知っておきたい脳の機能:④島皮質 〜内臓感覚中枢の現在地
知っておきたい脳の機能:④島皮質 〜内臓感覚中枢の現在地
身体と心をつなぐ「島」 〜島皮質の役割をめぐる最新知見
脳の奥に隠れた「島」
人間の脳を外側から眺めても、島皮質は見えない。前頭葉、頭頂葉、側頭葉の境界にある外側溝を開くと、その奥に島のような形をした大脳皮質が現れる。これが島皮質である。
島皮質はかつて、味覚や内臓感覚を処理する比較的限られた領域と考えられていた。ところが脳機能画像、脳損傷例、頭蓋内脳波、電気刺激、動物の神経回路操作などの研究が進むにつれ、痛み、温度、空腹、感情、不安、注意、意思決定、依存、共感、さらには免疫反応にまで関係することが分かってきた。
あまりに多くの機能に関与するため、島皮質は何でも行う万能領域のようにも見える。しかし、その役割には一定の共通原理がある。現在の理解を一言でまとめれば、島皮質とは、身体内部の状態と外界の出来事を結びつけ、「いま自分にとって何が重要か」を評価し、感情、自律神経反応、意思決定、行動へ変換する脳のインターフェースなのである。
島皮質は一枚岩ではない
島皮質は、後部から前部へ向かって細胞構築が変化している。後部には、感覚情報を比較的細かく処理する顆粒皮質が多い。一方、前部へ進むほど顆粒層が乏しくなり、感情や動機づけに関係する辺縁系との結びつきが強くなる。
従来、島皮質は大きく三つに分けて説明されてきた。後部島皮質は痛み、温度、触覚、内臓感覚などの身体感覚に、腹側前部島皮質は感情や社会的情報に、背側前部島皮質は注意や認知制御に関与するという区分である。
しかし最新の研究では、実際の構造はもっと細かいことが分かっている。細胞構築からは16前後の領域に分けることができ、神経線維の結合様式からも複数の集団に区分される。後部は感覚野、頭頂葉、側頭葉などとの結合が強く、前部は前頭前野、前帯状皮質、眼窩前頭皮質、扁桃体などとの結合が強い。
したがって島皮質には明確な機能分担がある一方、各領域の境界は完全に固定されているわけではない。身体感覚から感情、さらに認知と行動へ向かう連続的な勾配として理解する方が適切である。
身体内部を感じる 〜『内受容感覚』
島皮質の基本的な役割は、身体内部から届く信号を処理することである。この働きを「内受容感覚」という。
私たちは視覚によって外界を見て、聴覚によって音を聞く。それと同じように、脳は心拍、呼吸、血圧、胃腸の動き、体温、空腹、口渇、吐き気、痛み、疲労などを絶えず受け取っている。ただし、これらの多くは普段は意識されない。心拍が急に速くなったとき、胃が痛んだとき、息苦しくなったときなど、身体状態が一定の範囲を外れたときに、初めて強く意識される。
後部島皮質は、このような身体信号を比較的具体的な形で表現する。どこが痛いのか、どの程度熱いのか、胃がどれほど膨らんでいるのかといった情報である。そこから中部・前部島皮質へ進むにつれて、身体信号は記憶、注意、周囲の状況、感情的価値などと統合される。
たとえば、同じ心拍数の上昇でも、運動中なら「体がよく動いている」と感じるが、静かな電車内で突然起これば「何か危険なことが起きているのではないか」と感じるかもしれない。島皮質が扱っているのは心拍数そのものだけではなく、その身体変化が現在の状況で何を意味するかなのである。
身体を測るだけでなく、未来を予測する
近年、内受容感覚は受動的な身体測定ではなく、予測的な過程であると考えられている。
脳は、身体から信号が届いてから対応するだけでは遅い。運動を始める前には心拍や呼吸を高め、食事の時間が近づけば消化器系を準備し、危険が予想されれば筋肉へ血流を振り分ける必要がある。そこで脳は、これから身体が必要とするエネルギーや生理状態を予測し、あらかじめ自律神経、内分泌、行動を調節している。
このように、将来の必要を見越して身体状態を調整する仕組みを「アロスタシス」という。一定の状態を守ろうとする恒常性、すなわちホメオスタシスに対して、アロスタシスは変化を先取りしながら安定を保つ仕組みである。
