脳科学の知見から考える、ASD治療の可能性
「ASDは治るものなのか?」
この問いに対し、現在の脳科学は「『完治』を目指すのではなく、その人が持つ脳のOSを最適化し、生きづらさを劇的に減らすことは十分に可能である」という力強い答えを出し始めています。
かつての「一律に同じ薬を試す」時代は終わり、個々の脳の特性に合わせた「精密医療(プレシジョン・メディシン)」の幕が上がっています。最新の治療研究、特に「メマンチン」と「オキシトシン」の知見を中心に解き明かしてみましょう。
1. メマンチン:脳内の「ノイズ」を抑えるボリューム調整
これまでアルツハイマー型認知症の治療薬として知られていた「メマンチン」が、今、ASD治療の最前線で脚光を浴びています。
● 脳が「常に叫んでいる」状態を鎮める
ASDの脳は「興奮」が「抑制」を上回っている、いわば「アクセルが踏みっぱなしの車」のような状態になりやすい傾向があります。この興奮を引き起こすのが、脳内の情報伝達物質「グルタミン酸」です。メマンチンはこのグルタミン酸の暴走を抑え、脳内の「ノイズ」をカットする役割を果たします。
● 「効く人」を事前に見分ける最新技術
2026年の大きな進歩は、「pgACC(前部帯状回前方部)」という部位のグルタミン酸濃度を測定することで、メマンチンが効くかどうかを事前に予測できるようになったことです。この濃度が高い人ほど、社会性やこだわりの症状が劇的に改善することが判明しており、無駄のないパーソナライズされた治療が可能になっています。
2. オキシトシン:絆のホルモンの「真実」と「サブグループ」
「絆のホルモン」として知られるオキシトシン。かつては魔法の薬のように期待されましたが、最新研究では「効くタイプの人」の特定が重要視されています。
2026年現在の知見では、「血中のオキシトシン濃度が元々低いグループ」に対しては、経鼻スプレーによる投与が対人応答性や共感性の向上に有意な効果を示すことが再確認されています。単に全員に投与するのではなく、血液検査や遺伝子解析を組み合わせることで、本当に必要としている人へ届ける技術が確立されつつあります。
3. 次世代の旗手:GABAを正常化する「ブメタニド」
脳内のブレーキ役である「GABA」が、ASDの一部の脳では逆に「アクセル(興奮)」として働いてしまうという驚きの現象が見つかっています。これを修正するのが、利尿剤として知られる「ブメタニド」です。
ブメタニドは細胞内のイオンバランスを整え、GABAを本来のブレーキ役に引き戻します。これにより、多くの当事者を苦しめてきた感覚過敏や強い不安感を根本から和らげる可能性が示されており、治験が進んでいます。
4. AIと脳波が変える「療育」の可視化
薬物療法だけでなく、AI(人工知能)も大きな役割を担っています。特定の「低周波脳波のパターン」をAIで解析することで、治療や療育によって脳のネットワークがどう変化しているかをリアルタイムで測定できるようになりました。
「このトレーニングで前頭葉のネットワークが活性化している」といった数値化が可能になり、主観的な観察に頼らない、科学的根拠に基づいた療育計画の策定が可能になっています。
結び:ASD治療のゴールは「自分らしくあること」
2026年の脳科学が目指しているのは、ASDという個性を消し去ることではありません。すべての治療や技術は、「脳内の嵐(過剰な興奮)」を静め、その人が本来持っている素晴らしい知性や感性を、ストレスなく発揮できるようにするための「環境整備」です。
「自分の努力不足だ」と責める時代を終え、「自分の脳を乗りこなす方法を知る」プロセスへ。脳科学の進歩は、ASDを障害という枠組みから解放し、一人ひとりの個性が輝くニューロダイバーシティ社会を現実のものにしようとしています。