知っておきたい脳の機能:⑦側頭頭頂接合部 〜世界と自己の境界に立つ脳

知っておきたい脳の機能:⑦側頭頭頂接合部 〜世界と自己の境界に立つ脳

世界・他者・自己の境界を編み直す 〜側頭頭頂接合部という脳の交差点

雑踏のなかで自分の名前を呼ばれると、私たちは反射的に振り向く。会話の相手が「大丈夫です」と答えても、その声や表情から、本当は大丈夫ではないのかもしれないと推測する。また、自分の手を動かしたときには、それが誰かに動かされたのではなく、「自分が動かした」と自然に感じる。注意を切り替えること、他人の心を推測すること、自分の身体や行為を自分のものとして感じること。一見すると別々に思えるこれらの働きに、共通して関与しているのが、側頭頭頂接合部、英語でtemporoparietal junction、略してTPJと呼ばれる脳領域である。

TPJは、単なる「心の理論の中枢」でも「注意の中枢」でもない。外界、他者、身体、記憶から届く情報を、いま脳内に構築されている世界像と照合し、必要に応じて更新する場所である。いわば、自分と世界との関係を絶えず編集し直している脳の交差点なのである。

一つの脳領域ではないTPJ

側頭頭頂接合部は、その名の通り、側頭葉と頭頂葉が接する場所にある。詳しくいえば、外側溝の後端を囲むように、後部上側頭回、上側頭溝、縁上回、角回などが集まる領域である。ブロードマンの脳地図では、おおむね22野、39野、40野の一部に重なる。

しかし、TPJという名の脳回や、明確な境界をもつ単一の皮質領域が存在するわけではない。研究によってTPJと呼ばれる範囲が少しずつ異なり、個人差も大きい。構造結合と機能結合を調べた研究では、右TPJだけでも、異なる脳ネットワークに属する複数の亜領域に分けられることが示されている。

大まかにいえば、右前部・背側TPJは注意の切り替え、右後部TPJは他者の信念や意図の推測、両側の上側頭溝からTPJにかけての領域は視線や行為の理解、左TPJは言語や意味処理、角回周辺は記憶の想起に深く関与する。

したがって、「TPJは何をしているのか」という問いには、一つの答えだけを返すことはできない。TPJは、一つの万能装置というより、複数の専門部署が隣接し、互いに情報を交換する複合施設に近い。

予想外の出来事へ注意を振り向ける

私たちは通常、目的に応じて注意を向けている。教科書を読んでいるときには文字に集中し、道路を横断するときには信号や車の動きに注意を向ける。このように、目標に従って注意を維持する働きには、前頭眼野と頭頂間溝を中心とする背側注意ネットワークが関与する。

ところが、読書中に大きな物音がしたり、診察中に患者の表情が急に硬くなったりすれば、私たちはそれまでの活動を中断して、その変化へ注意を向ける。この注意の切り替えには、右TPJと右下前頭回・前部島皮質などからなる腹側注意ネットワークが重要である。右TPJは、しばしば「注意のサーキットブレーカー」と表現される。現在の注意をいったん解除し、見落としてはならない出来事へ認知資源を振り向けるからである。

ただし、TPJは単純な「珍しいもの検出器」ではない。たとえ珍しい刺激でも、現在の目的に無関係ならば反応は比較的弱い。反対に、わずかな変化でも、行動上重要であれば強く反応する。つまりTPJが検出しているのは、物理的に目立つ刺激だけでなく、「いまの文脈に照らして重要な変化」である。

このことから現在では、TPJは注意を移動させるだけでなく、出来事の意味や状況の前提が変わったことを検出し、脳内の文脈を更新する働きをもつと考えられている。

他人が見ている「別の世界」を表象する 〜『メンタライジング』

私たちは、他人も自分と同じ現実を見ているとは限らないことを知っている。自分は箱の中身を知っていても、箱を見ていない相手は知らない。自分には冗談だと分かっていても、相手は本気にしているかもしれない。このように、他者の知識、信念、意図、欲求などを推測する能力は、心の理論あるいはメンタライジングと呼ばれる。その中核領域の一つが、右後部TPJである。

心の理論を調べる代表的な方法が誤信念課題である。ある人物が物を箱Aに入れて退室した後、別の人物がそれを箱Bへ移す。観察者は物が箱Bにあることを知っているが、最初の人物は箱Aにあると信じている。ここで「その人物はどこを探すか」と問われたとき、自分が知っている事実をいったん判断の前面から退け、「その人物は物が箱Aにあると思っている」という相手側の見方を頭の中に保ち(表象)、その見方に基づいて行動を予測しなければならない。

