生命史のブレイクスルー ④地球環境を変える、植物たちの物語
生命史のブレイクスルー ④地球環境を変える、植物たちの物語
地球を緑に変えた生命 〜酸素・土壌・森林・花の誕生
動物の進化は、眼を得た、脚を得た、空を飛んだというように、運動の歴史として語りやすい。これに対して植物は、同じ場所に立ち続ける静かな生命に見える。しかし、地球規模で見れば、植物ほど環境を大きく作り替えてきた生物は少ない。 大気に酸素を満たし、岩石から土壌を作り、川の流れを変え、大気中の二酸化炭素を地中へ移し、動物を花粉や種子の運び手に変えた。植物は環境に適応しただけではなく、自らが生きる地球そのものを改造してきたのである。
ただし、この歴史は「藻類からコケ、シダ、裸子植物、被子植物へ」と一列に進む高等化の階段ではない。葉、根、木質、樹木という形は、異なる系統で何度も独立に進化した。新しい器官が順番に一つずつ完成したのでもなく、デボン紀には葉、根、木質化、樹木化が重なり合って進んだ。 本稿では、その複雑さを残しながら、植物が地球環境を変えた主要な転換点を時系列にたどってみたい。
植物以前の革命 〜シアノバクテリアが酸素を作る
植物史の最初の主人公は、厳密には植物ではない。かつて「藍藻」と呼ばれたシアノバクテリアである。 シアノバクテリア以前にも、光をエネルギー源とする生物は存在した。しかし多くの初期光合成生物は、硫化水素や二価鉄、水素などを電子源として利用していた。これらは場所も量も限られる。 シアノバクテリアが獲得した酸素発生型光合成の画期性は、地球上に豊富にある水から電子を引き抜けることにあった。太陽光を使って水を分解し、その電子で二酸化炭素から有機物を合成する。その副産物として、分子状酸素が放出されたのである。
これは、生物が希少な還元物質への依存を弱め、海と光のある広大な領域へ進出することを可能にした革命だった。 しかし、作られた酸素が直ちに大気へ蓄積したわけではない。初期の海と地殻には、二価鉄、硫化物、還元的な火山ガスなど、酸素と反応する物質が大量に存在した。酸素はまずこれらを酸化するために消費され、海中の鉄を酸化鉄として沈殿させた。その記録の一部が縞状鉄鉱層である。また、光合成で作られた有機物がすべて呼吸や分解で二酸化炭素へ戻れば、酸素は差し引きで増えない。有機炭素や硫黄化合物の一部が堆積物として埋没し、酸素を消費する側から隔離されて初めて、地球表層には酸素が残る。
酸素発生型光合成がいつ成立したかには幅があるが、少なくとも約24億年前には、大気中の酸素が持続的に増える大酸化イベントが始まった。現在では、これは一瞬の事件というより、約24億3000万年前から20億6000万年前ごろまで大きく変動しながら進んだ長い移行期と理解されつつある。 シアノバクテリアの光合成は、それより数億年前に始まっていた可能性が高い。つまり、酸素を作る能力の誕生と、地球全体の酸素化との間には長い時間差があった。
酸素は後の複雑な生命にとって恵みとなったが、当時の嫌気性生物にとっては強い毒でもあった。 酸素から生じる活性酸素は、膜、タンパク質、DNAを損傷する。初期の嫌気性生物の一部は無酸素の海底や堆積物へ追いやられ、別の生物は抗酸化機構や酸素呼吸を進化させた。酸素呼吸は有機物から大量のエネルギーを取り出せるため、後の大型化、活発な運動、多細胞化を支える基盤となった。 上空ではオゾン層が形成され、地表へ届く有害な紫外線が減った。鉱物、硫黄循環、窒素循環も再編された。 さらに、酸素が強力な温室効果ガスであるメタンを減少させ、古原生代の激しい寒冷化に寄与したという仮説もある。ただし、酸素化と氷河時代の因果関係や順序には、なお議論が残る。
シアノバクテリアは、自らにとっての廃棄物で地球を満たし、他の生物が酸素を利用する世界を作った。 生命史の最初の植物的革命は、生物が環境を変え、その変えられた環境が次の進化を選び直すという、地球と生命の循環を成立させたのである。
シアノバクテリアを細胞内へ 〜葉緑体の起源
シアノバクテリアと陸上植物の間をつなぐ決定的な出来事が、一次共生である。約21億~16億年前のどこかで、ある従属栄養性の真核生物がシアノバクテリアを取り込み、消化せずに細胞内へ保持した。 取り込まれた細菌の遺伝子の多くは宿主の核へ移動し、両者は単独では元へ戻れない統合体となった。これが葉緑体の起源である。その子孫から灰色植物、紅藻、緑色植物が分かれ、緑色植物の一系統から陸上植物が生まれた。
