(書評)『精神医学的面接』:ハリー・スタック・サリヴァン 〜現在にも生きている、精神科面接の基本姿勢
(書評)『精神医学的面接』:ハリー・スタック・サリヴァン 〜現在にも生きている、精神科面接の基本姿勢
現在の保険診療を取り巻く環境や、自然科学に基づく精神医学の発展を踏まえると、サリヴァンの方法のすべてが、そのまま現代の診療実践に適用できるわけではありません。しかし、患者との対話をどのように理解し、面接の中で何を観察するのかという彼の視点には、臨床家が自らの診療技術を磨くための示唆が、今なお数多く含まれていると私は考えています。 本稿では、サリヴァンの著書『精神医学的面接』の内容をたどりながら、現代の精神科診療にも生かすことのできる考え方と面接技法を紹介します。
面接のなかで何が起きているのか 〜サリヴァン『精神医学的面接』を臨床で読む
面接を対人関係として捉える
精神科診療では、同じ患者が、ある医師には多くを語り、別の医師にはほとんど話さないことがある。同じ医師との面接でも、仕事については具体的に話していた人が、家族に話題が移った途端、短い返答を繰り返すことがある。われわれはその変化を、警戒、抵抗、意欲低下、思考の障害などとして記述する。しかし、その直前に医師が何を尋ね、どのような表情を見せたのかを記録することは、必ずしも多くない。患者の言動を理解しようとするほど、それが生じた対人関係の条件も検討する必要がある。
ハリー・スタック・サリヴァンの『精神医学的面接』は、この問題を面接の中心に据えた著作である。主として1944〜1945年の講義をもとに編まれ、死後の1954年に刊行された。日本語版は中井久夫らによって翻訳されている。全十章は、面接の基礎概念、場の構造、具体的技法、開始、詳細問診、その理論的背景と発達史、診断、終結、コミュニケーションの問題へと展開する。理論と診察室の細部が往復する構成そのものに、臨床家サリヴァンの特徴がある。[1]
本書を現在の専門医が読む意義は、診断のために得た情報を、その成立過程まで含めて吟味できることにある。「患者は否定した」という記録は必要だが、何を、どのように尋ねたときの否定なのかで、その意味は変わる。診察室で語られた内容と、そこで実際に起きた相互作用の両方を扱うことで、症状、生活、治療関係をつなぐ理解が可能になる。以下では本書の主要概念を、この臨床的課題に沿って読み直す。 面接例はいずれも説明のための架空例であり、現代の診療への応用を含む。
関与しながらの観察 〜医師自身も観察する
サリヴァンの面接論を支えるのは、「関与しながらの観察者」という立場である。 医師は、問いかけ、うなずき、沈黙し、説明することで、すでに患者の経験に参加している。何も言わずに聞いているときにも、その沈黙は患者にとって、考える余地、関心の欠如、非難、あるいは不気味な空白として経験され得る。したがって、医師の存在が面接に及ぼす影響を観察の対象に含める必要がある。後の対人関係学派は、この参加の性質と限界をさらに詳しく論じてきた。[2]
例えば、服薬を中断した患者に「どうしてやめたのですか」と尋ねたところ、返答がなくなったとする。副作用の説明が難しいのか、叱責を予想したのか、質問の意味が分からなかったのか、あるいは別のことが起きているのか。「中断するまでの経過を知りたくて尋ねました。今の聞き方は、どのように聞こえましたか」と確認すれば、患者の受け取り方を知る手掛かりになる。ここで得られるのは、患者についての情報であると同時に、医師の問い方についての情報でもある。
この立場は、客観性を諦めることを意味しない。むしろ、観察条件を明らかにして、解釈の誤りを減らすための態度と理解できる。「非協力的である」という評価だけでは、何が観察されたのかが曖昧である。「服薬中断を尋ねた直後に視線を落とし、返答が途切れた。質問の意図を説明すると、叱られると思ったと述べた」と記述すれば、事実と解釈を分けて検討できる。面接者の印象は臨床判断の出発点になり得るが、その印象を確かめる作業が必要である。
