糖尿病製剤から見えて来た、全身性疾病として考える気分症治療

メトホルミンとGLP-1/GIP受容体作動薬から考える、気分症治療の新しい可能性

近年、うつ病や双極症などの気分症は、セロトニンやノルアドレナリンといったモノアミンの異常だけでは説明しきれないことが明らかになってきました。従来の抗うつ薬や気分安定薬が有効な患者がいる一方で、十分な治療を行っても抑うつが遷延し、意欲低下、疲労感、快感消失、認知機能低下が残る患者も少なくありません。

このような治療抵抗性の背景として、近年注目されているのが、代謝異常、インスリン抵抗性、慢性炎症、ミトコンドリア機能障害、血液脳関門、報酬系の変調です。気分症は、もはや「脳内神経伝達物質だけの病気」ではなく、全身代謝と脳機能が相互に影響しあう疾患として理解されつつあります。

その中で注目される薬剤が、メトホルミンGLP-1/GIP受容体作動薬です。前者は2型糖尿病治療薬として長く使われてきた薬であり、後者は糖尿病・肥満症領域で急速に発展しているインクレチン関連薬です。いずれも本来は精神科薬ではありませんが、気分症治療の新しい補助療法として関心が高まっています。

1. メトホルミン:インスリン抵抗性から双極性うつ病に介入する

メトホルミンは、肝臓での糖新生を抑制し、インスリン抵抗性を改善する薬です。精神科領域では、抗精神病薬による体重増加や糖代謝異常への対策として用いられることがあります。しかし近年、それにとどまらず、インスリン抵抗性を伴う治療抵抗性双極性うつ病への補助療法としても注目されています。

双極症では、肥満、内臓脂肪、糖代謝異常、脂質異常、慢性炎症がしばしば併存します。また、オランザピン、クエチアピン、リスペリドンなどの非定型抗精神病薬は有効な治療薬である一方、体重増加やインスリン抵抗性を悪化させることがあります。このとき、気分症状そのものはある程度安定しても、代謝異常が進むことで、倦怠感、活動性低下、睡眠リズムの乱れ、炎症の亢進が起こり、結果として抑うつ状態が遷延する可能性があります。メトホルミンは、この悪循環に介入する薬と考えることができます。

作用機序としては、AMPK活性化、ミトコンドリア機能の調整、mTOR経路の抑制、酸化ストレスや炎症の軽減などが想定されます。つまりメトホルミンは、単に血糖を下げる薬ではなく、細胞のエネルギー代謝を整え、慢性炎症を下げ、脳の代謝環境を改善する薬として理解できます。

気分症におけるメトホルミンの位置づけは、リチウムやラモトリギンのような直接的な気分安定薬ではありません。むしろ、インスリン抵抗性を伴う双極性うつ病、抗精神病薬による代謝悪化を伴う気分症、肥満や慢性炎症を背景に持つ治療抵抗例への補助療法と考えるのが妥当です。

2. GLP-1/GIP受容体作動薬:代謝・食欲・報酬系から気分症に介入する

GLP-1/GIP受容体作動薬は、インクレチン系に作用する薬剤です。GLP-1は食後に分泌されるホルモンで、インスリン分泌を促進し、グルカゴンを抑制し、胃排出を遅らせ、食欲を抑制します。GIPもインスリン分泌や脂肪組織、エネルギー代謝に関与します。この系統の薬剤は、糖尿病や肥満症治療で大きな成果を上げています。さらに近年、これらの薬剤が、単に体重や血糖を改善するだけでなく、脳の報酬系、炎症、認知機能、依存行動、気分症状に影響する可能性が注目されています。

気分症との関連で重要なのは、肥満・インスリン抵抗性・慢性炎症・報酬系機能低下の連鎖です。内臓脂肪が増えると、炎症性サイトカインが増加し、血液脳関門やミクログリア機能に影響します。その結果、脳内炎症や神経可塑性低下が起こり、快感消失、意欲低下、疲労感、抑うつが悪化する可能性があります。

また、GLP-1/GIP受容体作動薬は、視床下部や脳幹だけでなく、側坐核、腹側被蓋野、前頭前野などの報酬系にも影響する可能性があります。これは、うつ病や双極性うつ病にみられる「楽しめない」「動けない」「報酬を予測して行動できない」といった症状と関係します。

つまりGLP-1/GIP受容体作動薬は、気分を直接持ち上げる薬というより、代謝異常、食欲、体重、炎症、報酬系の働きを調整することで、気分症の背景病態に介入する薬と考えられます。

3. イーライリリー社のbrenipatideが示す新しい方向性

この流れを象徴するのが、イーライリリー社のbrenipatide/LY3537031です。brenipatideは、GLP-1受容体とGIP受容体の両方に作用する薬剤として開発されており、AdisInsightでも作用機序はGIP受容体作動薬およびGLP-1受容体作動薬とされています。

注目すべきは、この薬が糖尿病や肥満症だけでなく、大うつ病性障害や双極症を対象に治験で検討されている点です。ClinicalTrials.govには、brenipatideを標準治療に上乗せし、プラセボ上乗せ群と比較する大うつ病性障害の試験、および双極症の試験が登録されています。

これは、気分症治療の発想が大きく変わりつつあることを示しています。従来の精神科薬は、主に脳内の神経伝達物質や受容体を直接標的としてきました。しかしbrenipatideのような薬剤は、全身代謝と脳の報酬系・炎症系の接点を標的にしているのです。

4. メトホルミンとGLP-1/GIP受容体作動薬の共通点と違い

メトホルミンとGLP-1/GIP受容体作動薬は、どちらも代謝に作用する薬ですが、作用点は異なります。

メトホルミンは、主にインスリン抵抗性、肝糖新生、AMPK、ミトコンドリア、慢性炎症に作用します。比較的古くから使われている薬で、安全性や費用面での蓄積もあります。

一方、GLP-1/GIP受容体作動薬は、インスリン分泌、食欲、体重、胃排出、報酬系、炎症により強く関与します。特に体重減少や食行動、報酬系への作用という点では、メトホルミンより広い影響を持つ可能性があります。

両者を気分症治療の観点から整理すると、メトホルミンはインスリン抵抗性型・代謝炎症型の気分症に、GLP-1/GIP受容体作動薬は肥満・過食・報酬系低下・代謝異常を伴う気分症に親和性が高いと考えられます。

まとめ

メトホルミンとGLP-1/GIP受容体作動薬は、いずれも気分症治療における新しい可能性を示しています。共通するのは、うつ病や双極症を、脳内モノアミンの異常だけでなく、代謝、炎症、ミトコンドリア、報酬系、血液脳関門を含む全身性の疾患として捉える点です。