したがって、植物の光合成装置は植物がゼロから発明したものではない。 植物細胞は、ミトコンドリアに加えて、かつて独立生活していたシアノバクテリアの子孫を内部に抱える複合生命体である。植物の繁栄は、異なる生物を排除するのではなく、内部へ取り込んで役割分担したことから始まった。
陸上進出 〜乾燥する世界への挑戦と土壌の創造
確実な胞子化石からみると、陸上植物は少なくとも約4億7000万年前のオルドビス紀には存在していた。分子時計は、起源がカンブリア紀までさかのぼる可能性も示す。当時の陸地は、現在のような森や草原に覆われてはいなかった。岩と砂礫の表面に微生物マットや地衣類様の共生体が広がり、その上へコケ植物に似た小型の植物が進出していったと考えられる。
水中から陸上へ出ることは、光と二酸化炭素を得やすくし、当初は競争相手や捕食者の少ない巨大な生息域を開いた。 しかし代償は大きかった。体表から水が失われ、紫外線と温度変化にさらされ、重力に逆らって身体を支えなければならない。水中を泳ぐ精子に頼る繁殖も、乾いた場所では不安定になる。
初期の陸上植物は、乾燥を防ぐクチクラ、丈夫な胞子壁を作るスポロポレニン、母体上で胚を守る仕組みなどを組み合わせた。ところが、表面をクチクラで密封すれば、水は保てても二酸化炭素を取り込めない。そこで開閉する気孔が、ガス交換と水分保持の矛盾を調節するようになった。 陸上植物の身体は、最初から「乾燥を防ぐ壁」と「壁に開ける調節可能な窓」という、相反する仕組みの組合せとして成立したのである。
この進出も植物だけの力ではなかった。 初期植物は菌類と共生し、菌糸を通じてリンなどの無機栄養を受け取り、代わりに光合成産物を渡した可能性が高い。根をまだ持たない小さな植物でも、菌類や微生物とともに岩石の化学風化を促し、細かな粒子と有機物を蓄えて、原始的な土壌を作り始めた。 風化は長期的には大気中の二酸化炭素を消費する。初期の非維管束植物がオルドビス紀後期の二酸化炭素低下と寒冷化を助けたというモデルがある。陸が緑に覆われる以前から、生物は岩石圏と大気の結び付きを変え始めていた。
維管束と葉 〜光を集める面を作る
約4億3000万~4億2000万年前、シルル紀後期には維管束植物が現れた。 クックソニアに代表される初期の植物は、まだ明瞭な葉や深い根を持たず、細い軸が二叉に分かれ、その先に胞子嚢を付ける単純な姿だった。しかし軸の内部には、水を上へ運ぶ木部と、光合成産物を配る師部の原型ができていた。リグニンなどで補強された通水細胞は、水輸送と支持を一つの構造で担った。植物は地表に張り付く生活から離れ、光を求めて上へ伸びられるようになったのである。
高さを得ると、次は光を受ける面積が競争を左右した。そう、葉の発明である。 葉は一度だけ発明された器官ではない。ヒカゲノカズラ類の小葉と、シダ類・種子植物などの葉は、異なる起源を持つと考えられている。後者では、三次元に枝分かれしていた側枝系が同じ平面に並び、その間が組織で埋められて葉身になったという「テローム説」が基本的な見取り図を与えるが、実際の葉は複数系統で独立に成立した可能性が高い。
葉状構造は約4億1000万年前の前期デボン紀にすでに現れていたが、広い葉が森林全体で一般化するのは、約3億6000万年前のデボン紀末から石炭紀初頭である。 この時間差を説明する仮説の一つが、大気中二酸化炭素の低下である。二酸化炭素濃度が高い環境では、少数の気孔でも炭素を取り込めるため、広い葉は蒸散による冷却が不足し、過熱しやすい。二酸化炭素が低下すると、植物は気孔密度を増し、同時に水を多く蒸散させるようになる。それによって広い葉を冷却でき、葉身を拡大する利益が大きくなったというのである。これは有力な生物物理学的説明だが、発生機構、光環境、競争、水利用なども関与しており、二酸化炭素だけを原因とすることはできない。
葉の拡大は光合成量を増やすだけではなかった。大量の水を根から吸い、葉から大気へ放出することで、陸上の水循環と降水を強めた。落葉は地表へ有機物と栄養を供給し、土壌生態系を厚くした。 葉は太陽光を集める装置であると同時に、水、炭素、熱を地表と大気の間で交換する巨大な膜となったのである。
木質を得る 〜高さと時間を獲得する