観察の対象には、医師自身の感情も含まれる。 話が進まない焦り、説明を理解してもらえない苛立ち、患者を早く安心させたいという衝動は、質問の速度や内容を変える。患者の不安に接して医師も不安になり、質問を重ねるほど患者が萎縮し、さらに情報が乏しくなることもある。自分が何を感じ、その直前に何が起きたかを振り返れば、この循環を見直せる。ただし、医師の感情を、そのまま患者の人格特性や無意識の意図の証拠にしてはならない。疲労、時間的圧迫、医師自身の経験も影響する。
面接の場には、専門家と相談者という役割の違いもある。 患者は、診断や治療の助けを期待する一方、判断されることへの不安を抱き得る。医師が自分の有能さを示そうとして、早く結論を述べたり、理解を訂正されることに抵抗したりすると、この不安は強まりやすい。関与しながら観察するという態度には、自分の専門性をどのように用いているかへの点検も含まれる。専門家として判断する責任と、理解を修正する余地を保つことは両立する。
不安と自己システム 〜患者は何を守るのか
こうした面接の動きを理解するために、サリヴァンは不安を重視した。 彼の理論では、不安は他者との関係や自己評価の脅かされ方と深く結びつく。患者は苦痛を伝えたいと願いながら、「こんなことを話せば軽蔑される」「弱い人間だと思われる」「家族を悪く言う人だと判断される」と懸念することがある。面接への参加には、援助を求める動きと、自分を守ろうとする動きが同時に含まれる。 この不安概念は、サリヴァンの理論的枠組みとして理解する必要があり、今日の不安症の病態全体と同一ではない。
そこで重要になるのが、自己システムである。 サリヴァンは、他者との経験を通じて形成され、不安を避け、自己評価や安心を保つために働く複雑な操作のまとまりを、この概念によって捉えた。過去の経験をもとに、何を言えば非難され、何をすれば受け入れられるかを予測して、発言や行動を調整する。その具体的な不安回避の働きが、セキュリティ・オペレーションである。自己システムは、人格全体や、自覚できる自己像だけを指す言葉ではない。[3]
例えば、反論するたびに激しく叱られてきた人にとって、相手に合わせることは、関係を保ち生活を切り抜ける方法だったかもしれない。しかし、成人後もあらゆる場面で同じ方法を用いれば、断れず、援助を求められず、疲弊する可能性がある。自分を守ってきた対応が、別の環境では苦痛を維持する条件になるのである。この理解によって、臨床家は「なぜ自己主張しないのか」という評価を、「自己主張すると何が起きると予測しているのか」という検討へ進められる。
選択的不注意と、不安に配慮した問いかけ
本書で扱われる選択的不注意も、この文脈に位置づけられる。 不安に触れる事柄から注意が外れ、話が別の方向に進んだり、重要な点が十分に取り上げられなかったりする。 例えば、仕事の不満を詳しく話す患者が、上司に希望を伝えたかと尋ねられると、勤務時間の説明へ戻ることがある。ただし、この変化だけで防衛と決めることはできない。聞き違い、疲労、注意や認知の問題、言葉の曖昧さなども考えられる。まず何が起きたかを確認し、そのうえで不安との関連を検討する。 不安への配慮には、二つの課題がある。問い方によって不必要な羞恥や混乱を生じさせないことと、理解に必要な話題を扱うことである。 患者が不安になる話をすべて避ければ、困難の検討は進まない。 一方、矛盾を指摘し続け、本人が保っている安心を急激に崩せば、話せる範囲は狭まる。 どの程度の緊張のもとで、何を一緒に考えられるか。その見極めには、返答の内容だけでなく、理解の程度、話の連続性、表情や声の変化を確かめる作業が必要になる。
パラタクシス的歪曲 〜相手をどう経験するか
