認知症治療の基本
認知症治療の基本
※当院では認知症の診療は行なっておりません。このコラムは、情報提供が目的です。
早期治療と、脳・身体の力を生かす暮らし
認知症の治療は、薬を飲むことだけではありません。病気の種類や身体の状態を確かめ、生活を整え、その人が持っている力を発揮できるよう支えることが基本です。治療の目標も、検査の点数だけでなく、本人が安心して暮らし、大切にしてきた活動や人とのつながりを保つことにあります。
そのために、とくに大切にしたいのが、「早期治療」「覚醒レベルの維持」「脳や身体を使う生活習慣」です。この三つを、本人の体調や希望に合わせて組み合わせていきます。
1.早期治療 〜「年のせい」で片づけない
同じことを何度も尋ねる、料理の手順が分からなくなる、薬やお金の管理が難しくなる。こうした変化が続くときは、「年齢のせいだろう」と放置せず、かかりつけ医やもの忘れ外来に相談しましょう。受診の際は、「いつから」「何に困るようになったか」を具体的に伝えると役立ちます。
認知症は一つの病気ではなく、アルツハイマー病、脳の血管の障害、レビー小体病など、さまざまな原因によって起こります。また、甲状腺の働きの低下、ビタミン不足、薬の影響などで、認知症に似た症状が現れることもあります。原因を調べることで、改善できる問題を見つけられる場合があります。
薬物療法では、病気の種類や進行の程度に合わせて、ドネペジルなど、認知機能に関わる症状の改善・維持を目指す薬を検討します。どの認知症にも同じ薬が効くわけではないため、適切な診断が大切です。
さらに、アルツハイマー病による軽度認知障害や軽度の認知症では、条件を満たせばレカネマブやドナネマブによる治療が選択肢になります。これらは進行を緩やかにするだけで無く、改善が見込める薬です。ただし、失われた記憶を元通りにする薬ではありません。また、脳のむくみや出血などの副作用があるため、専門的な検査と定期的な確認が必要です。
早期治療の意義は、薬を早く始めることだけではありません。本人の希望を確かめながら、暮らし方や必要な支援を早い段階から一緒に考えられることも、大きな利点です。
2.覚醒レベルの維持 〜日中、穏やかに目覚めて過ごす
「覚醒レベル」とは、どのくらいはっきり目覚め、周囲の出来事に注意を向けられるかということです。強い眠気やぼんやりした状態が重なると、会話を理解したり、食事や着替えに取り組んだりすることが難しくなります。
そこで大切なのが、夜は休み、日中はその人に合った活動ができる生活リズムです。 朝はなるべく決まった時間に起きて光を取り入れ、着替えや朝食で一日を始めます。日中は、体調に合わせて散歩や家事、人との会話などの機会をつくりましょう。夜は明るすぎる照明や騒音を避け、落ち着ける環境を整えます。
ただし、覚醒を保つとは、眠い人を無理に起こし続けることではありません。 疲れたら休み、必要に応じて短い昼寝も取り入れます。長時間の昼寝で夜の睡眠が崩れる場合には、時間帯や長さを調整します。「いつも活動的であること」ではなく、休息と活動のバランスが目標です。
3.強い眠気や急な変化を、認知症だけのせいにしない
日中の眠気や反応の鈍さが目立つときは、睡眠不足だけでなく、身体の病気や薬の影響も確認する必要があります。薬が効きすぎて、ふらつきや生活上の支障につながる場合もあります。市販薬も含めて医師や薬剤師に確認してもらい、薬を自己判断で増減・中止しないようにしましょう。
とくに、数時間から数日の間に急にぼんやりする、会話がかみ合わなくなるといった変化は、「認知症が進んだ」と決めつけないことが重要です。 感染症や脱水などによる「せん妄」という急な脳機能の不調かもしれません。せん妄は興奮するだけでなく、静かで眠そうに見えることもあります。 急な変化は速やかに受診し、呼びかけへの反応が乏しい場合は救急対応が必要です。
4.身体を使う 〜暮らしの中に、無理のない動きを
身体を動かす習慣は、筋力や歩く力を保ち、生活の自立を支えるうえで重要です。認知症の治療・ケアでも、身体活動は大切な要素です。
特別な運動から始める必要はありません。 近所を少し歩く、植物の世話をする、椅子に座って体操をするなど、今の身体の状態でできることを選びます。目標は、他人と同じ歩数を達成することよりも、無理なく動く機会を日々つくることです。転倒の心配や痛みがある場合は、医師やリハビリテーションの専門職に相談しましょう。
食事も活動の土台です。 食事量や体重の減少に気を配り、主食・主菜・副菜を組み合わせます。食が細くなったときには、肉、魚、卵、大豆製品などのおかずも取れているか確認しましょう。水分は持病による制限に合わせて取り、むせや食べにくさがあれば相談してください。
高血圧や糖尿病など、身体の病気の治療を続けることも大切です。脳だけを切り離して考えるのではなく、全身の健康を支える視点を持ちましょう。
5.脳を使う 〜「訓練」より、楽しみと役割を
脳を使うというと、計算問題や漢字ドリルを思い浮かべるかもしれません。しかし、日々の暮らしにも、考え、思い出し、判断する機会はあります。 好きな歌を歌う、写真を見ながら思い出を話す、献立を一緒に考えるなど、本人が楽しめる活動を大切にしましょう。読書や将棋など、以前から親しんでいた趣味を、やりやすい形に変えて続けることもよい方法です。
家事も、「全部できなくなったから任せない」ではなく、できる部分を一緒に探します。 たとえば料理の手順が難しくなっても、食材を選ぶ、野菜を洗う、食卓を整えるといった役割を担えるかもしれません。安全に配慮しながら、本人が参加できる形に調整します。
大切なのは、能力を試すことではありません。 「さっき何を食べた?」「今日は何日?」と繰り返し質問し、間違いを指摘するやり方は、不安や自信の低下につながりかねません。正解の数よりも、楽しめたか、参加できたかを大切にすることが、続けやすい活動の鍵になります。嫌がるときには、時間を短くしたり、別の楽しみに変えたりしましょう。
6.本人だけでなく、家族の暮らしも支える
認知症があっても、本人の好みや誇り、安心したい気持ちは大切にされる必要があります。 説明は短く具体的にし、一度に多くを求めず、返事や動作を待つようにします。できないことを責めず、本人のペースに合わせることが基本です。
落ち着かなさや怒りっぽさがあるときも、すぐに薬で抑えようとせず、痛みや便秘、不安、環境の分かりにくさなどがないか確かめます。強い苦痛や危険が続く場合には、医師と治療を相談します。
そして、家族だけで治療や介護を抱え込まないことが重要です。 地域包括支援センターやケアマネジャーに相談し、デイサービスなどの支援を組み合わせて、本人の活動の場と、家族が休める時間の両方を確保しましょう。
早めに相談し、日中の目覚めを整え、楽しみながら脳と身体を使う。その積み重ねを支えることが、認知症治療の基本です。 ただし、十分に取り組んでも病気が進むことはあり、それは本人や家族の努力不足ではありません。できなくなったことを責めるのではなく、今できることと、その人らしい暮らしを一緒に守っていきましょう。
