精神科研究最前線:思春期の“歩数”と“心の健康”の関係

精神科研究最前線:思春期の“歩数”と“心の健康”の関係 〜5,515人の追跡研究から分かったこと

散歩をしたあと、気持ちが少し軽くなる。机から離れて体を動かすと、考えが切り替わる。こうした経験は、日常の身体活動と心の状態が結びついていることを感じさせます。 では、成長期の子どもたちではどうでしょうか。普段よく歩く子どもは、その後の心の状態にも違いがあるのでしょうか。そして、その違いは脳の構造にも表れるのでしょうか。

2026年10月1日、『JAMA Network Open』に掲載された研究は、この問いを5,515人の青少年のデータから調べました。 中心となる発見は、日々の歩数が多いほど、1年後の精神症状が少なく、脳の二つの領域の皮質がわずかに厚かったことです。 身近な「歩く」という活動を、心と脳の発達の両面から捉えた研究です。

何をどのように調べたのか

研究チームが利用したのは、米国で子どもの成長を長期にわたり追跡しているABCD研究です。 今回の対象者の平均年齢は約12歳。小学校高学年から中学校にかけての時期に当たります。

参加者は腕時計型の活動量計を約3週間装着し、普段の歩数を記録しました。全体の平均は1日9,595歩でした。研究者は、この記録を脳MRIと組み合わせ、さらに1年後の心の状態と学業成績を調べました。

心の状態の評価には、本人が回答する19項目の質問票「Brief Problem Monitor」を用いました。 不安や落ち込みなどの内向きの問題、反抗や怒りなど行動に表れる問題、注意・集中の問題をまとめて評価するものです。得点が高いほど、こうした症状が多いことを表します。

通学、休み時間の遊び、買い物、運動など、歩数には一日のさまざまな動きが積み重なります。 今回の研究は、その日常的な活動の多さを、翌年の心の状態と結びつけて調べた点に特徴があります。

歩数が多いほど翌年の精神症状が少なかった

最もはっきりした結果は、歩数と精神症状の関係でした。 歩数が多い人ほど、1年後の症状得点が低くなる傾向が認められました。

その関連を表す回帰係数はB=−0.080、95%信頼区間は−0.109~−0.052、P<0.001でした。 詳しい読み方はあとがきで説明しますが、ここでは「関連の大きさは小さいものの、多数の参加者のデータから、歩数が多い側で症状が少ない傾向を確認できた」と理解していただければ十分です。

具体像は、歩数別に分けた追加解析を見るとつかみやすくなります。1日5,000歩未満の群を基準にすると、症状得点の差は次のようになりました。 数値は、背景条件を調整したBPM得点の群間差です。マイナスが大きいほど、症状が少ない方向を示します。

注目したいのは、比較的少ない歩数の群から、より多い群へと、症状得点の差が段階的に広がっていることです。観察された範囲では、一定の歩数で関連が頭打ちになる明確なパターンもみられませんでした。 特別に運動量の多い一部の子どもだけでなく、日常の活動量の違いに沿って、心の状態にも違いがみられたわけです。

研究チームは、年齢や性別、体格、家庭の経済状況などを考慮しました。さらに、以前の精神症状を加味しても関連は残りました。 つまり、最初から心の状態がよかった子どもほどよく歩いていた、という説明だけでは捉えきれない関係が示されています。

脳では身体の運動と情報処理に関わる領域に違い

次に、MRIの結果を見てみましょう。歩数の多さと関係していたのは、「傍中心小葉」と「吻側前帯状皮質」という二つの領域の皮質の厚さでした。

大脳皮質は、脳の表面を覆う薄い層です。場所によって、運動、感覚、言語、記憶など、さまざまな働きを担っています。MRIでは、この層の厚さを領域ごとに推定できます。

傍中心小葉は、特に足の運動や身体の感覚に関わる領域です。 脳の左右の半球が向き合う内側にあります。歩くことと、この領域の構造に関連がみられたのは、身体活動を考えるうえで理解しやすい結果です。

吻側前帯状皮質は、複数の情報や反応が競合する場面での処理に関わります。 例えば、目の前の情報をどう受け取り、どの反応を選ぶかという過程です。今回の結果は、歩数が、身体を動かす領域に加えて、情報処理に関わる領域の構造とも結びついている可能性を示しました。

関連の大きさを示す標準化回帰係数は、それぞれ0.057と0.052で、いずれも小さな値でした。脳全体の平均的な厚さや体積には明確な関連がなく、違いは特定の領域に見いだされました。

身体を動かす脳と心の状態を結ぶ手掛かり

研究チームはさらに、脳の構造が、歩数と精神症状の関係をどの程度説明するかを調べました。ここで用いたのが「媒介分析」です。 考え方は、三つの関係をつなげてみることです。 歩数が多い人では、ある脳領域の皮質が厚い。その領域の皮質が厚い人では、翌年の症状が少ない。この組み合わせが、歩数と症状の関連の一部を説明するかを検討します。

結果は、傍中心小葉について、そのような統計的なつながりが認められるというものでした。間接的な関連の係数は−0.002と小さいものの、「日常の活動」「身体の運動・感覚に関わる脳領域」「その後の心の状態」を結ぶ手掛かりが得られたのです。

心の働きを考えるとき、私たちは感情や思考を担う脳領域に注目しがちです。 今回の発見は、身体を動かし、その感覚を受け取る仕組みにも目を向ける価値を示しています。身体と心のつながりを、脳のどこで、どのように調べていけばよいのか。その候補が、少し具体的になったといえるでしょう。