他者の受け取り方を考えるうえでは、パラタクシス的歪曲も重要である。 これは、現実の相手を、その人について構成された独特の人物像を通して経験することを指す。過去に非難された経験をもつ患者が、医師の短い沈黙を軽蔑と受け取ることも、その可能性の一例である。精神分析の転移概念と重なる部分があるが、診察室を含む日常の対人関係の理解に用いられる。臨床では、「患者が医師を誰のように経験しているか」という問いとして具体化できる。 ただし、患者の受け取り方を歪曲と呼ぶ前に、医師の現実の振る舞いを調べる必要がある。記録を取り続け、返答を急がせ、苦痛を十分に聞かなかったなら、患者の「関心を持ってもらえない」という印象には根拠があるかもしれない。医師もまた、「依存的な患者」「説明しても分からない人」といった人物像を先に置き、その後の言動を選択的に読むことがある。患者と医師の双方の理解を、具体的なやり取りに戻して検討する姿勢が求められる。
合意による妥当化 〜理解を共同で確かめる
この検討と関係するのが、合意による妥当化である。自分の理解を他者とのコミュニケーションに照らし、何を意味し、どこまで共有できるかを確かめる。 例えば、「断ると嫌われると思うのですね」と伝えたとき、患者が「嫌われるより、相手を困らせることが耐えられないのです」と訂正する。この違いによって、問題の理解は変わる。医師の解釈に同意させることが目的ではない。患者が異議を述べられる関係を保つことが、理解の精度に関わる。[4]
専門医が注意したいのは、患者の同意自体も吟味の対象になることである。 「そうです」と即答する人が、十分に理解して同意したのか、話を早く終えたいのか、医師に合わせたのかは、それだけでは分からない。「今の説明は、日頃のどの場面に当てはまりそうですか」と具体例を確かめたり、患者自身の言葉で説明してもらったりすれば、共有できた範囲が明らかになる。二人の意見が一致したことと、外的な事実が確定したことも区別する必要がある。
面接の構成 〜開始と概観
サリヴァンは、面接の進行を、開始、概観、詳細問診、終結という四つの段階に整理した。これは、面接者が全体の見通しを保つための枠組みである。
開始では、来談の経緯と期待を確かめ、すでに得ている情報をどう扱うかを明らかにする。 紹介状に「怒りっぽくなった」とあっても、本人は不眠や仕事の負担を相談したいのかもしれない。誰が何を問題にしているかを分けて聞くことで、患者が面接に参加する足場をつくれる。 現代の診療へ置き換えるなら、時間、目的、情報の扱い、同席者の役割を必要に応じて説明することも、この場の形成に含まれる。家族からの情報は診断上有用だが、その場で患者が家族の反応を気にしている可能性も考えたい。本人と個別に話す時間を設けることが適切な場合もある。 また、自発的な受診でない場合には、本人が選べることと選べないことを具体的に説明する。面接への協力を、初めから当然のものとして扱わないためである。
概観の段階では、現在の困り事、生活の状況、重要な人間関係、症状の経過について、全体像を得る。 細部を一つずつ追う前に、その人がどのような生活の中で困っているかを把握する作業である。サリヴァンの方法を今日の初診に生かすなら、この対人的な見取り図に、精神状態、身体疾患、物質使用、治療歴、生活機能、リスクの評価を組み合わせる。自由に語ってもらうことと、必要事項を系統的に確認することは両立する。[5]
詳細問診 〜具体的な出来事をたどる
詳細問診に入ると、概略として得た言葉を、具体的な出来事へ戻していく。 「人付き合いが苦手」「職場で孤立している」「家族が理解してくれない」といった表現には、多くの異なる経験が含まれる。誰と、いつ、どこで、何が起きたのか。相手は何と言い、自分はどう受け取り、何をしたのか。その後、相手はどう応じたのか。こうした経過をたどることで、感情と行動と関係がつながる。後の対人関係学派でも、詳細問診は治療を通じて続けられる仕事として重視されている。[6]