木材とは、維管束形成層が内側へ繰り返し作る二次木部である。 現時点で知られる最古級の木材は約4億700万年前の前期デボン紀にさかのぼる。興味深いことに、その植物は小さく、葉もなかった。木材は、最初から巨木を支える柱として誕生したのではなく、通水能力を増し、傷んだ通水路を補い、細い軸を長く維持する仕組みとして始まった可能性がある。
その後、木質化と二次成長は複数の系統で独立に発達した。約3億9000万年前前後の中期デボン紀には、クラドキシロン類などが樹木化し、やがてヒカゲノカズラ類の巨木や、裸子植物につながる原裸子植物が森林を形成した。中でもアーケオプテリスは、現代の樹木に近い木質の幹、枝分かれした樹冠、大規模な根系を組み合わせ、デボン紀後期の森林を代表した。
木質は、植物に高さだけでなく時間を与えた。 一年ごとに身体を作り直すのではなく、過去に蓄えた幹と枝を翌年以降も利用し、数十年、数百年にわたって光を占有できる。 森林には林冠、下層、林床という垂直構造が生まれ、多数の動物、菌類、微生物の生息場所が作られた。倒木や枝は河川に流れ込み、流路をせき止め、土砂と有機物を滞留させた。植物の根と有機物は岸や泥を保持し、河川と氾濫原の形を変えた。
一方、木質は大量の炭素を長期間身体に固定する高価な投資であり、成長と繁殖を遅くする。乾燥時には長い木部内の水柱が切れるキャビテーションの危険が生じ、枯れた木材は火災の燃料にもなる。高く長く生きる自由は、水輸送の破綻と火への新しい脆弱性を伴っていた。
根の進化 〜地中に広がった植物の半身
真の根も、一度だけ完成した器官ではない。根冠、内生的な分枝、重力に従う成長、根毛などの特徴は、デボン紀を通じて段階的に組み合わされ、少なくともヒカゲノカズラ類と大葉植物の系統で別々に進化したと考えられる。 最初期の陸上植物は、地下茎、仮根、菌糸との共生によって地表近くから水と栄養を得ていた。 前期デボン紀には真の根が現れ、中期から後期デボン紀には樹木の根が深く広く発達した。 したがって、木質、葉、根の進化は単純な一列ではなく、ほぼ同時期に互いを可能にしながら進んだのである。
根は植物を固定するだけでなく、それまで利用できなかった地中の水と無機栄養へ到達させた。 根毛は吸収面積を増やし、根から放出される有機酸や二酸化炭素、共生菌の菌糸は鉱物を溶かした。根が割れ目を広げ、枯死と再生を繰り返すことで、岩屑と有機物の混合層は厚くなった。現在の意味での土壌は、単なる砕けた岩ではなく、根、菌類、微生物、動物が作る生物圏の一部となった。
この地下革命は地球規模の影響をもった。 ケイ酸塩岩の風化は、長い時間尺度では二酸化炭素を炭酸塩として海底へ移す。 植物体の一部が分解されず埋没すれば、有機炭素も大気循環から除かれる。
かつては、深い根を持つ森林の成立がデボン紀の二酸化炭素を一気に減らしたと考えられた。 しかし近年の復元では、森林成立前から二酸化炭素がかなり低下しており、浅い根を持つ小型維管束植物やコケ植物、地衣類様生物も大きな役割を果たした可能性が示されている。森林は突然スイッチを入れたというより、すでに始まっていた陸上風化と炭素隔離を、深さと空間の両方へ拡張したと考える方がよい。
また、風化で岩石から放出されたリンが河川を通って海へ流れれば、海洋の一次生産を増やす。増えた有機物の分解は海中の酸素を消費し、富栄養化と無酸素化を招く。 デボン紀後期の海洋無酸素事変と大量絶滅に、森林と根系の拡大による栄養流出が関与したという「デボン紀植物仮説」がある。ただし同時期には大規模火成活動や気候変動もあり、植物だけを原因とすることはできない。陸を豊かにした根が、海では酸欠を強めた可能性があるという点は、進化の利益が地球全体で同じ方向に働くとは限らないことを示している。
種子と花粉 〜水辺から内陸へ
約3億6500万年前の後期デボン紀には、種子植物が現れた。 大胞子を母体に保持し、その周囲を保護組織で包んで胚珠とし、小胞子を花粉として運ぶ仕組みである。種子は胚、栄養、種皮を一つの耐久カプセルにまとめ、休眠と遠距離分散を可能にした。 花粉管によって精細胞を卵へ届ければ、受精のために体外の水膜を必要としない。植物は湿った場所への繁殖上の依存を弱め、乾燥する内陸や季節性の強い環境へ進出できるようになった。
