって回収する。この構造は、神経終末、シナプス後細胞、アストロサイトの三者からなる「三者間シナプス」と呼ばれる。
EAAT2は、グルタミン酸1分子とともに3個のナトリウムイオンと1個の水素イオンを細胞内へ運び、同時に1個のカリウムイオンを細胞外へ出す。この輸送はナトリウム濃度勾配に依存しており、Na⁺/K⁺-ATPaseやアストロサイトのエネルギー代謝と密接に結びついている。したがってEAAT2は、単なる排水口ではなく、脳の代謝状態に依存して働く能動的な調節装置である。
回収されたグルタミン酸は、アストロサイト内のグルタミン合成酵素によってグルタミンへ変換される。グルタミンは神経細胞へ戻され、再びグルタミン酸となってシナプス小胞に充填される。これが「グルタミン酸―グルタミン回路」である。
つまりアストロサイトは、グルタミン酸を除去するだけではない。神経伝達を終わらせ、シナプス間の境界を守り、次の神経伝達に必要な材料を神経細胞へ返しているのである。

うつ病とEAAT2/GLT-1

大うつ病性障害の死後脳研究では、前頭前皮質、前部帯状回、海馬、扁桃体などにおいて、アストロサイトの密度、突起構造、関連遺伝子の発現に変化が報告されている。ただし、すべての研究で一貫してEAAT2が低下しているわけではない。脳部位、年齢、自殺、罹病期間、薬物治療、死後変化などの影響を受けるため、単純に「うつ病ではEAAT2が減る」と断定することはできない。
一方、動物実験では、より因果関係に近い知見が得られている。
ラットの前頭前皮質でGLT-1を阻害すると、脳内自己刺激に対する反応が低下し、報酬感受性の低下、すなわちアンヘドニアに相当する行動が生じる。また、空間記憶の障害も報告されている。少なくとも前頭前皮質では、アストロサイトによるグルタミン酸回収の障害だけで、うつ病に関連する行動変化を引き起こし得ることになる。JohnらのGLT-1阻害研究①
慢性ストレスがEAAT2/GLT-1機能を変化させる分子機構も明らかになりつつある。
2023年の研究②では、社会的敗北ストレスに脆弱な雄マウスの内側前頭前皮質において、アストロサイトのO-GlcNAc転移酵素、すなわちOGTが増加していた。OGTによるGLT-1のO-GlcNAc化は、グルタミン酸回収機能を低下させた。アストロサイト特異的にOGTを抑制すると、グルタミン酸伝達の異常、樹状突起やスパインの減少、抑うつ様行動が改善した。
これは、ストレスや代謝異常がアストロサイトの翻訳後修飾(著者注)を介してGLT-1機能を変え、前頭前皮質の神経回路を不安定化させる可能性を示している。うつ病と糖代謝異常が高率に併存することを考えると、興味深い接点である。ただしOGTは多数の蛋白質を修飾し、長期的なOGT抑制は逆に神経変性を招く可能性があるため、直ちに治療標的になるわけではない。FanらのJCI研究と解説②
著者注:翻訳後修飾(Post-Translational Modification :PTM) 合成されたタンパク質にリン酸化、糖鎖付加、アセチル化、ユビキチン化などの化学変化が加わることです。これにより、タンパク質の活性、安定性、細胞内局在、分解などが調節されます。
また、2024年には治療抵抗性うつ病患者を対象にしたTMS–EEG研究③で、左背外側前頭前皮質からのグルタミン酸作動性信号伝播の低下が示され、その空間分布がアストロサイト関連遺伝子の発現分布と相関した。これはEAAT2を直接測定した研究ではないが、ヒトの治療抵抗性うつ病においても、前頭前皮質のグルタミン酸機能とアストロサイト異常が関連する可能性を示している。WadaらのTRD研究③

炎症とグルタミン酸恒常性の交点

EAAT2/GLT-1系が注目されるもう一つの理由は、神経炎症とグルタミン酸異常を結びつける位置にあることである。
炎症性サイトカイン、活性酸素、ミトコンドリア機能障害などは、EAAT2の遺伝子発現、膜への輸送、膜上での安定性を変化させ得る。さらに、活性化したミクログリアやアストロサイトからのグルタミン酸放出が増加すると、「放出の増加」と「回収の低下」が同時に起こる。
その結果、シナプス外グルタミン酸が増え、シナプス外NMDA受容体を介した信号、酸化ストレス、樹状突起の退縮、シナプス可塑性の障害が進む可能性がある。炎症、ミクログリア、アストロサイト、グルタミン酸系は、それぞれ独立した病態仮説ではなく、一つの連続した病態回路として理解できる。炎症・グリア・グルタミン酸に関する総説④