例えば、「上司が怖くて眠れない」と訴える患者を考える。「最近、特に怖かった場面を教えてください」と尋ねると、金曜日の退勤前に「月曜日に少し話そう」と言われたという。そのとき患者は、仕事が遅いので退職を求められるのだと考えた。しかし、上司には何も確かめず、帰宅後、過去の失敗を次々と思い出して眠れなくなった。月曜日、実際に伝えられたのは担当業務を一つ減らすという提案だったが、それも「見放された証拠」と受け取ったという。 ここで、「上司は配慮してくれたのだから、考えすぎです」と結論を急ぐ必要はない。業務を減らす提案にはどのような説明があり、それまでにどんな評価や叱責を受けていたのかを確かめる。過重な業務、曖昧な指示、実際の威圧的対応があった可能性もある。 本人の予測、相手の発言、観察された行動、まだ分からない意図を区別することで、心理的理解と環境の評価を並行して進められる。患者の苦痛を、性格や認知の問題へ早々に回収しないことが大切である。 問診を続けると、上司の話を聞いた瞬間に胸が詰まり、顔を上げられなくなり、「はい」とだけ返したことが分かるかもしれない。その後、相談できる同僚はいたが、無能だと思われるのが怖くて連絡できなかった。 こうして一つの場面をたどると、評価への懸念、身体反応、確認や援助要請の困難、帰宅後の反芻が、時間的なつながりをもって見えてくる。この段階で得たのは因果関係の証明ではないが、治療で検討すべき仮説は具体的になる。
仮説を検証し、生活の変化を確かめる
仮説を検証するために、それに当てはまらない経験も調べたい。 別の上司には質問できていたのか、同じ上司でも相談しやすい場面があったのか、仕事以外では援助を求められるのか。例外を尋ねることで、患者の困難が生じる条件を絞り込み、すでに使えている力も見いだせる。一つの印象を裏づける話ばかり集めると、患者の語りは医師の理論に沿って整理されてしまう。仮説に反する情報を同じ重さで扱うことが、面接の探索性を保つ。
さらに患者が、「先生も、仕事のできない人間だと思っていますよね」と述べたなら、生活の中で語られた問題が、面接の場にも現れている可能性がある。「今、私がそう思っていると感じたのは、どのあたりからですか」と尋ねれば、その受け取り方を検討できる。医師が業務の遅れについて続けて質問したため、責められていると感じたのかもしれない。この確認には、日常の関係を理解する意味と、現在の治療関係を調整する意味の両方がある。
詳細問診では、患者自身も、経験を語る過程で新しく気づくことがある。 「上司が怖い」と一括していた経験の中に、失敗の指摘よりも、相手の考えが分からない時間のほうがつらいことを見いだすかもしれない。あるいは、援助を求めれば評価が下がるという予測が、自分を孤立させていると気づくかもしれない。こうした理解は、医師の解釈を受け入れた結果だけでなく、具体的な経験を共同で調べた結果として生じる。ただし、気づきが得られたことと、症状や生活が改善したことは別に評価する必要がある。
臨床的な評価では、面接で得た理解が、その後の生活にどう結びついたかを追う。 例えば、次回までに不安の強かった場面と比較的軽く済んだ場面を振り返ってもらい、何が違ったかを検討できる。負担が大きければ、記録を課題にせず、診察時に一つ思い出すだけでもよい。取り組み方は患者の状態と希望に合わせる。医師が納得できる説明をつくったことを、治療が進んだことと同一視しないための確認でもある。
声・沈黙・話題の移行を観察する
面接の内容とともに、その進み方を観察することも欠かせない。サリヴァンは、言葉の意味に加えて、声を通じたコミュニケーションを重視した。 同じ「大丈夫です」でも、自然な声で話す場合と、長い間の後に小声で答える場合とでは、確認すべきことが違う。返答が短くなる、話題が飛ぶ、急に笑うといった変化を捉えたら、その直前のやり取りに戻る。「今、少し話しづらくなりましたか」と尋ね、患者の説明を聞くことで、観察を独断的な意味づけから守れる。
ここでは、症状の記述と対人的な文脈の理解を、二つの水準で保つことが有用である。 安心して話せるようになっても、抑うつ、妄想、認知の障害などの評価は続く。反対に、診断名が定まっても、ある質問の後に語りが途切れた理由が自動的に分かるわけではない。話しやすさの改善は、評価に必要な情報を得やすくする可能性がある。その変化だけで疾患の有無や重症度を判断せず、経過、症状、生活機能と照合する必要がある。