TPJは、現実そのものを表象するだけでなく、「ある人にとって現実がどのように見えているか」を表象する。私たちはそれによって、相手の行動を予測し、誤解や嘘、冗談、皮肉を理解できる。

ただし、注意転換に関与する右TPJと、心の理論に関与する右TPJは、完全に同じ場所ではない。高解像度fMRI研究では、他者の信念に反応する領域は、注意転換に反応する領域よりも後方に位置し、活動の中心が約6~10ミリメートルずれることが示されている。両者は近接し、協力しているが、同一の神経集団ではない可能性が高い。

視線や行為から心を読み取る

他者の理解は、言葉による推論だけから始まるわけではない。私たちは、顔の向き、視線、歩き方、手の動きなどから、その人が何に注意し、何をしようとしているかを直感的に読み取っている。

後部上側頭溝からTPJにかけての領域は、このような生物学的運動や目標指向的行為に敏感である。単なる物体の移動ではなく、「誰かが何かを見ている」「何かを取ろうとして手を伸ばしている」という、行為者の目的や意図に結びついた動きとして知覚する。

後部上側頭溝が視線や動作から行為の方向・目的を読み取り、TPJがその情報を、より抽象的な信念や意図の理解へ結びつける、と考えることができる。ただし実際には、内側前頭前野、側頭極、後部帯状皮質、楔前部などを含む広い社会認知ネットワークが共同している。TPJだけで他人の心が分かるわけではない。TPJは、社会的情報を統合するネットワークの重要な結節点なのである。

認知的共感と感情的共感

TPJはしばしば「共感の脳領域」と紹介されるが、共感には少なくとも二つの側面がある。

一つは、相手がどのような立場にあり、何を感じ、何を考えているかを理解する認知的共感である。もう一つは、他人の苦痛や喜びに触れ、自分も情動的に反応する感情的共感である。

TPJが特に関与するのは前者、すなわち視点取得や心的状態の推測である。これに対して、他人の苦痛を自分のことのように感じる過程には、前部島皮質、前帯状皮質、扁桃体などが強く関与する。

この区別は臨床的にも重要である。他人の気持ちを論理的には理解できても感情が動かない場合と、他人の感情に圧倒されるが相手の立場を正確には理解できない場合とでは、障害されている認知過程が異なるからである。

自分と他者が混ざらないために

他者の視点を理解するためには、自分の視点と他者の視点を同時に保持し、両者を混同しないことが必要である。TPJは、この自己―他者区別にも関与する。

例えば、向かい側に座っている人の視点から机の上を見るためには、自分から見た左右をいったん抑えなければならない。また、他人の動作を見ると私たちには無意識にそれをまねようとする傾向が生じるが、必要がなければ模倣反応を抑制する。こうした視点の切り替えや模倣の制御にも、右TPJが関係している。

この働きは、心の理論の基礎でもある。「自分はこう考える」と「相手はこう考えている」を分離できなければ、相手の誤解や意図を正確に理解することはできない。TPJは、他者の心を作り出すだけでなく、自分と他者の表象が混線しないよう境界を管理しているのである。

意図を道徳判断に組み込む

人の行為を評価するとき、私たちは結果だけでなく意図も考慮する。害を与えようとしたが失敗した人と、善意で行動したが偶然害を生じさせた人とでは、結果が同じでなくても道徳的評価は異なる。

右TPJは、行為者の信念と意図を道徳判断へ組み込む過程に関与する。右TPJの活動を経頭蓋磁気刺激で一時的に攪乱すると、行為者が何を信じていたかを考慮する程度が低下し、実際に起きた結果を相対的に重視するようになったという実験結果がある。

しかし、TPJが善悪そのものを判断しているわけではない。感情的価値や社会規範、報酬と罰、意思決定には、腹内側前頭前野、前帯状皮質、扁桃体、線条体なども関与する。TPJの役割は、「その人は何を知り、何をしようとしていたのか」という情報を判断過程へ提供することにある。したがって、TPJを「道徳中枢」と呼ぶより、「他者の意図を道徳判断に反映させる領域」と理解する方が正確である。

身体の中に自分がいるという感覚

私たちは通常、自分が身体の内側にいて、目の位置から世界を見ていることを疑わない。しかし、この感覚は最初から与えられているのではなく、脳が視覚、触覚、固有感覚、前庭感覚を統合して作り上げている。

TPJは特に、 ・自分の身体が空間のどこにあるか ・どの位置から世界を見ているか ・身体の動きが視覚情報と一致しているか を計算することによって、自己位置と一人称視点を成立させている。

