知っておきたい脳の機能:⑨頭頂連合野 〜身体と世界を結びつける脳
(コラム補完)

知っておきたい脳の機能:⑨頭頂連合野 〜身体と世界を結びつける脳(コラム補完)

1.身体と世界を結ぶ頭頂連合野

机の上のコップに手を伸ばす。私たちは、この動作に特別な知的能力が必要だとは考えない。 しかし、コップを取るには、その位置や大きさを見分け、自分の手がどこにあるかを把握し、腕を伸ばす方向と距離を定め、指の開き方を調整しなければならない。視線や身体が動けば、そのたびに位置関係も変わる。何気ない動作の背後には、身体と外界を結びつける精密な情報処理がある。その重要な担い手が、頭頂連合野である。 頭頂連合野は、大脳の上方から後方に位置する頭頂葉のうち、感覚情報を他の情報と関連づけて利用する広い領域を指す。 触れられた位置や刺激の性質などを処理する一次体性感覚野の後方に広がり、視覚、触覚、身体の姿勢に関する感覚などを組み合わせる。そして、それらを注意や行動、さらに言語や記憶に関係する情報へとつなぐ。 ただし、頭頂連合野は、一つの仕事をする均質な場所ではない。 上方にある上頭頂小葉は、身体の位置や姿勢の把握、空間認知、視覚と運動の連携に深く関わる。 上頭頂小葉と下頭頂小葉を隔てる頭頂間溝の周辺には、注意、眼球運動、手を伸ばす動作、物をつかむ動作、数量の処理などに関係する領域がある。 下頭頂小葉の前方にある縁上回は、言葉の音や身体の動作の処理に、後方にある角回は、意味の統合や記憶の想起などに関わる。 内側面の楔前部も、視空間的なイメージや自己に関する処理に参加する。 また、側頭頭頂接合部と呼ばれる境界領域は、頭頂葉と側頭葉にまたがり、注意の切り替えや他者の心の理解などと関係する。これらの名称は、機能を整理するための手がかりであり、境界ごとに働きが完全に分かれるわけではない。

2.自分の身体を把握する 〜身体図式

頭頂連合野の働きを理解する入口は、自分の身体をどのように把握しているかという問題である。 私たちは目を閉じても、右手が膝の上にあることや、左肘が曲がっていることをおおむね知っている。これは、筋肉や腱などから届く、身体の位置と動きに関する固有感覚を利用しているためである。そこに皮膚感覚や視覚、頭の動きや傾きに関する前庭感覚も加わり、身体の状態が推定される。 このうち、動作を支える身体の配置や姿勢の表現を「身体図式」と呼ぶ。 ここでいう表現とは、身体の絵を意識的に思い浮かべることではなく、身体を動かすための情報が神経活動として保持されていることを意味する。背中に手を回して服のファスナーを探すとき、見えない手の位置と指先の感触を結びつけられるのは、こうした仕組みが働くからである。

3.見た位置を動作へ変える 〜座標変換

身体の状態が分かれば、次に必要なのは、身体と対象との位置関係を対応づけることである。 コップは視野の右側に見えていても、頭を右へ向ければ視野の中央に移る。コップ自体が動いたわけではない。腕を正しく伸ばすには、見えている位置に加え、視線の方向や頭の向き、肩と手の位置も考慮しなければならない。 異なる基準で得られた位置情報を対応づける処理は、「座標変換」と呼ばれる。 頭頂連合野には、視線、手、身体などとの関係に応じた複数の位置表現があり、行動に応じて利用される。脳内に唯一の完成した地図があるというより、目的に合わせて使われる複数の見取り図がある、と考えると理解しやすい。 しかも、この処理は動き始める前だけでなく、動作中にも続く。 取ろうとしたコップが少し動けば、手の軌道を修正する必要がある。後部頭頂皮質に磁気刺激を加えた実験では、標的の移動に応じた到達運動の修正が妨げられた。頭頂連合野は、現在の身体と対象の関係を更新し、その情報を運動制御に反映しているのである。Desmurgetら,1999 この仕組みの障害を示す症状に、視覚性運動失調がある。 対象が見えていて、腕を動かす力もあるのに、見た位置へ正確に手を伸ばせない。物を認識することと、その物に適切に働きかけることには、異なる処理が必要なのである。視覚の働きには、「何があるか」を知る側面と、「それにどう働きかけるか」を支える側面がある。

4.必要な情報へ注意を向ける

頭頂連合野は、注意をどこに向けるかにも関わる。 私たちの周囲には、同時には処理しきれないほど多くの情報がある。その中から、現在の目的に合った情報を優先する必要がある。駅の人混みで知人を探すときには、顔や服装を手がかりに、注意を向ける場所を次々に選んでいる。 このような目的に沿った注意には、左右の頭頂間溝周辺と前頭葉の領域を含む、背側注意ネットワークが関わる。 一方、思いがけない方向から名前を呼ばれたときには、注意をそちらへ切り替える。このような、行動上重要な出来事への注意の向け直しには、右の側頭頭頂接合部などを含む腹側注意ネットワークが関係する。注意は、刺激の強さだけでなく、その情報が自分にとってどれほど重要かによっても変わる。 右大脳半球の損傷後にみられる左半側空間無視は、この仕組みを考える手がかりになる。 患者は、皿の左側の食べ物を残したり、左側にいる人に気づきにくくなったりする。こうした症状は、注意と空間の把握の障害として理解される。損傷部位だけでなく、離れた関連領域の活動や、左右半球の活動の不均衡も関係することが示されている。Corbettaら,2005