話題の移行も、面接を左右する。 患者が切実な話をしている途中で、医師が説明なく家族歴へ移れば、関心を失われたと感じるかもしれない。「今の仕事の話を理解するために、以前の職場ではどうだったかも伺いたいと思います」と目的を示せば、問いのつながりが伝わる。 記録についても、会話への注意と正確な情報保存の両方を考えたい。現在の電子カルテ診療では、「日付を正確に残すために、少し入力します」と説明するなど、患者が医師の行動を理解できる工夫が考えられる。
発達史 〜対人関係の形成を理解する
発達史は、現在の関係のあり方が、どのような経験を通じて形成されたかを考える手掛かりとなる。サリヴァンが注目した思春期前の親しい友人関係も、その一つである。 学校名や友人数を確認するだけでは、関係の質は分からない。困ったときに助けを求められたか、失敗を話せたか、意見が違っても関係が続いたか。こうした経験を尋ねることで、他者と親しくなることが、その人にとってどのような意味をもってきたかを検討できる。
ただし、発達史を聞く目的は、現在の困難を説明する幼少期の原因を一つ発見することではない。記憶は現在の立場から語られ、過去についての確信にも限界がある。成人後の職場、結婚、病気、喪失が、その人の対人関係を変えた可能性もある。また、つまずきだけでなく、安心できた関係、困難を乗り越えた経験、現在も支えになる活動を聞く必要がある。診察室で見える一側面から、患者の人格全体を固定してしまわないためである。
終結 〜面接で得た理解を生活につなげる
終結では、面接から患者が何を持ち帰るかが問われる。 本書は、得られた理解を伝え、次に取り組むことを示し、その説明が患者にどう受け取られるかを考え、面接を適切に締めくくることを重視する。例えば、「上司の意図が分からないときに強い不安が生じ、一人で考え続けて眠れなくなる経過が分かりました。職場の状況には、まだ確認したい点があります」と述べれば、分かったことと残る課題を共有できる。
そのうえで、睡眠への対応、次回に検討する場面、必要な職場調整などを、本人の状態に合わせて相談する。「この理解で違っているところはありますか」と確かめることも有用である。説明を十分にしたつもりでも、患者が「結局、私の性格の問題なのですね」と受け取っていれば、修正が必要になる。終結は、面接を時間どおりに終えるための手続きであると同時に、その日の理解を患者の生活につなげる仕事である。
現代の診療に生かすための留意点
本書を現代の臨床に用いる際には、面接の洞察と刊行当時の病因論・診断観を区別して読みたい。 特に重い精神障害についての説明を、そのまま現在の診断や治療判断に置き換えることはできない。対人関係の理解は、身体的要因、神経発達的特性、薬物の影響、精神病症状などの評価と組み合わせて用いる。また、患者の安心への配慮を理由に、自傷他害の危険や重い身体状態の確認を先送りしてはならない。必要な評価を、本人が理解できる説明とともに進めることが求められる。[5]
サリヴァンの語りには、率直で、ときに強い調子の介入もある。その言い回しを模倣することと、面接の原理を理解することは同じではない。また、後世の対人関係学派が展開した治療者の自己開示や相互性の議論を、すべてサリヴァン自身の主張として読むことにも慎重でありたい。 専門医にとって有用なのは、自分の介入が何をもたらしたかを確かめ、患者の状態と面接の目的に応じて修正する姿勢である。
著者あとがき
サリヴァンの面接論は、適応反応症や、職場・家庭などでの適応上の困難を契機にうつ病を発症した症例、社交不安症などを理解する際に、とりわけ有用であると考えています。 これらの症例では、症状を確認することに加えて、その人がどのような状況で苦痛を感じ、他者との関係をどう経験しているのかを知ることが、発症や症状の持続に関わる要因を考える手掛かりになります。