実験的に、見えている身体への刺激と実際の触覚刺激のタイミングをずらすと、自分の身体の位置が移動したように感じることがある。この錯覚の強さはTPJの活動と関連する。

また、てんかん患者の右TPJ付近を電気刺激した際に、身体が浮く感覚や、自分を身体の外側から見ているような体外離脱体験が誘発された例が報告されている。これは、自己が単なる抽象的概念ではなく、多感覚情報から構成されていることを示している。

体外離脱体験は、魂が実際に身体を離れた証拠というより、視覚、前庭感覚、体性感覚を一つの身体座標へまとめる過程が一時的に不安定になった現象と考えられる。

「自分がした」という行為主体感

自分で手を動かすとき、脳は運動指令を出すと同時に、「この指令によって、まもなくこのような感覚が生じるはずだ」と予測する。予測と実際の感覚結果が一致すれば、「これは自分が行った」という行為主体感が成立する。

反対に、予測と結果が食い違えば、動きが外部から生じたように感じられることがある。TPJは、この予測と結果のずれを検出するネットワークに含まれている。

もっとも、行為主体感はTPJだけで作られるものではない。補足運動野、運動前野、島皮質、小脳などが、運動指令、身体感覚、結果予測を分担している。TPJは、それらを統合し、「この出来事の原因は自分か、それとも外部か」という帰属を調整していると考えられる。

この働きは、統合失調症にみられる作為体験や思考吹入などを理解するうえでも興味深い。ただし、これらの症状をTPJだけの異常で説明することはできず、前頭―頭頂―側頭―小脳ネットワーク全体の障害として考える必要がある。

左TPJと言語

右TPJが注意や社会認知、身体的自己に深く関係するのに対して、左TPJは言語処理により強く関与する。

左縁上回と後部上側頭回周辺は、聞こえた音声を音韻単位へ分解し、それを発話運動へ対応させる。また、単語の音を短時間保持し、復唱、新しい語の学習、言語性ワーキングメモリを支える。

一方、左角回や後部中側頭回周辺は、単語の意味へのアクセス、文脈に応じた意味の選択、複数の語から文章全体の意味を作る過程に関与する。読字・書字、計算、比喩の理解などにも関係する。

ただし、左TPJを古典的な「ウェルニッケ野」と同一視することはできない。現在、言語理解は後部側頭葉だけではなく、下前頭回、前側頭葉、角回、運動関連領域などにまたがる分散ネットワークによって実現されると考えられている。

左TPJは言葉を貯蔵する辞書というより、音、文字、意味、文脈を結びつける接続点なのである。

記憶を意識へ浮かび上がらせる

TPJのうち、特に角回周辺はエピソード記憶の想起にも関与する。ただし、ここに記憶そのものが保存されているわけではない。

海馬が出来事の人物、場所、時間、感情などを再構成するのに対して、角回は、それらを一つのまとまりある経験として統合し、「確かに思い出した」という主観的感覚を支えると考えられている。

角回を損傷しても、海馬損傷のような重度の健忘は通常生じない。しかし、「事実としては覚えているが、出来事を鮮明に追体験できない」「自発的に思い出を語ると詳細が少ない」「複数の感覚情報を一つの出来事として束ねにくい」といった変化が起こり得る。

左角回への磁気刺激によって、過去の出来事の想起だけでなく、未来の場面を想像するときの具体的な詳細も減少することが報告されている。過去を思い出すことと未来を想像することが、共通する神経機構を利用していることを示す結果である。

角回は、いわば海馬から取り出された記憶を、意識の舞台へ運び、まとまりある物語として提示する編集卓である。

TPJが損傷すると何が起こるのか

右TPJを含む右半球ネットワークが損傷すると、左半側空間無視が生じることがある。患者は左側が見えなくなったわけではないのに、食事の左半分を残したり、時計の数字を右側にだけ書いたりする。左側への注意を十分に配分できず、重要な情報として意識に取り込めないのである。

このほか、左側刺激の消去現象、身体部位の認識障害、病態失認、注意の切替困難などが起こり得る。ただし半側空間無視はTPJだけの局所症候ではない。前頭葉、島皮質、視床、基底核、頭頂葉を結ぶ白質路などを含む注意ネットワークの損傷や離断として理解する必要がある。

左TPJ周辺の病変では、音韻性錯語、復唱障害、失読、失書、計算障害、観念運動失行などがみられる。ただし症状は、病変が縁上回、角回、後部側頭葉、白質経路のどこまで及んでいるかによって異なる。

精神疾患では、ASDにおける暗黙的メンタライジングや視線・行為理解、統合失調症における主体感と他者意図の帰属、解離性障害やPTSDにおける身体的自己の不安定性などと、TPJ活動・機能結合との関連が研究されている。