統合失調症では「低下」とは限らない

統合失調症ではNMDA受容体機能低下仮説が知られているが、これは脳全体のグルタミン酸濃度が単純に低いという意味ではない。特定の細胞や回路におけるNMDA受容体機能低下と、別の場所におけるグルタミン酸放出増加やスピルオーバーは両立する。
死後脳研究ではEAAT2の発現量、スプライスバリアント、細胞内局在、膜輸送関連蛋白質の変化が報告されている。しかし結果は脳部位や測定方法によって異なる。2024年に発表された背外側前頭前皮質の研究⑤では、統合失調症群でEAAT2関連転写産物の細胞種別変化が認められた一方、組織全体のEAAT2蛋白量とグルタミン酸取り込み機能には有意差がなかった。
したがって、統合失調症を「EAAT2欠乏症」とみなすことはできない。総量よりも、どの細胞に、どのスプライス型が、シナプスからどの距離に配置されているかが重要なのかもしれない。O’Donovanらの研究⑤

依存症と再発回路

EAAT2/GLT-1研究が比較的進んでいる精神科領域が、物質使用症である。コカインなどへの反復曝露後には、側坐核におけるGLT-1機能の低下とグルタミン酸恒常性の破綻が生じ、薬物関連刺激に対する過剰なグルタミン酸放出が再発行動に関与すると考えられている。
動物実験では、βラクタム系抗菌薬セフトリアキソンがGLT-1発現を増加させ、側坐核のグルタミン酸恒常性を回復させるとともに、コカイン探索行動の再燃を抑制した。この効果はGLT-1を阻害すると失われることから、少なくとも一部はGLT-1を介すると考えられる。Knackstedtらの研究⑥
ただし、セフトリアキソンにはシスチン・グルタミン酸交換輸送体xCTなどへの作用もあり、長期間の静脈投与を必要とする抗菌薬を精神疾患の治療に転用することには、耐性菌や腸内細菌叢への影響という問題がある。これは治療薬そのものというより、EAAT2/GLT-1を増強することの概念実証と捉えるべきだろう。

EAAT2をどのように治療標的とするか

現在想定されている治療戦略は、大きく四つに分けられる。
第一は、EAAT2の転写や翻訳を促進し、蛋白量を増やす方法である。セフトリアキソンや一部の低分子化合物がこの作用を示す。
第二は、EAAT2蛋白を細胞膜上に正しく配置し、分解や細胞内への取り込みを抑える方法である。EAAT2は存在するだけでは不十分で、シナプス周囲のアストロサイト膜上に配置されて初めて十分に機能する。
第三は、EAAT2の輸送速度を直接高める正のアロステリック調節薬である。GT949などの候補化合物は、グルタミン酸結合部位とは異なる部位に作用し、EAAT2による輸送を促進することが前臨床研究で示されている。ただし精神疾患を対象とした臨床的有効性は、まだ確立されていない。
第四は、O-GlcNAc化、リン酸化、ユビキチン化など、EAAT2の機能と膜局在を調節する翻訳後修飾を標的とする方法である。これは病的状態にあるEAAT2だけを選択的に正常化できる可能性がある反面、関連酵素が多くの蛋白質に作用するため、選択性が課題となる。
既存薬ではリルゾールがグルタミン酸放出の抑制や取り込み促進作用を持つとされている。しかし作用点が多く、EAAT2選択的ではない。治療抵抗性うつ病を対象とした無作為化比較試験では、リルゾール100mg/日の追加投与はプラセボに対する明確な優越性を示さなかった。この結果はEAAT2という標的そのものを否定するものではないが、非選択的なグルタミン酸調節だけでは十分でないことを示している。Mathewらの臨床試験⑦

単純な「回収促進」では解決しない

EAAT2/GLT-1系を治療標的とする際には、いくつかの注意が必要である。
第一に、グルタミン酸は病的物質ではなく、正常な認知や可塑性に不可欠である。過剰に回収すれば、必要なシナプス伝達まで弱める可能性がある。
第二に、EAAT2の作用は脳部位によって異なる。前頭前皮質、海馬、扁桃体、手綱核、側坐核では、同じGLT-1変化が異なる行動結果をもたらし得る。全脳的な増強より、特定回路や病態でのみ機能を正常化する方が望ましい。
第三に、EAAT2はエネルギー依存性である。ミトコンドリア障害やNa⁺/K⁺-ATPase機能低下があれば、蛋白量だけ増やしても十分に働かない。重度のエネルギー不全では、輸送方向が逆転してグルタミン酸を細胞外へ放出する可能性さえある。
第四に、現在のヒト研究ではEAAT2機能を脳部位別に直接測定する方法が限られている。磁気共鳴スペクトロスコピーで測定されるグルタミン酸やGlxは、細胞内外の大きな代謝プールを含み、シナプス間隙のグルタミン酸濃度やEAAT2の回収速度を直接表すものではない。EAAT2選択的PETリガンド、細胞外グルタミン酸指標、アストロサイト機能画像など、治療対象を選別するバイオマーカーの開発が必要である。