その代わり、一個の子孫へ投入する資源は大きくなった。多数の胞子を安価に散布する方式から、少数の胚を厚く保護する方式への転換である。 なお、花粉も動物による送粉も、花より先に裸子植物で存在していた。中生代の陸上では裸子植物が森林の主要部分を占め、恐竜を含む動物相を支えた。花の登場は無から送粉を作ったのではなく、すでに存在した風や動物との関係を、より精密な情報交換へ作り替えたのである。
石炭の森 〜植物が炭素を地中へ送った時代
石炭紀は約3億5900万~2億9900万年前に当たり、とくに後半には赤道付近の低湿地に広大な森林が成立した。巨大なリンボク類、トクサ類、シダ類、種子シダ類などが高い生産力で有機物を作り、水に浸かった酸素の乏しい地表へ大量の遺骸を供給した。分解されずに残った泥炭が、沈降する堆積盆地で土砂に覆われ、長い時間と圧力を受けて石炭になった。
ここでよく語られるのが、「植物がリグニンを含む木質を獲得した直後には、それを分解できる微生物がまだ存在せず、木材が積み上がって石炭になった」という説明である。この仮説には根拠がある。現生の森林でリグニンを効率よく完全分解する主役は白色腐朽菌であり、菌類ゲノムの分子時計研究は、その主要な酵素系の発達を石炭紀末からペルム紀初頭付近に置いた。新しい植物素材の出現に分解側の進化が追い付かなかったことが、炭素埋没を助けた可能性は残る。
しかし現在では、「分解者がいなかったこと」だけで石炭紀の石炭を説明する見方は支持されていない。 第一に、最古級の木材は約4億700万年前で、石炭形成の最盛期より7000万~1億年近く早い。木材を得た「直後」に石炭が急増したわけではない。 第二に、石炭紀の木質組織には菌類などによる腐朽痕が広く認められ、リグニンを修飾・分解する能力は白色腐朽菌以外の菌類や細菌にもある。 第三に、石炭の原料にはリグニンの少ないリンボク類の組織も多く、石炭量は植物のリグニン含量と単純には対応しない。 さらに、リグニン分解菌が十分に存在した中生代や新生代にも、大規模な石炭は形成されている。
したがって、より正確には、石炭紀には「分解不能な木材」が一方的に蓄積したのではなく、植物の生産と埋没が酸化・分解を上回る条件が広域にそろったと表現すべきである。 赤道域の高温多湿な気候、冠水して酸素が届かない湿地、パンゲア形成期の地殻運動でゆっくり沈降する堆積盆地、海水準変動による反復的な埋没が重要だった。分解生物の能力と植物組織の性質は、その中の一要因である。
それでも結果は巨大だった。 有機炭素が地中へ隔離されると、その炭素が再酸化される際に消費するはずだった酸素が大気側に残る。 大気中二酸化炭素の低下と酸素の増加は、ケイ酸塩風化、山脈形成、海洋循環などとともに、後期古生代の寒冷化と氷河時代を支えた。 高い酸素濃度は火災を起こりやすくし、火災は植生と炭素循環へ跳ね返った。 植物が固定した太古の炭素は石炭として数億年間保存され、産業革命以後、人類が短期間に燃やして大気へ戻している。石炭紀の植物革命は、気候変動への影響を、今なお続いているのである。
被子植物と花――動物を進化の回路へ組み込む
被子植物の起源年代には、化石と分子時計の間に隔たりがある。系統の起源は白亜紀以前へさかのぼる可能性が高い一方、広く合意される確実な花粉・植物体化石は約1億4000万~1億2500万年前の前期白亜紀に現れる。 その後、被子植物は白亜紀前半から中頃に急速に多様化し、後期白亜紀には多くの陸上生態系で優勢になった。 ダーウィンがその急速な出現を「忌まわしい謎」と呼んだ問題は、現在も完全には解けていない。
被子植物の革新は、目立つ花だけではない。胚珠を心皮の内部に包み、受精後には種子を果実で保護する。 重複受精によって、胚の形成と栄養組織である胚乳の発達が連動する。被子植物は、受精が成立した胚珠に対して初めて大量の養分を投入できるため、繁殖に使う資源の無駄を減らすことができた。
多くの系統では世代時間が短く、導管や高密度の葉脈によって水を効率よく運び、小さく多数の気孔を通じて高い光合成速度を実現した。化石葉は、白亜紀を通じて被子植物の葉脈密度と水輸送能力が数倍に高まったことを示す。高い蒸散能力は成長を速めるだけでなく、地表から大気への水輸送を増やし、森林内の湿度、雲、降水、火災の起こり方にも影響した可能性がある。 被子植物は花によって繁殖を変え、葉によって気候と水循環を変えたのである。