しかし、TPJの変化はどの疾患にも特異的ではなく、診断用バイオマーカーとして使える段階にはない。社会認知や自己感覚は広いネットワークによって成立しており、一つの脳領域だけで精神疾患を説明することはできない。

TPJに共通する働きとは何か

注意、他者理解、身体感覚、行為主体感、言語、記憶。なぜTPJはこれほど多くの機能に関与するのだろうか。

一つの考え方は、これらに共通する計算原理があるというものである。すなわちTPJは、現在の内的モデルを保持し、新しく入ってきた情報と照合し、両者のずれを検出して、必要な表象を更新する

予想外の音がすれば、注意の対象を更新する。 相手が自分とは違う情報を持っていれば、相手の信念を更新する。 視覚と前庭感覚が食い違えば、身体の位置を再計算する。 予測した運動結果と実際の結果がずれれば、行為の原因を再評価する。 記憶が浮かび上がれば、それを現在の意識へ取り込む。

しかし、すべてを一つの機能だけで説明できると断定することもできない。現在の証拠が示しているのは、注意、社会認知、記憶などに比較的特化した領域がTPJ内に並び、その一部には課題を超えて働く領域も存在するという姿である。

したがって最も妥当なのは、「複数の専門領域」と「領域横断的な更新機構」が共存しているという理解だろう。

世界と自己の境界に立つ脳

TPJは、外界を受動的に映す領域ではない。何が重要なのか、相手は何を考えているのか、自分はどこにいるのか、この行為は誰が起こしたのか、浮かんだ記憶を現在の自分にどう結びつけるのかを絶えず計算している。言い換えれば、TPJは「世界」「他者」「自己」の境界に立つ脳領域である。

私たちは、目の前にある物理的世界だけに生きているのではない。他人が信じている世界、過去に経験した世界、これから起こり得る世界、そして身体を中心として構成された自分固有の世界にも同時に生きている。側頭頭頂接合部は、これら複数の世界を混同させることなく、しかも互いに関係づける。その働きによって、人間は周囲の変化に気づき、他人の立場を想像し、自分を行為の主体として感じ、記憶を物語へ変えることができる。

TPJとは、単に多くの機能が偶然集まった場所ではない。変化する世界のなかで、「自分と他者はいまどのような関係にあるのか」を絶えず編み直す、人間の認知と社会性を支える重要な交差点なのである。

参考文献

TPJ全体の構造と機能

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注意と文脈更新

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  • 5. Geng JJ, Vossel S. Re-evaluating the role of TPJ in attentional control: contextual updating?. Neurosci Biobehav Rev. 2013;37(10 Pt 2):2608–2620. TPJを単純な外因性注意の装置ではなく、現在の行動文脈や内的モデルを更新する領域として捉え直した総説です。

心の理論・自己―他者区別・道徳判断

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  • 8. Krall SC, Volz LJ, Oberwelland E, Grefkes C, Fink GR, Konrad K. The right temporoparietal junction in attention and social interaction: a transcranial magnetic stimulation study. Hum Brain Mapp. 2016;37(2):796–807. TMSを用いて、右TPJが注意転換と社会認知の双方に因果的に関与することを検討した研究です。
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身体的自己と行為主体感

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  • 11. Blanke O, Mohr C, Michel CM, et al. Linking out-of-body experience and self processing to mental own-body imagery at the temporoparietal junction. J Neurosci. 2005;25(3):550–557. 体外離脱体験、身体イメージ、一人称視点をTPJにおける自己身体処理と結びつけた研究です。
  • 12. Ionta S, Heydrich L, Lenggenhager B, et al. Multisensory mechanisms in temporo-parietal cortex support self-location and first-person perspective. Neuron. 2011;70(2):363–374. 視覚・触覚・前庭感覚の統合によって自己位置と一人称視点が成立することを、身体錯覚とfMRIから示しています。
  • 13. Zito GA, Anderegg LB, Apazoglou K, et al. Transcranial magnetic stimulation over the right temporoparietal junction influences the sense of agency in healthy humans. J Psychiatry Neurosci. 2020;45(4):271–278. 右TPJの抑制的刺激が「自分が行った」という行為主体感を低下させることを示した、主体感の因果研究です。

言語・記憶・臨床症候

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  • 15. Verdon V, Schwartz S, Lovblad KO, Hauert CA, Vuilleumier P. Neuroanatomy of hemispatial neglect and its functional components: a study using voxel-based lesion-symptom mapping. Brain. 2010;133(3):880–894. 半側空間無視を単一部位の障害ではなく、異なる構成要素をもつ分散ネットワーク障害として示した病変研究です。