おわりに 〜神経伝達物質の量から「環境の制御」へ

EAAT2/GLT-1系が提示しているのは、精神疾患を単なる神経伝達物質の過不足として捉えるのではなく、神経伝達の時間的・空間的な精度を保つ恒常性の障害として考える視点である。
アストロサイトがグルタミン酸を適切に回収できなければ、あるシナプスでは過剰な興奮が起こり、別の場所ではグルタミン酸再利用 of 不足によって伝達が弱まる。したがって、局所的なグルタミン酸過剰と回路全体の機能低下は矛盾しない。
うつ病におけるアンヘドニアや認知機能障害、統合失調症における情報統合の障害、依存症における再発しやすさを、こうした「シナプス環境の制御不全」という共通軸から捉え直すことができる。
もっとも、2026年現在、EAAT2を選択的に調節する薬剤が精神疾患の標準治療として確立されているわけではない。ヒトでの知見はまだ限定的であり、疾患や脳部位によって変化の方向も一様ではない。
それでもEAAT2/GLT-1系は、受容体を直接遮断したり刺激したりする従来の治療とは異なり、過剰なグルタミン酸だけを速やかに処理し、生理的な情報伝達の境界を回復させる可能性を持つ。精神科研究の焦点は、神経細胞そのものから、神経細胞が適切に働くための環境へと広がり始めている。その中心にいるのが、アストロサイトなのである。

参考文献

①. John CS, Smith KL, Van’t Veer A, et al. “Blockade of Astrocytic Glutamate Uptake in the Prefrontal Cortex Induces Anhedonia.” Neuropsychopharmacology. 2012;37(11):2467–2475. doi: 10.1038/npp.2012.105 前頭前皮質に限定したGLT-1阻害だけでアンヘドニア様行動が生じることを示した研究です。

②. Fan J, Guo F, Mo R, et al. “O-GlcNAc transferase in astrocytes modulates depression-related stress susceptibility through glutamatergic synaptic transmission.” Journal of Clinical Investigation. 2023;133(7):e160016. doi: 10.1172/JCI160016 慢性ストレスによるGLT-1のO-GlcNAc化とグルタミン酸回収低下を示した、コラムの重要な根拠です。

③. Wada M, Nakajima S, Honda S, et al. “Decreased prefrontal glutamatergic function is associated with a reduced astrocyte-related gene expression in treatment-resistant depression.” Translational Psychiatry. 2024;14:478. doi: 10.1038/s41398-024-03186-2 治療抵抗性うつ病患者のTMS–EEG所見とアストロサイト関連遺伝子発現との関連を検討したヒト研究です。

④. Haroon E, Miller AH, Sanacora G. “Inflammation, Glutamate, and Glia: A Trio of Trouble in Mood Disorders.” Neuropsychopharmacology. 2017;42(1):193–215. doi: 10.1038/npp.2016.199 炎症によるグルタミン酸放出増加とアストロサイトの回収障害が、気分障害の病態に収束するという枠組みを提示した重要総説です。

⑤. O’Donovan SM, Shan D, Wu X, Choi JH, McCullumsmith RE. “Dysregulated Transcript Expression but Not Function of the Glutamate Transporter EAAT2 in the Dorsolateral Prefrontal Cortex in Schizophrenia.” Schizophrenia Bulletin. 2025;51(2):531–542(オンライン公開2024年). doi: 10.1093/schbul/sbae092 統合失調症では細胞種別のEAAT2関連転写産物に変化がある一方、組織全体の蛋白量と取り込み機能には有意差がなかったことを示した研究です。

⑥. Knackstedt LA, Melendez RI, Kalivas PW. “Ceftriaxone Restores Glutamate Homeostasis and Prevents Relapse to Cocaine Seeking.” Biological Psychiatry. 2010;67(1):81–84. doi: 10.1016/j.biopsych.2009.07.018 セフトリアキソンによるGLT-1・xCTの回復と、コカイン探索行動再燃の抑制を示した研究です。

⑦. Mathew SJ, Gueorguieva R, Brandt C, et al. “A Randomized, Double-Blind, Placebo-Controlled, Sequential Parallel Comparison Design Trial of Adjunctive Riluzole for Treatment-Resistant Major Depressive Disorder.” Neuropsychopharmacology. 2017;42(13):2567–2574. doi: 10.1038/npp.2017.106 治療抵抗性うつ病に対するリルゾール追加投与が、プラセボに対する明確な優越性を示さなかった臨床試験です。


【総説】

Takahashi K, Foster JB, Lin CLG. “Glutamate transporter EAAT2: regulation, function, and potential as a therapeutic target for neurological and psychiatric disease.” Cellular and Molecular Life Sciences. 2015;72(18):3489–3506. doi: 10.1007/s00018-015-1937-8 — EAAT2の発現制御、機能、精神・神経疾患における治療標的としての可能性をまとめた総説です。

O’Donovan SM, Sullivan CR, McCullumsmith RE. “The role of glutamate transporters in the pathophysiology of neuropsychiatric disorders.” npj Schizophrenia. 2017;3:32. doi: 10.1038/s41537-017-0037-1 統合失調症、うつ病、依存症などにおけるEAATの発現、局在、スプライスバリアントを論じた重要総説です。