進化論『中立説』と、集団遺伝学の方法論革命 〜木村資生が描き直した進化の姿
進化論『中立説』と、集団遺伝学の方法論革命 〜木村資生が描き直した進化の姿
1.進化の中に「偶然」の居場所を見いだす
生物の姿や仕組みに出会うと、私たちは「何の役に立つのだろう」と考えます。鳥の翼は飛ぶために、魚のえらは水中で呼吸するために役立ちます。環境に適した特徴をもつ個体ほど子孫を残しやすくなり、その特徴が集団に広がる。ダーウィンが示した自然選択は、生物の適応を理解するうえで欠かせない考え方です。
しかし、生命に刻まれた変化のすべてを、適応上の利点から説明できるのでしょうか。DNAのある文字が別の文字に置き換わったとき、その変化には必ず生存や繁殖に関わる意味があるのでしょうか。 この問いに新しい視座を与えたのが、木村資生博士です。
1924年に愛知県岡崎市で生まれ、1949年から国立遺伝学研究所を研究の拠点とした木村は、1968年に「分子進化の中立説」を提唱しました。 それは、分子レベルの進化の多くが、自然選択に対して中立な変異と、偶然による遺伝子頻度の変動によって生じるという学説です。
木村は、進化に偶然が関わることを強調するとともに、その偶然にどのような法則があるのかを数学によって明らかにしました。そこに、彼の仕事の独創性があります。
2.遺伝子の運命を確率として捉える
木村が専門とした集団遺伝学は、集団の中で遺伝子の型がどのように受け継がれ、その割合がどう変化するかを研究する学問です。
同じ遺伝子の異なる型を「対立遺伝子」と呼びます。 ある対立遺伝子が、集団内の遺伝子コピーの10%を占めているとします。その型に有利な働きがあれば増える可能性がありますが、有利でも不利でもない場合にも、割合は変動します。 誰が何人の子を残すか、親のどちらの遺伝子が子に伝わるかには偶然が関わるためです。
この頻度の揺らぎが「遺伝的浮動」です。 世代を重ねるうちに、ある型が失われることもあれば、集団内のすべてのコピーを一つの型が占めることもあります。後者を「固定」と呼びます。
浮動の重要性は、木村以前にも研究されていました。木村の功績は、拡散方程式という数学的な道具を用い、その過程の解析を大きく進めたことです。物理学のブラウン運動などにも使われる拡散方程式(粒子の不規則な運動を扱う数式)を、遺伝子頻度の変化に応用したのです。
1955年の研究では浮動の時間的な変化を解析し、1962年には変異が固定する確率を扱う理論を発展させました。 これにより、選択の強さや集団の大きさによって、遺伝子の運命がどう変わるかを数量的に考えられるようになりました。「選択が働いていなければ、どのような変異の分布が予想されるか」を計算し、実際のデータと比較できるからです。
3.分子の世界が突き付けた疑問
1960年代、分子生物学の発展によって、生物のタンパク質を構成するアミノ酸配列を比較できるようになりました。外見や器官の形だけでなく、生命の内部に刻まれた変化を直接調べる道が開かれたのです。
そこで見えてきたのは、分子レベルには予想以上に多くの違いがあるという事実でした。 同じ種類のタンパク質でも、生物種が異なればアミノ酸配列は少しずつ異なります。また、同じ種の個体間にも、多様な分子上の違いが存在していました。
木村は、観察された分子の置換速度をゲノム全体に当てはめ、これほど多数の変化が、すべて有利な変異への自然選択によって生じたと考えてよいのか、と疑問を抱きました。
着想の背景には、自然選択による置き換わりに伴う「コスト」の理論がありました。 当時のモデルで多くの置換をすべて適応的なものとして説明すると、大きな繁殖上の負担が必要になると考えられたのです。ただし、この議論はモデルの仮定に依存し、それだけで中立説を証明するものではありません。
木村が示した新しい可能性は、生存や繁殖に実質的な差をもたらさない変異が、浮動によって広がるというものでした。 1968年の『Nature』に掲載された短い論文は、分子の観察と集団遺伝学の理論を結び付け、進化学に大きな論争をもたらしました。
4.中立とは「何も働かない」という意味ではない