島皮質は、このアロスタシスに関与する重要な領域である。ただし、島皮質だけで身体を制御しているわけではない。2025年の高精度7テスラfMRI研究では、島皮質、前帯状皮質、扁桃体、視床下部、線条体、中脳水道周囲灰白質、傍腕傍核、孤束核などを含む広範なネットワークが確認された。身体状態の認識と調節は、大脳皮質から脳幹までを結ぶ全脳的なシステムによって行われているのである。
「いま重要なもの」を選び出す
背側前部島皮質は、前帯状皮質とともに「サリエンス(顕著性)ネットワーク」の中心を形成する。サリエンス(顕著性)とは、目立っているというだけではなく、「自分の生存や目的にとって重要である」という意味である。
突然の大きな音、予想外の失敗、痛み、報酬の予告、他者の怒った表情、急な心拍上昇などが起きると、前部島皮質はその変化を検出する。そして、現在行っている思考や行動を続けるべきか、それとも注意を切り替えるべきかを判断する。
私たちの脳には、内省や自伝的記憶に関係するデフォルト・モード・ネットワーク、課題遂行に関係する中央実行ネットワークなど、複数の大規模ネットワークがある。前部島皮質は、状況に応じてこれらのネットワーク間の情報の流れを組み替えると考えられている。
以前は、前部島皮質がデフォルト・モード・ネットワークから実行ネットワークへ切り替える「スイッチ」と説明されることが多かった。しかし現在は、単純なオンとオフの装置ではなく、複数のネットワークを柔軟に接続する情報のルーターに近いと理解されている。
2026年の大規模fMRI解析では、背側前部島皮質に、痛み、報酬、嫌悪、認知制御のいずれにも反応する「収束領域」が見いだされた。その周囲には、それぞれの機能に比較的選択的な領域が配置されていた。島皮質は、専門化された処理と、それらを一つの経験へまとめる処理の両方を担っているらしい。
詳しくは、コラム精神医学研究の新しい標的⑨:脳内ネットワークを、参照下さい。
身体感覚はどのように感情になるのか
感情は、外界の出来事に対する純粋に心理的な反応ではない。恐怖を感じれば心拍が速くなり、悲しければ体が重くなり、怒りでは胸や腹部に緊張を感じる。感情には必ずといってよいほど身体変化が伴う。
島皮質は、その身体変化を脳が理解可能な形にまとめる。後部島皮質に表現された心拍、呼吸、痛み、温度などの情報が、前部へ進むにつれて記憶、予測、快・不快、社会的文脈と結びつき、「不安である」「嫌な予感がする」「安心した」といった主観的感情へ組み立てられると考えられている。
ただし、島皮質を「感情の中枢」と呼ぶのも正確ではない。感情は扁桃体、前頭前野、前帯状皮質、海馬、視床下部、脳幹などを含むネットワークによって生じる。島皮質はその中で、身体状態を感情経験へ取り込む役割を担っている。
また、島皮質は嫌悪刺激で強く活動するため、かつては「嫌悪の中枢」と呼ばれた。しかし、恐怖、喜び、悲しみ、共感、期待、後悔、不公平感などでも活動する。島皮質は特定の感情を担当するのではなく、出来事が自分の身体と行動にどのような意味を持つかを評価していると考える方がよい。
島皮質は「痛みの中枢」なのか
痛みの研究でも、島皮質は重要である。後部島皮質は、痛みの強さ、温度、身体部位など、比較的感覚的な側面に関係する。前部島皮質は、その痛みがどれほど不快で、脅威的で、注意を向ける必要があるかという情動的・認知的側面に関係する。
頭蓋内電気刺激研究では、後部島皮質の特定部位を刺激すると、痛み、熱さ、冷たさ、触覚などが生じることがある。一方、前部島皮質では、不安や警戒感が生じる場合があるものの、刺激しても明確な主観体験を生じない領域も存在する。そのような領域でも注意課題中には強い神経活動が記録される。
この結果は、前部島皮質が痛みや感情そのものを発生させるというより、それらを評価し、注意や行動を調節している可能性を示している。島皮質が活動したからといって、必ずしも本人が痛みを感じているとは限らない。痛み、嫌悪、驚き、努力、不確実性などに共通する「重要性」を処理している可能性があるからである。
意思決定、依存、社会性
意思決定も、論理だけによって行われるわけではない。危険な選択肢を前にすると胸がざわつき、魅力的な報酬を予想すると体が前のめりになる。島皮質は、このような身体的予感を意思決定へ取り込む。
特に、損失の予測、リスク、不確実性、予想と結果のずれに対して前部島皮質が活動する。島皮質は、「この選択は自分にどのような身体状態をもたらすか」を予測し、接近するか回避するかの判断に影響を与えている。