学業成績には同じ傾向がみられなかった

精神症状との関連が認められた一方、学業成績には主解析で明確な関連がありませんでした。

この対照も、研究の大切な結果です。 今回のデータでは、日常的によく動くこととの結びつきは、成績よりも心の状態に表れました。学業成績には、学習時間、授業の理解、家庭や学校の支援などが重なります。歩数との関係を考える際にも、それぞれの結果を分けて見る必要があります。

身体活動の意味を考えるとき、成績だけを物差しにする必要はないでしょう。不安や落ち込み、行動上の困りごとが少ないことも、子どもの毎日の暮らしにとって大切なことです。

日常の小さな活動に目を向ける

今回の研究は観察研究であり、歩数を増やすことで症状が改善するかは、今後の介入研究で確かめる課題です。また、MRIで捉えた厚さの違いが、発達のどのような過程を反映するかも、継続的な撮影による検証が必要です。

そのうえで、この研究が日常生活に向けて投げかける問いは身近です。 子どもが一日の中で体を動かす機会は、どのくらいあるでしょうか。通学、遊び、家族との外出など、普段の生活にも活動を積み重ねる場面があります。 研究に参加したアマンダ・パルック氏も、子どもが楽しめて、現実的に続けられる活動を生活の中に見つけることを重視しています。

私たちが日常の歩数を見るとき、そこには身体の動きだけでなく、生活の過ごし方が表れています。 今回の研究は、その積み重ねが思春期の心と脳にどう関係するのかを、具体的な数字と画像で示しました。成長期の心を支える方法を考えるうえで、日々の身体活動は、引き続き注目すべきテーマです。

著者あとがき 〜研究の統計数字を読む

論文の「B=−0.080、95%信頼区間−0.109~−0.052、P<0.001」という一行には、三つの情報が詰まっています。どちら向きに、どれくらいの関連があり、その推定はどれほど確かか。順に読んでみましょう。

回帰係数は関係の傾きを表す 横軸を歩数、縦軸を精神症状の得点にした図を想像してください。参加者一人ひとりが、一つの点になります。歩数が同じくらいでも症状には個人差があるため、点は広く散らばります。その中を通る平均的な傾向を、回帰分析で捉えます。

Bは、その傾きを表す係数です。今回のBはマイナスなので、右へ進んで歩数が多くなるほど、症状の予測値が低くなる関係です。年齢や家庭環境など、解析に含めた条件を調整したうえでの傾きになります。

では、−0.080はどれくらいでしょうか。原著の標準化の記載に従うと、歩数が1標準偏差多いことに対して、症状は0.080標準偏差低いという意味です。この集団では、歩数の1標準偏差は約3,239歩でした。

標準偏差は、値のばらつきの大きさを表します。例えば、ある症状尺度の標準偏差が10点なら、その0.080倍は0.8点です。これは説明用の例ですが、全体のばらつきに比べて小さな差であることが分かります。なお、0.080は「8%改善」という割合ではありません。

信頼区間は推定の幅を示す B=−0.080は、今回集めたデータから得られた推定値です。別の参加者を集めれば、値は多少変わります。その不確かさを表したものが、95%信頼区間です。

今回の区間は−0.109~−0.052でした。推定の中心は−0.080で、その周囲に幅があります。 両端がマイナスなので、この区間全体が「歩数が多いほど症状が少ない」側にあります。関連がゼロという値を含まないため、通常の5%水準では統計的に有意と判断します。

95%という数字は、同じ手順で調査と区間の計算を繰り返したとき、前提が成り立てば、作られた区間の約95%が真の係数を含むという意味です。実際に読むときには、まず「推定の幅はどれくらいか」「ゼロをまたいでいるか」に注目すると理解しやすくなります。

P値はゼロという仮説との整合性を見る P<0.001は、「本当は歩数と症状に関連がない」と仮定し、解析の前提も成り立つ場合に、今回と同じかそれ以上に前述仮定を支持する検定結果が得られる確率が0.1%未満だという意味です。つまり、今回の結果は「差や関連がない」という仮定では説明しにくいため、通常は「統計学的に有意」と判断します。

ただしP値は、効果の大きさを表す数字ではありません。関連の大きさを見るのはBであり、その推定の幅を見るのが信頼区間です。

小さな関連を確かに捉えることにも意味がある 5,515人のように多くのデータがあると、一人ひとりのばらつきの中から、小さな傾向も見つけやすくなります。そのため、今回のように、Bの絶対値は小さくてもP値が小さいことは十分に起こります。

ここで、統計的な「見つけやすさ」と、生活上の「変化の大きさ」を分けて考えると、結果を理解しやすくなります。研究は小さな負の関連を捉えました。その関連を利用して、実際に子どもたちの心の状態をどれほど改善できるかは、次に調べる問いです。

また、回帰係数は、ほかの条件を調整した集団内の関係を表します。 一人の子どもが歩数を増やしたときの変化を、そのまま保証する数字ではありません。観察研究の結果と、介入の効果をつなぐには、もう一段階の検証が必要です。

私は、論文の数字を、研究で見えた景色を共有するための言葉として読みたいと思います。 Bは傾向の大きさ、信頼区間はその推定の幅、P値はゼロという仮説との整合性。この三つを組み合わせることで、「どのような関係を、どれくらいの確かさで捉えた研究なのか」が見えてきます。


参考資料

  1. Li Q, Paluch A, Rakesh D. Physical Activity and Adolescent Brain Structure, Mental Health, and Academic Outcomes. JAMA Network Open. 2026;9(10):e2636973.
  2. Natu VS, et al. Apparent thinning of human visual cortex during childhood is associated with myelination. PNAS. 2019;116(41):20750–20759.
  3. American Statistical Association. Statement on Statistical Significance and P-Values. 2016年3月7日。