中立説を理解するには、「中立」という言葉の意味を正確に捉える必要があります。ここでの中立は、変異によって生存や繁殖の成功、すなわち適応度に実質的な差が生じないことを指します。
たとえば、DNAの配列が変わっても、つくられるアミノ酸が変わらない場合があります。また、アミノ酸が変化しても、タンパク質の働きが十分に保たれ、子孫を残す能力にほとんど影響しない場合もあります。 ただし、アミノ酸を変えない変異がすべて中立とは限りません。遺伝子の働き方などに影響することもあるからです。
重要な遺伝子の中にも、変化に弱い位置と、ある程度の変化が許される位置があります。中立な変異が存在することと、その遺伝子に重要な機能がないことは、別の問題です。
さらに、「新しく生じる突然変異」と、「長い時間を経て残った置換」を区別しなければなりません。 機能を損なう変異が多数生じても、それらが自然選択によって除かれれば、長期的に蓄積する置換には中立なものが多くなります。
中立説は、自然選択を否定する理論ではありません。有害な変異を取り除く浄化選択や、有利な変異を広げる正の選択を認めたうえで、分子進化に占める中立な置換の大きさを主張しました。 生物の形や行動の進化すべてを、偶然だけで説明する学説でもありません。
5.「進化の速さ=突然変異率」という関係
中立説の核心をよく示すのが、中立な置換の速度は、中立な突然変異の発生率に等しいという関係です。
個体数が一定で、各個体が等しく繁殖する理想的な二倍体集団を考えます。個体数がNなら、ある部位の遺伝子コピーは2N個あります。その部位の中立突然変異率を、コピー当たり・世代当たりμ₀とすると、毎世代生じる新しい中立変異の数は、平均2Nμ₀個です。 一方、そのうち一つの変異が最終的に固定する確率は、1/2Nです。したがって、長期的な置換速度kは、次のようになります。
k=2Nμ₀×1/2N=μ₀
大きな集団では多くの変異が生まれますが、一つ一つが固定する確率は小さくなります。小さな集団では変異の発生数は少なくても、個々の変異が固定する確率は大きくなります。両者が打ち消し合うため、基本モデルでは集団サイズが式から消えるのです。(注) これは、一つの変異が固定するまでの時間も同じ、という意味ではありません。多数の変異を長期間眺めたときの、置換の平均速度に関する法則です。直感だけでは分かりにくい進化の性質が、簡潔な数式によって見えてきます。
(注) この式の面白さは、集団が大きいほど変異は多く生じますが、一つ一つが固定する確率は低くなり、両者がちょうど打ち消し合う点にあります。長期的な置換速度が、その部位の中立突然変異率と同じになるのです。
6.分子時計を支える理論
中立説は、「分子時計」を理解するための理論的な土台にもなりました。 分子時計とは、DNAやタンパク質の変化が、ある程度一定の平均速度で蓄積するという考え方です。
この着想自体は、ズッカーカンドルやポーリングらに由来します。木村の貢献は、その背後にある仕組みを説明したことです。 中立な置換速度が中立突然変異率に等しいなら、その率が安定している範囲では、分子の違いも時間に応じて蓄積すると考えられます。 外見があまり変わらない生物でも、DNAの中では変化が続いています。形態の変化の速さと、分子の変化の速さを、同じものと考える必要はありません。
もっとも、現実の分子時計は完全な時計ではありません。突然変異率や世代時間、機能上の制約などは、遺伝子や系統によって異なります。塩基配列の違いから年代を推定するには、こうした違いと、化石などから得られる年代情報を考慮する必要があります。
木村の理論は、配列の違いを、生命がたどってきた時間を推定するための情報として扱う道を支えました。
7.多様性はどのように保たれるのか
木村の研究は、種と種の違いに加えて、同じ種の内部に存在する多様性にも向けられました。 1964年、ジェームズ・クローとともに発表した「無限対立遺伝子モデル」は、その代表的な成果です。 このモデルでは、突然変異が起こるたびに、既存のものとは異なる新しい型が生まれると仮定します。DNA配列には膨大な組み合わせがあるため、これは多様性を考えるうえで有用な近似になります。