花は、植物の生殖器官を色、形、匂い、蜜、開花時刻という信号の組合せへ変えた。 風に大量の花粉を任せる代わりに、昆虫などの動物へ報酬を与え、同種の花まで運ばせる。これは花粉の損失を減らし、離れて生える個体間の交配を可能にする。花の側が送粉者へ適応し、送粉者の側も口器、感覚、行動、生活史を花へ適応させることで、相互作用は多様化した。ただし、現生の花と昆虫の多様性を、単純な一対一の共進化だけで説明することはできない。昆虫送粉は被子植物以前からあり、多くの植物は複数の送粉者を利用し、系統ごとの放散時期にもずれがある。
果実は種子を保護するとともに、風、水、動物などを利用する多様な散布装置となった。 とくに果肉を発達させた果実は、それを報酬として鳥や哺乳類に食べさせ、移動先で種子を散布させる。動物は植物の遺伝子を運ぶ交通網となり、植物は動物へ蜜、花粉、果実、葉、種子という新しい食物を提供した。花と果実が増えるにつれて、送粉者、植食者、果実食者、それらを捕食する動物まで含む陸上食物網が再編された。植物は動けないという制約を、動く生物へ繁殖と分散を外部委託することで乗り越えたのである。
しかし、この自由も新しい依存を生んだ。特定の送粉者や散布者に強く依存した植物は、相手が失われれば自らも繁殖できない。動物の側も、特定の花や果実が消えれば食物を失う。 花は植物の自立の完成ではなく、異種間の相互依存を高度化した器官だった。
植物は地球の背景ではない
植物史を振り返ると、ブレイクスルーは制約の消滅ではなく、制約と依存先の組み替えだったことが分かる。 酸素発生型光合成は希少な電子源から生命を解放したが、生物を酸化損傷への対策と酸素循環へ組み込んだ。 陸上進出は水中という生活圏から植物を解放したが、クチクラ、気孔、維管束、菌類との共生を必要とした。 葉は光を集める面を広げたが、大量の水と冷却を要求した。 木質は高さと寿命を与えたが、水輸送の破綻と火災への弱点を生んだ。 根は内陸の資源を開いたが、岩石風化、海洋の栄養塩、気候まで変えてしまった。 種子は受精を水膜から解放し、花は花粉と種子の移動を動物へ委ねたが、その代わりに大きな資源投資と異種への依存を引き受けた。
シアノバクテリアにも森林にも、地球を改造する目的があったわけではない。個体に有利な光合成、通水、支持、吸収、繁殖が積み重なり、その副作用が大気、海、岩石、気候を変えた。 そして変わった地球が、次の植物と動物の進化を選んだのである。私たちが呼吸する酸素、足元の土壌、森が呼び戻す雨、地中の石炭、昆虫や鳥が行き交う花と果実は、すべてこの長い相互作用の産物である。
植物は、動物が活動する舞台の背景ではない。植物こそが舞台を作り替え、照明と空気を変え、登場できる生物まで選び直してきた。地球の環境を創造しているのである。 地球が「緑の惑星」になったこと自体が、生命史最大級のブレイクスルーなのだ。
参考文献
1. Planavsky NJ, et al. Evidence for oxygenic photosynthesis half a billion years before the Great Oxidation Event. Nature Geoscience. 2014;7:283–286. https://doi.org/10.1038/ngeo2122 約29億5000万年前の南アフリカの堆積岩から、マンガン酸化物との反応を示すモリブデン同位体組成を検出した。浅海では大酸化イベントの約5億年前から、酸素発生型光合成による酸素が局所的に蓄積していた可能性を示す。
2. Luo G, et al. Rapid oxygenation of Earth’s atmosphere 2.33 billion years ago. Science Advances. 2016;2:e1600134. https://doi.org/10.1126/sciadv.1600134 硫黄同位体記録を用い、大気中の酸素が恒常的に増加した時期を約23億3000万年前と推定した。その移行は100万~1000万年程度という地質学的には短期間に起こり、その後、海洋の硫酸塩濃度が比較的ゆっくり上昇したと論じる。
