診断基準を用いた、適応障害の診断

適応障害の診断は、一見シンプルに見えて実は非常に「さじ加減」が難しいものです。なぜなら、「誰にでも起こりうるストレス反応」と「病気としての機能障害」の境界線を見極める必要があるからです。

最新の診断基準(DSM-5-TR)に基づいた診断の実践と、実臨床での重要ポイントを詳しく解説します。

1. 診断の「5つの必須条件」

適応障害と診断するためには、以下の5つの項目をすべて満たす必要があります。
項目 内容 解説
① 原因の特定 ストレス因から3か月以内の発症 何が原因か(仕事、家庭、人間関係など)が明確であること。
② 症状の強さ 「不釣り合いな苦痛」または「社会生活の支障」 単に「つらい」だけでなく、仕事に行けない、家事ができない等の実害が出ている。
③ 除外基準(1) 他の病気(うつ病など)ではない うつ病の基準を満たす場合は、そちらが優先されます。
④ 除外基準(2) 正常な悲嘆(死別)ではない 死別後の自然な悲しみは、原則として適応障害とは呼びません。
⑤ 期間の限定 ストレスが消えてから6か月以内に改善 原因が解決したのに半年以上症状が続くなら、別の病気を疑います。

2. 実臨床での「見極め」のポイント

操作的基準を運用する際、医師は特に以下の2点を重視して「うつ病」や「単なる悩み」と区別します。

A. 症状の「変動性」を確認する

うつ病が「脳のエネルギー切れ(持続的な機能不全)」であるのに対し、適応障害は「外部環境への過剰反応」です。
  • ● 週末のサイン: ストレス源(職場など)から離れた休日には、趣味を楽しめたり、食欲が戻ったりします。
  • ● 反応のトリガー: ストレスを思い出した瞬間に、動悸、涙、不安が急激に高まるのが特徴です。

B. 「不釣り合い」をどう判断するか

基準にある「ストレスに対して不釣り合いなほど強い反応」という点は、本人の性格やこれまでの経験(脆弱性)を考慮します。
例: 上司からの厳しい叱責に対し、反省して落ち込むのは正常ですが、そのショックで「足が震えて会社に近づけない」「一睡もできなくなる」というのは、防衛反応が過剰に働いている(適応障害の状態)と判断されます。

3. 神経心理学的な視点(最新の知見)

適応障害は、脳内の「恐怖と不安の回路」が一時的に過敏になっている状態と捉えられます。
  • 偏桃体(アラーム装置)の過活動 ストレス体験が記憶(海馬)と結びつき、特定の刺激に対して偏桃体が「逃げろ!」と強いアラーム(不安・動悸)を鳴らし続けます。
  • 前頭葉(ブレーキ役)の低下 強い不安により、感情をコントロールする前頭葉の働きが一時的に弱まり、自分の意志で気分を切り替えることが困難になります。

4. 6つのサブタイプ(症状のバリエーション)

診断時には、どの症状がメインであるかを以下のタイプから選択します。
  • 抑うつ気分を伴う: 涙もろさ、絶望感。
  • 不安を伴う: 神経過敏、動悸、心配。
  • 不安および抑うつ気分が混在する: 両方が目立つ。
  • 素行の障害を伴う: 欠勤、暴言、攻撃的な行動。
  • 規定不能: 体調不良(頭痛、腹痛)など、上記に当てはまらない反応。

5. 注意すべき「除外診断」のジレンマ

適応障害は「除外診断(他ではないと言い切ることで決まる診断)」の側面が強いです。

特に注意が必要なのは、「適応障害だと思っていたが、実はうつ病の初期だった」というケースです。休日にしっかり休んでも、あるいはストレス源から離れて1か月以上経っても「全く喜びを感じられない」「一日中ずっと沈んでいる」状態が続く場合は、速やかに「うつ病」への診断変更と治療戦略の切り替えが必要になります。