依存症では、この機能が薬物への渇望と結びつく。薬物に関連する場所や道具を見ただけで、身体が薬物を必要としているような感覚が生じる。島皮質は薬物を認識するだけでなく、「欲しい」「摂取しなければ落ち着かない」という身体的欲求の形成に関与すると考えられている。
さらに、他者の痛みを見るとき、不公平な扱いを受けたとき、社会的規範が破られたときにも島皮質が活動する。ただし、島皮質が共感専用の領域というわけではない。他者の状態を自分の身体的・感情的な枠組みに翻訳し、それが自分にとってどれほど重要かを評価しているのである。
精神疾患との関係
島皮質の機能変化は、不安症、うつ病、統合失調症、摂食症、依存症、身体症状症、機能性神経症状症など、さまざまな精神疾患で報告されている。
パニック症や不安症では、心拍上昇や息苦しさなどの身体信号が過度に重視され、「この動悸は危険な病気の徴候だ」と解釈されることがある。予測と身体信号のわずかなずれに過剰な重要性が与えられ、それが不安を強め、さらに心拍や呼吸を変化させるという循環が形成される可能性がある。
うつ病では、疲労、食欲変化、睡眠障害、身体の重さ、意欲低下、快感の低下などがみられる。これらは感情だけでなく、身体エネルギーや内受容感覚、報酬予測の障害としても理解できる。
2024年には、うつ病患者の一部で前頭―線条体サリエンス(顕著性)ネットワークの配置が拡大し、子どもの時点から発症リスクと関係する可能性が報告された。ただし、これは島皮質が大きくなるという意味ではなく、機能ネットワークの境界が異なるという所見である。
統合失調症では、通常なら重要でない偶然の出来事や内的思考に、過剰な意味が与えられる「異常なサリエンス(顕著性)」が問題になる。島皮質を含むサリエンスネットワークの変化が、妄想形成や自己と外界の区別の障害に関与する可能性がある。
ただし、島皮質の活動異常は疾患特異的ではない。同じ疾患でも課題や症状によって活動亢進と低下の両方が報告される。したがって、fMRIで島皮質の異常が見つかったからといって、それだけで診断したり病因を決定したりすることはできない。
免疫状態も島皮質が記憶するのか
最近とくに注目されているのが、「免疫受容感覚」という考えである。これは、脳が心拍や胃腸運動だけでなく、炎症や免疫活動の状態も認識し、調節しているという仮説である。
マウスを用いた研究では、腸炎や腹膜炎が起きているときに活動した島皮質の神経細胞集団を記録し、炎症が治った後に同じ細胞を人工的に再活性化すると、元の臓器に類似した炎症反応の一部が再現された。さらに2025年には、条件づけられた免疫反応の想起に、前部島皮質と後部島皮質を結ぶ回路が関与することが示された。
これは、心理状態だけで免疫疾患が発生すると証明した研究ではない。また、主としてマウスで得られた結果であり、そのまま人間に当てはめることはできない。しかし、脳が免疫系を受動的に観察するだけでなく、過去の炎症状態を神経活動として保持し、将来の免疫反応に影響を与える可能性を示している。
細胞レベルで見えてきた多様性
2026年には、島皮質を構成する神経細胞の多様性も明らかになってきた。マウス島皮質の1,130個の錐体細胞を解析した研究では、形態、電気的性質、入力様式の異なる多数の細胞型が同定された。前部と後部では細胞型の分布が異なり、島皮質の機能差が神経回路の構造そのものに支えられていることが示唆された。
前部島皮質には、von Economoニューロンと呼ばれる、細長い大型の神経細胞も存在する。人間や大型類人猿などで発達し、前帯状皮質にもみられる。2026年のマカク研究では、この細胞が少なくとも二つの型に分かれ、遠く離れた脳領域へ情報を素早く伝えるのに適した性質を持つ可能性が示された。
von Economoニューロンは、自己意識、共感、直観などと関連づけられることがあるが、その機能はまだ確定していない。人間に特徴的な精神機能を一種類の神経細胞だけで説明することには慎重でなければならない。
身体と心の「翻訳者」
島皮質は、身体感覚、感情、注意、意思決定、自律神経反応を別々に担当する寄せ集めの領域ではない。それらを結ぶ共通機能を持っている。