3. Sánchez-Baracaldo P, et al. Early photosynthetic eukaryotes inhabited low-salinity habitats. PNAS. 2017;114:E7737–E7745. https://doi.org/10.1073/pnas.1620089114 シアノバクテリアと葉緑体の系統解析から、葉緑体を生んだ一次共生が低塩分環境で起こった可能性を示した。紅藻と緑色植物は、その後それぞれ独立して海洋へ進出したと推定し、光合成真核生物の起源を淡水系に位置づける。
4. Morris JL, et al. The timescale of early land plant evolution. PNAS. 2018;115:E2274–E2283. https://doi.org/10.1073/pnas.1719588115 化石年代と分子系統を統合し、コケ植物間の系統関係について異なる仮説も考慮して、初期陸上植物の進化年代を推定した。陸上植物はカンブリア紀中期~前期オルドビス紀、維管束植物は後期オルドビス紀~シルル紀に成立した可能性を示す。
5. Lenton TM, et al. Earliest land plants created modern levels of atmospheric oxygen. PNAS. 2016;113:9704–9709. https://doi.org/10.1073/pnas.1604787113 初期の非維管束植物が岩石風化とリン供給を促し、海洋の一次生産と有機炭素埋没を増加させた過程を地球化学モデルで検討した。その結果、森林の成立以前に大気中酸素が現在に近い水準へ上昇し、動物の多様化を支えた可能性を示した。
6. Gerrienne P, et al. A simple type of wood in two Early Devonian plants. Science. 2011;333:837. https://doi.org/10.1126/science.1208882 約4億年前の前期デボン紀の小型植物二例から、形成層が作った二次木部と単純な放射組織を確認した。木材が大型樹木の出現より早く進化したことを示し、その当初の機能が高い幹の支持だけではなかった可能性を提起する。
7. Beerling DJ, Osborne CP, Chaloner WG. Evolution of leaf-form in land plants linked to atmospheric CO2 decline in the Late Palaeozoic era. Nature. 2001;410:352–354. https://doi.org/10.1038/35066546 化石の気孔密度と葉の熱収支モデルから、初期の高CO₂環境では幅広い葉が過熱しやすかったと推定した。後期古生代のCO₂低下に伴って気孔密度と蒸散能力が増し、平面的で大型の葉が安全に発達できるようになったという仮説を示す。
8. Stein WE, et al. Mid-Devonian Archaeopteris roots signal revolutionary change in earliest fossil forests. Current Biology. 2020;30:421–431.e2. https://doi.org/10.1016/j.cub.2019.11.067 米国ニューヨーク州の約3億8600万年前の化石林から、アーケオプテリスの広範で複雑な根系を発見した。現生種子植物に近い根の構築を備えており、土壌形成、資源利用、風化、炭素循環を大きく変えた可能性を論じている。
9. Dahl TW, et al. Low atmospheric CO2 levels before the rise of forested ecosystems. Nature Communications. 2022;13:7616. https://doi.org/10.1038/s41467-022-35085-9 現生・化石小葉植物の気孔と炭素同位体を用い、4億1000万~3億8000万年前のCO₂を約525~715 ppmと推定した。森林成立前から従来説より低かったため、深い根をもつ森林だけがCO₂低下と寒冷化を起こしたという見方を修正する。