5.道具を使い、動作を組み立てる

道具を使う能力にも、頭頂連合野の働きが現れる。 はさみを使うには、その名称や目的を知っているだけでは足りない。どこに指を入れ、どちらへ刃を向け、どのように動かせば紙が切れるかを組み立てる必要がある。左下頭頂領域は、道具についての知識を扱う側頭葉や、運動に関わる前頭葉と連携し、学習した動作を適切な身体の動きへ結びつける。 このような仕組みが障害されると、筋力が保たれ、指示も理解できるのに、道具使用の身振りや他者の動作の模倣がうまくできなくなる場合がある。これを失行と呼ぶ。ただし、動作の知識、手の形、動きの方向や順序は、それぞれ異なる要素である。失行の研究は、一見まとまった行為が、複数の処理の協働によって成立していることを示している。Buxbaumら,2014

6.空間を心に保つ 〜ワーキングメモリ

頭頂連合野の役割は、目の前の対象への反応に限られない。 地図を見てから顔を上げ、進む方向を考えるときには、見た情報を一時的に保持する必要がある。頭頂間溝や上頭頂領域は、前頭前野などと協働し、こうした視空間性ワーキングメモリを支える。ワーキングメモリとは、情報を一時的に保ち、現在の作業に利用する仕組みである。 図形を頭の中で回転させたり、家具を置き換えた部屋を想像したりする際にも、空間情報の保持と操作が必要になる。 視覚性短期記憶の研究では、後部頭頂皮質の活動が、提示された物体の総数よりも、実際に記憶に保持できた情報量と対応することが示された。私たちが心の中で扱える場面には限りがあり、頭頂連合野はその制約にも関係している。Todd・Marois,2004

7.数量を捉え、計算する

さらに、頭頂間溝周辺は数量の処理にも関わる。 二つの皿を見比べて、どちらに豆が多いかを判断する場合や、数字の大小を比較する場合には、数量についての表現が必要である。ヒトの頭頂皮質では、少数の物体の個数について、特定の個数に反応しやすい神経集団が、一定の空間的な配列をもつことも報告されている。Harveyら,2013 もっとも、計算は数量の理解だけでは成立しない。数字を読み、手順を選び、途中の結果を保持し、暗記した答えを取り出す必要がある。九九の答えを思い出すことと、初めて見る引き算を解くことでは、必要な処理の組み合わせが異なる。「計算力」という一つの能力に見えるものにも、言語、記憶、注意などが参加している。

8.言葉の音と意味を結びつける

言語については、左縁上回が言葉の音の構造を扱う音韻処理に関わる。 文字を見て対応する音を取り出し、音の並びを扱う際に、言語ネットワークの一部として働く。 一方、左角回は、複数の意味情報を結びつける処理に関係する。「濡れた」と「葉」を組み合わせ、一つの状態として理解することがその例である。脳刺激を用いた研究も、それぞれの処理への関与を支持している。Sliwinskaら,2012、Priceら,2016 文章を理解する際には、単語の意味に加えて、文脈や知識、登場人物の関係も利用する。 角回は、そのような意味処理に関わる領域の一つだが、文章理解のすべてを担う場所ではない。側頭葉や前頭葉との協働が必要であり、読む文字の体系や課題によっても各領域の関わり方は変わる。言語は、脳の一か所に収まる能力ではないのである。

9.過去を自分の経験として思い出す

記憶の想起にも、角回や楔前部が関わる。 以前の旅行を思い出すときには、景色、同行者、そこで起きた出来事が結びつく。これらの領域は海馬系などと連携し、過去の情報を、まとまりのある経験として思い出す過程に参加する。ここには、情報を正しく取り出すことと、「自分が経験したことを思い出している」という主観的な感覚の両方がある。 興味深いことに、この二つは常に同じように変化するわけではない。 角回への磁気刺激によって、記憶の正確さが保たれていても、その記憶への確信が低下した研究がある。また、自伝的な出来事を思い出す際、自発的に語られる詳細や、一人称の視点から思い出す割合が減少した研究もある。角回が、記憶を自分の経験としてまとめる過程に関わるという解釈を支持する結果である。Yazarら,2014、Bonniciら,2018

10.身体をもった自分を感じる

頭頂連合野は、現在の自分を身体的な存在として感じることにも関係する。 「手がどこにあるか」「この手は自分のものか」「自分はどこにいるか」「この動作を起こしているのは自分か」は、互いに関連しながらも異なる問題である。身体の位置の把握、身体所有感自己位置感行為主体感には、それぞれ頭頂葉を含む複数の領域が関与する。 2023年の研究では、頭蓋内電極を留置した九人の患者において、楔前部の前方の特定部位を刺激すると、身体と空間に関する自己感覚が変容した。この結果は、「自分が身体をもって、ここにいる」という経験の一部に、楔前部が因果的に関わることを示している。ただし、この一領域が自己意識のすべてを生み出すと考えることはできない。Lyuら,2023