新しい型は突然変異によって供給され、遺伝的浮動によって一部が失われます。 木村とクローは、この釣り合いから集団に維持される多様性を計算しました。 中立な変異について一定の条件を置くと、期待ヘテロ接合度Hは「4Nₑμ/(1+4Nₑμ)」と表せます。 これは、集団から取り出した二つの遺伝子コピーが異なる型である確率に対応します。
Nₑは有効集団サイズ、μはその遺伝子座の突然変異率です。有効集団サイズは実際の頭数そのものではなく、繁殖成功の偏りなどを反映した、浮動の強さに対応する大きさです。
この研究によって、多様性を数量的に説明する基盤が整いました。集団内の違いと、長い時間を経た種間の違いを、突然変異と浮動という共通の過程から理解する道が開かれたのです。
8.進化が起こる場所と、変化にかかる時間
木村は、集団が地理的に分かれている場合の進化も研究しました。 ワイスとともに解析した「飛び石モデル」では、小さな集団が並び、個体が隣接する集団へ移動する状況を考えます。 現実の生物は、すべての個体が同じ確率で出会って繁殖するわけではありません。近くの集団とは交流が多く、遠くの集団とは交流が少なくなることがあります。飛び石モデルは、移動と浮動が組み合わさったとき、地理的距離と遺伝的な類似性がどう関係するかを理解するための道具になりました。
また、太田朋子との研究では、変異が固定するまでの時間も解析しました。 一定サイズの理想的な集団で、新しい中立変異が最終的に固定する場合、その平均所要時間は約4Nₑ世代(Nₑは有効集団サイズ)になります。 ここで大切なのは、「最終的に固定する場合」という条件です。新しい中変異の多くは途中で失われます。生き残った変異について、その道のりにどれほど時間がかかるかを問うのです。
固定の確率と固定までの時間を分けて考えることにより、進化の速度について、より立体的な理解が可能になりました。
9.DNAの違いから進化の距離を測る
木村は、観察されたDNA配列を解析する実用的な方法も残しました。1980年に提案した「木村の2パラメータモデル」は、K2PあるいはK80として知られています。
DNAを構成する塩基にはA、G、C、Tの四種類があります。AとG、CとTの間の置き換わりをトランジションと呼び、それ以外の、プリン塩基とピリミジン塩基の間の置き換わりをトランスバージョンと呼びます。木村は、この二種類が異なる頻度で起こることをモデルに取り入れました。 長い時間のうちには、同じ位置が何度も変化します。AがGに変わり、さらにAへ戻れば、現在の配列を比較しても、その二回の変化は見えません。目に見える違いだけを数えると、過去の置換数を過小評価するのです。
木村の方法は、この見えない変化を補正して、配列間の進化距離を推定します。現在では、さらに多くの条件を扱うモデルも使われていますが、置換の性質を考慮して距離を推定するという発想は、分子系統解析の基礎となっています。
10.太田朋子の「ほぼ中立説」への展開
現実の変異には、完全に中立とはいえなくても、適応度への影響がごく小さいものがあります。この領域を切り開いたのが、木村の共同研究者である太田朋子です。
太田は、とくに軽度に有害な変異に注目し、1973年の論文などで「ほぼ中立説」を発展させました。その要点は、同じ変異でも、集団サイズによって自然選択と浮動の相対的な影響が変わるということです。 大きな集団では、わずかな不利益に対しても選択が比較的よく働き、その変異は除かれやすくなります。小さな集団では浮動が強くなり、軽度に有害であっても、変異が残ったり固定したりすることがあります。
たとえるなら、かすかな信号も静かな場所では聞き分けられますが、雑音が大きければ埋もれてしまうようなものです。この比喩では、信号が選択の効果、雑音が浮動に相当します。
ほぼ中立説は、自然選択と偶然が互いに作用する進化の姿を、より現実的に捉えました。木村の理論と密接につながる発展ですが、その独創的な展開は太田自身の業績として評価する必要があります。
11.ゲノム時代に受け継がれた問い
今日、中立モデルは、自然選択の働きを調べるための基準としても使われています。選択が働かない条件で、どのような変異の分布が予想されるかを計算し、実際のデータと比較するのです。 ただし、中立モデルから外れたからといって、直ちに自然選択の証拠になるわけではありません。集団の拡大や縮小、移動、突然変異率の違いなども、変異の分布を変えるためです。複数の可能性を検討するところに、現代の解析の難しさがあります。