補足文献

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  • 17. Li A, Chen C, Feng Y, et al. Functional divisions of the left anterior and posterior temporoparietal junction for phonological and semantic processing in Chinese character reading. NeuroImage. 2025;311:121201. 左前部TPJは音韻情報、左後部TPJは意味情報を相対的に強く表象することを示した新しい研究です。ただし中国語話者の漢字課題である点に注意が必要です。
  • 18. Bzdok D, Langner R, Schilbach L, et al. Characterization of the temporo-parietal junction by combining data-driven parcellation, complementary connectivity analyses, and functional decoding. NeuroImage. 2013;81:381–392. データ駆動型分割、結合解析、機能デコーディングを組み合わせ、TPJの前後方向の機能的異質性を包括的に示しています。
  • 19. Bryant KL, Camilleri J, Warrington S, et al. Connectivity profile and function of uniquely human cortical areas. J Neurosci. 2025;45(15):e2017242025. ヒト・チンパンジー・マカクの白質結合を比較し、ヒトに特徴的な結合が側頭・頭頂領域にも集中することを示した比較神経解剖学的研究です。

著者雑感 〜「私はここにいる」は、どのように生まれるのか

TPJの働きを調べていると、脳科学的な説明のさらに手前に、奇妙で根源的な問いがあることに気づく。私たちは朝、目を覚ますたびに、自分の身体がどこにあるかを測定したり、どの位置から世界を見ているのかを確認したりはしない。それでも、ごく自然に「私はこの身体として、ここにいる」と感じている。このあまりにも自明な感覚は、どのように成り立っているのだろうか。

この問いを考えるうえで、メルロ=ポンティの『知覚の現象学』は示唆に富む。彼にとって身体は、精神が所有し操作する物体ではない。身体は、私たちが世界を知り、世界に働きかけるための「生きられた身体」であり、それ自体が主体なのである。

たとえば机の上のコップを取るとき、私たちは手の位置、コップまでの距離、肩や肘の角度を一つずつ計算してはいない。それでも手は、ほとんど迷うことなくコップへ伸びていく。身体は、自らを座標として把握する以前に、「そこへ手が届く」「それを持ち上げられる」という行為の可能性として、周囲の空間を理解している。メルロ=ポンティがいう「身体図式」とは、脳内に描かれた固定的な身体の絵ではなく、身体各部と世界との関係を一つの行為へまとめる、動的で実践的なまとまりである。

また、身体は空間の中に置かれた一つの物体であるだけでなく、そこから空間が開かれる原点でもある。「右と左」「前と後ろ」「近いと遠い」は、身体から切り離された抽象的な方向ではない。私の身体を中心として、世界は初めて方向と奥行きをもって現れる。「ここ」とは、地図上の一点ではなく、あらゆる「あそこ」がそこから見いだされる出発点なのである。

身体運動と視覚情報の一致についても、同じことがいえる。私が頭を回せば景色は一定の仕方で移動し、手を伸ばせば対象の見え方が変わり、やがて指先に触覚が生じる。知覚とは、感覚情報を受動的に受け取ることではなく、身体が動き、それに応じて世界の見え方が変わるという循環である。

通常、この調和は意識されない。ところが視覚、前庭感覚、体性感覚の対応が崩れると、「この身体が私である」「私はここから世界を見ている」という感覚そのものが揺らぎうる。体外離脱体験や自己身体錯覚は、自己が身体とは別に完成しているのではなく、身体と世界との安定した関係の中で絶えず成立していることを逆照射している。

もちろん、メルロ=ポンティがTPJを論じたわけではなく、TPJだけで身体的自己が作られるわけでもない。神経科学は、その経験を可能にする脳内機構を明らかにし、現象学は、そこで成立している経験の構造を記述する。両者は競合する説明ではなく、異なる側から同じ出来事に近づく試みである。

この関係は、脳科学と精神病理学のそれに似ている。臨床において患者が「身体が自分のものではない」「自分がここにいない」「世界との間に膜がある」と語るとき、それを単なる奇妙な考えとして扱うだけでは十分ではない。その言葉は、思考以前の水準で成り立っていた身体と世界との結びつきが、揺らいでいることを表しているのかもしれない。

TPJ研究が私たちに教えるのは、自己が脳内のどこかに置かれた不変の中心ではないということである。「私はここにいる」という感覚は、身体と世界が互いに応答し続けるなかで、そのつど静かに作り直されている。

メルロ=ポンティの思想は、この神経科学的事実が人間の経験にとって何を意味するのかを、今なお考えさせてくれる。