11.他者の立場から世界を捉える

他者を理解する際には、自分と相手の知識や視点を区別する必要がある。 物の置き場所が変わったことを自分は知っていても、それを見ていなかった相手は知らない。その人の行動を理解するには、相手の立場から状況を捉え直さなければならない。右側頭頭頂接合部は、このような他者の信念や意図の処理に関わる。磁気刺激によって、この領域の活動を一時的に乱すと、道徳的判断において行為者の信念を考慮する程度が弱まった研究もある。Youngら,2010

12.脳のつながりと、障害から分かること

これほど多様な働きを知ると、頭頂連合野を、あらゆる情報を統合する万能の中枢と考えたくなる。しかし、実際には、異なる場所が異なるネットワークに参加している。 注意を外界へ向ける場面と、過去の経験を思い出す場面とでは、主に働く領域や他部位との関係が変わる。 頭頂連合野を理解するには、部位の名前に加えて、「どの領域と結びつき、どの処理に参加しているか」を見る必要がある。 病気によって生じる症状も、この見方を裏づける。両側の頭頂後頭領域の障害では、複数の対象を同時に捉えにくくなり、視線を適切に移すことや、見た物へ手を伸ばすことも難しくなる場合がある。 これらが組み合わさった状態を、バリント症候群という。一つの物を見分けられても、いくつもの物がある場面を把握し、その中で行動することが困難になる。日常の「見る」という経験には、対象の認識、注意の配分、動作の誘導が重なっているのである。外傷後バリント症候群の症例報告 左頭頂領域などの障害では、計算や書字が難しくなり、指の識別や左右の判断も障害されるゲルストマン症候群が生じることがある。 この四つの症状についても、すべてを一つの機能の障害として説明できるとは限らない。異なる処理を担う領域の連絡が、限局した皮質下の損傷によって同時に妨げられるという説明も支持されている。 脳の機能を理解するには、個々の場所と、それらを結ぶ経路の両方に目を向ける必要がある。Rusconiら,2009

おわりに:日常の当たり前を支える働き

コップを取る、知人を探す、地図を読む、過去の旅行を思い出す。 これらの経験には、自分と対象との関係を、その都度組み立てる働きが含まれている。頭頂連合野の研究が明らかにするのは、知覚と行動、身体と認識が、日常の中でどれほど深く結びついているかということである。 何気なく世界に手を伸ばせること自体が、多くの情報を絶えず対応づける脳の活動に支えられているのである。

著者あとがき

頭頂連合野と尾状核は、どちらも感覚情報を利用して、状況に合った行動を選ぶことに関わります。そのため、注意、意思決定、学習といった機能には重なりがあります。 頭頂連合野は「身体・対象・目標の関係を、実際の行動に使える形に組み立てる」ことに、 尾状核は「現時点で、どの行動や方略を選ぶべきかを、経験と結果に基づいて調整する」ことに 重心があります。 頭頂連合野は大脳皮質の一部で、視覚、触覚、筋や関節からの固有感覚などを統合します。 これによって、自分の身体がどのような姿勢にあり、対象がどこにあり、どのように働きかけられるかを表現します。たとえばコップを取るときには、コップと手の位置関係を計算し、手を伸ばす方向や、指を開く幅を運動関連領域と協働して構成します。また、複数の対象のうち、どれに注意を向けるかにも関与します。 一方、尾状核は大脳基底核を構成する線条体の一部です。 前頭前野などから入力を受け、基底核・視床を介する回路の中で、行動や認知方略の採用、維持、切り替えに関わります。ドーパミンによる学習の調節も受けながら、「この状況では、どの選択が望ましい結果につながるか」という関係を行動に反映させます。 二つのコップから一つを選ぶ場面なら、 頭頂連合野は、それぞれの位置や大きさ、自分の手との関係を整理します。 尾状核は、「前回はこちらを選ぶとよい結果になった」「今回はルールが変わったので別の選択が必要だ」といった経験や課題条件を、前頭葉などとともに選択へ反映させます。 この違いは、障害時の症状にも表れます。頭頂連合野の障害では、対象が見えていても正確に手を伸ばせない、片側の空間に注意が向かない、道具に適した動作を構成できない、といった問題が生じます。 尾状核を含む回路の障害では、行動を始めにくい、同じ反応を繰り返す、無効になった方略から切り替えにくい、といった問題が生じ得ます。 ただし、この区別は専門性の重心を示すもので、完全な分業ではありません。頭頂連合野も経験や報酬に影響され、判断そのものに参加します。尾状核も感覚情報を処理し、選択が形成される途中から関与します。 頭頂連合野が候補を作り、尾状核が最後に採否を決めるという直列的な関係ではなく、両者は前頭葉などを含む循環的なネットワークの中で協働しています。

参考文献

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