また、ある変異が中立でも、近くにある遺伝子に選択が働けば、その影響を受けます。 有害な変異をもつ染色体が集団から失われると、一緒に受け継がれていた中立変異も減ることがあります。これが「背景選択」です。ヒトゲノムの研究でも、その影響の大きさが示されています。
中立説の価値は、あらゆるデータを単純なモデルだけで説明できることにはありません。 どの条件でその予測が成立し、どの条件では別の仕組みを考える必要があるのか。そうした問いを、観察と計算によって検証できるようにした点にあります。
12.生命の歴史を、思い込みから解き放つ
木村の研究は、生命を見る私たちの姿勢にも問いを投げかけます。ある特徴が現在存在するというだけで、そこに必ず適応上の利点があったと考えてよいのでしょうか。生命には、選択によって磨かれた仕組みとともに、偶然や歴史的な経緯によって残った違いも刻まれています。
もちろん、この視点だけから、人間の性格や精神疾患の成り立ちを説明することはできません。個々の特徴については、それぞれの証拠が必要です。木村の理論が与えるのは、適応的な物語を思い付いたとき、その説明を別の可能性と比較するための足場です。
木村は、クローとの共著『An Introduction to Population Genetics Theory』(1970年)で集団遺伝学を体系化し、『The Neutral Theory of Molecular Evolution』(1983年)では中立説の理論と証拠をまとめました。研究成果を、次の世代が使い、検証し、発展させられる形で残したのです。
生命の歴史に偶然が関わることは、生命を理解する試みの限界を意味しません。偶然にも法則があり、その法則を明らかにすることで、新たな問いが生まれます。 木村資生が切り開いたのは、そのような進化研究の広大な領域と、それを探求する為の方法論でした。ノーベル賞は受賞出来ませんでしたが、集団遺伝学を学ぶ全ての学徒たちは、常に木村の姿を見ることなったのです。
著者あとがき 〜進化を検証する方法の確立
私が木村資生博士の仕事にとりわけ大きな価値を感じるのは、中立説の独創性に以上に、進化を数量的に検証する方法を築いた点です。「進化には偶然も関わる」という指摘を、実際に計算し、観察と照らし合わせられる理論にしたことに、深い意義があると思います。
ある遺伝子の変異に自然選択が働かないとき、その頻度や固定の確率がどう変化するのか。平均的な振る舞いだけでなく、偶然によってどこまでばらつくのかまで分かれば、それを基準として、実際の変化に自然選択がどの程度関与したかを問えるようになります。中立な変化を明らかにすることが、選択の働きを見いだす道を開いたのです。
もちろん、観察値と中立モデルとの差が、そのまま淘汰圧になるわけではありません。 集団の増減や移動、突然変異率の違いなども考慮する必要があります。それでも、比較の基準を与え、複数の説明をデータで検証できるようにした功績は大きいと考えます。 この方法論の価値は、中立説の個々の主張が修正されても失われません。ある遺伝子では自然選択の寄与が大きいと判明したとしても、その発見を中立モデルとの比較が支えている場合があります。 自らの学説を検証し、時には修正するための道具まで残したところに、木村博士の仕事の厚みを感じます。
分子時計についても、木村博士は重要な役割を果たしました。 その着想自体はズッカーカンドルやポーリングらに由来しますが、中立説は時計が進む仕組みを説明し、木村の塩基置換モデルは配列から進化距離を推定する方法を提供しました。生命の歴史を時間として読み解くための、理論と技法を支えたのです。
集団遺伝学には、フィッシャー、ホールデン、ライトらが築いた基礎があります。 その歴史を踏まえても、私は木村博士を、現代の分子進化学の方法論を確立した中心人物の一人と評価したいと思います。 新しい答えを示すとともに、後世の研究者が異なる答えを確かめられる方法を残す。それは、科学者が次の世代へ渡せる、最も豊かな遺産の一つではないでしょうか。