例えば、「上司との関係が原因です」という説明だけでは、患者が置かれた状況は十分には分かりません。どの場面で、相手が何を言い、本人がどう受け取り、どのように応じたのか。その後、何を考え、誰に相談できたのか。 サリヴァンの詳細問診は、こうした具体的な出来事をたどり、生活の事実と、その中で生じる感情を結びつけて理解する方法です。[6]
適応上の困難を抱える患者では、過重な要求や不当な扱いに加え、期待に応えようとして無理を重ねることや、援助を求めにくいことが、負担を増している場合があります。面接を通じてその経過が分かれば、環境調整が必要な部分と、患者とともに対処を考えられる部分が具体的になります。本人の性格だけに説明を求めず、実際の環境と対人関係の両方を確かめることが大切です。
社交不安症でも、「人が怖い」という言葉の内実は一様ではありません。 失敗を笑われることなのか、緊張を見抜かれることなのか、相手を不快にさせることなのか。何を恐れ、その恐れにどう対処しようとしているのかを丁寧に聞くことで、その人の不安を具体的に理解できます。さらに、回避や過度の自己監視が、苦痛の持続にどう関わるかを検討する手掛かりにもなります。
診察室での関係も、この理解を深める場になります。 患者が医師にも「弱いと思われたくない」と感じ、困り事を小さく語っている場合があるからです。その可能性を決めつけずに確かめ、安心して訂正や相談ができる関係をつくることは、面接の情報をより確かなものにします。
もちろん、面接から得た理解は、原因が証明されたことを意味しません。 うつ病や不安症には生物学的要因も関与し、症状そのものが対人関係の受け取り方を変えることもあります。得られた理解を仮説として保ち、経過や治療への反応と照らして検討する姿勢が必要です。
限られた診療時間でも、最近の一つの場面を具体的に尋ねることはできます。 患者の言葉を手掛かりに、苦痛が生じる過程をともに確かめ、支援につなげる。そのための観察と問いかけの技術に、サリヴァンを今日読み直す意義があると思います。
[コラム:歴史となった精神病理学①ハリー・スタック・サリバン:「対人関係論」も、参照ください。]
参考文献
- Sullivan HS. The Psychiatric Interview. Perry HS, Gawel ML, eds. W. W. Norton; 1954. 日本語版:H・S・サリヴァン著、中井久夫ほか訳『精神医学的面接』みすず書房、1986年。
- Gill MM. The Interpersonal Paradigm and the Degree of the Therapist’s Involvement. Contemporary Psychoanalysis. 1983;19(2):200–237.
- Mitchell SA. The Problem of the Will. Contemporary Psychoanalysis. 1984;20:257–265.
- Kanter J. Helping, Healing and Interpreting: Sullivan, the Interpersonal School and Clinical Social Work. Journal of Social Work Practice. 2013;27(3):273–287.
- Silverman JJ, et al. The American Psychiatric Association Practice Guidelines for the Psychiatric Evaluation of Adults. Focus. 2015;13(4):419–425.
- Kanter J. Moving from “Facts” to “Feelings”: Using Sullivan’s “Detailed Inquiry” in Clinical Practice. Psychoanalytic Social Work. 2022;29(2):217–225.