身体の内部では何が起きているのか。これから身体には何が必要になるのか。外界の出来事は自分にとってどれほど重要なのか。現在の行動を続けるべきか、それとも切り替えるべきか。島皮質はこのような問いを絶えず処理している。
したがって島皮質は、「身体内部を感じる場所」であるだけでなく、身体信号を主観的感情へ、感情を意思決定へ、意思決定を行動と身体調節へつなぐインターフェースである。
私たちは心と身体を別々のものとして考えがちである。しかし島皮質の研究は、感情や自己意識が身体から切り離された純粋な精神現象ではないことを示している。
「私は今、どのように感じているか」という問いへの答えは、脳が身体の状態をどのように読み取り、予測し、意味づけているかによって形づくられる。島皮質は、身体と心の境界にあるのではない。身体と心が一つの経験として成立する、その接点に位置しているのである。
参考文献
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7. Kwon M, Bo K, Botvinik-Nezer R, et al.; Affective Neuroimaging Consortium. Convergent and selective representations of pain, appetitive processes, aversive processes, and cognitive control in the insula. Nature Communications. 2026;17:5186. doi:10.1038/s41467-026-71568-9. 540人・36実験対比のfMRIデータを統合し、別の608人で検証した大規模研究。両側背側前部島皮質に、痛み、報酬、嫌悪、認知制御へ共通して反応する収束領域を同定した。その周囲には各機能に選択的な領域があり、島皮質が専門化と情報統合を両立する階層構造を示した。
8. Lynch CJ, Elbau IG, Ng T, et al. Frontostriatal salience network expansion in individuals in depression. Nature. 2024;633(8030):624–633. doi:10.1038/s41586-024-07805-2. 個人ごとの高精度機能マッピングにより、うつ病では前頭―線条体顕著性ネットワークが皮質上で大きく拡張していることを報告した。この配置は気分状態によらず安定し、一部では発症前の小児にも認められた。ただし島皮質の体積増加ではなく、現時点では診断に使えるバイオマーカーでもない。
9. Koren T, Yifa R, Amer M, et al. Insular cortex neurons encode and retrieve specific immune responses. Cell. 2021;184(24):5902–5915.e17. doi:10.1016/j.cell.2021.10.013. マウスの腸炎・腹膜炎時に活動した島皮質神経細胞を標識し、治癒後に再活性化すると、元の炎症状態に対応した末梢免疫反応が部分的に再現された。島皮質が炎症情報を「免疫記憶」として保持する可能性を示し、免疫受容感覚という研究領域を開いた。ただしヒトへの適用は未確立である。
10. Liu RF, Huang M, Shen Y, et al. An atlas of primate insular cortex reveals a signal-processing strategy in von Economo neurons. Nature Cell Biology. 2026;28:1742–1757. doi:10.1038/s41556-026-02009-4. マカク前部島皮質を単一細胞RNA解析とPatch-seqで調べ、78の詳細な細胞型を同定した。von EconomoニューロンをDSG2発現型とPOC5発現型の二亜型に分け、深層入力を遠隔部へ迅速に伝える構造的特徴も示した。霊長類島皮質の高次統合機能を細胞レベルで理解する基盤となる。
