認知症の「作話」は嘘じゃない?〜作話の脳科学〜
認知症の「作話」は嘘じゃない?
── 脳が一生懸命に“物語”を紡ぐ理由
「昨日はハワイに行ってきたのよ」「今さっき、天皇陛下が挨拶に来られたわ」
認知症の方からそんな言葉を聞くと、驚いて「そんなわけないでしょ!」と否定したくなるかもしれません。しかし、これは本人が意図的につく「嘘」ではありません。専門用語で「作話(さくわ)」と呼ばれる、脳の防衛本能に近い現象なのです。
なぜ、脳はありもしない物語を作り出してしまうのでしょうか? その裏側には、2つの大きな「脳の誤作動」が隠れています。
1. 穴の空いたジグソーパズルを埋める「補完」
私たちの記憶は、脳の「海馬(かいば)」や「側頭葉」という場所に保存されています。認知症が進むと、ここがダメージを受け、直近の記憶がパズルからピースが抜け落ちるように失われていきます。 脳にとって、「自分の身に何が起きているか分からない」という空白の状態は、耐え難いほどの不安を伴います。そこで脳は、その空白を埋めるために、過去の古い記憶や、その場の断片的な情報をかき集め、強引にパズルを完成させようとします。これが作話の第一段階、「記憶の補完」です。2. 「心の検閲官」が居眠りをしている
実は、健康な人でも「一瞬、突飛な妄想が浮かぶ」ことはあります。しかし、私たちはそれを口に出しません。なぜなら、脳の司令塔である「前頭葉(ぜんとうよう)」が、「待てよ、それは現実的じゃないぞ」と厳しくチェック(検閲)しているからです。 認知症では、この前頭葉のフィルター機能が低下してしまいます。いわば、情報の「守衛さん」が居眠りをしている状態です。そのため、脳内にふと浮かんだイメージや、過去の記憶の断片が、チェックを受けることなくそのまま口から言葉として溢れ出してしまうのです。3. 「夢」と「現実」のラベルが剥がれる
もう一つ、脳の中では「ソースモニタリング」という作業が行われています。「これはテレビで見たこと」「これは夢で見たこと」「これは実際に体験したこと」と、情報の出所にラベルを貼る作業です。 作話が見られる方の脳内では、このラベルが剥がれやすくなっています。昨夜見た夢や、昔見た映画のワンシーンが「自分の体験」として認識されてしまうのも、脳が情報の出所を正しく整理できなくなっているからなのです。私たちにできること
作話は、本人が「混乱した世界の中で、なんとかつじつまを合わせて適応しようとしている証」でもあります。 脳科学的に見れば、作話を否定することは、本人が必死に作り上げた「安心するための物語」を壊してしまうことになり、強い不安や混乱を招きます。- ✅ 否定せず、感情に寄り添う: 内容の真偽よりも、「楽しかったですね」「それは驚きましたね」と共感してあげてください。
- ✅ 脳の疲れを労わる: 作話が増えるのは、脳が疲れているサインかもしれません。リラックスできる環境作りを。
作話を「困った症状」ではなく、「脳が一生懸命に世界を解釈しようとしている頑張り」として捉え直すことで、介護する側の心も少し軽くなるかもしれません。