10. Floudas D, et al. The Paleozoic origin of enzymatic lignin decomposition reconstructed from 31 fungal genomes. Science. 2012;336:1715–1719. https://doi.org/10.1126/science.1221748 31種の菌類ゲノムを比較し、白色腐朽菌がリグニンを効率よく分解する酵素系の進化年代を復元した。その成立が古生代末の石炭形成量の減少とおおむね重なることから、木材分解能力の出現が炭素埋没を減らした可能性を提唱した。
11. Nelsen MP, et al. Delayed fungal evolution did not cause the Paleozoic peak in coal production. PNAS. 2016;113:2442–2447. https://doi.org/10.1073/pnas.1517943113 石炭の年代・分布、植物組織、菌類の分解能力を再検討し、リグニン分解菌の出現時期だけでは古生代の石炭形成ピークを説明できないと示した。湿潤気候、酸素に乏しい泥炭地、地殻沈降などの堆積環境を、より重要な要因と位置づける。
12. Wang J, et al. Ancient noeggerathialean reveals the seed plant sister group diversified alongside the primary seed plant radiation. PNAS. 2021;118:e2013442118. https://doi.org/10.1073/pnas.2013442118 中国の前期ペルム紀層から得られた保存良好なノエゲラチア類を立体的に復元し、その生殖器官と維管束構造を解析した。この絶滅群を種子植物の姉妹群に近い位置へ置き、種子植物の初期放散と並行して多様化したことを示す。
13. Silvestro D, et al. Fossil data support a pre-Cretaceous origin of flowering plants. Nature Ecology & Evolution. 2021;5:449–457. https://doi.org/10.1038/s41559-020-01387-8 198科、約1万5000件の化石記録と現生多様性を用い、不完全な化石保存を補正するベイズモデルを構築した。複数の被子植物科がジュラ紀に起源をもつ可能性と、1億2500万~7200万年前に系統数が急増したことを推定した。ただし、ジュラ紀の花を直接発見した研究ではない。
14. Sauquet H, et al. The ancestral flower of angiosperms and its early diversification. Nature Communications. 2017;8:16047. https://doi.org/10.1038/ncomms16047 被子植物792種の27形質と分子系統を統合し、現生被子植物の最終共通祖先がもつ花をモデルで復元した。祖先花は両性、放射相称で、分化していない花被片と雄しべが三個ずつ多輪に並び、多数の離生心皮を備えた可能性が高いとする。
15. Feild TS, et al. Fossil evidence for Cretaceous escalation in angiosperm leaf vein evolution. PNAS. 2011;108:8363–8366. https://doi.org/10.1073/pnas.1014456108 白亜紀~暁新世の被子植物化石葉について葉脈密度を測定した。初期被子植物の密度はシダ・裸子植物並みだったが、白亜紀中期と末期~暁新世に段階的に増加し、高い水輸送能力、蒸散、光合成能力をもつ葉が成立したことを示す。
16. Belcher CM, et al. The rise of angiosperms strengthened fire feedbacks and improved the regulation of atmospheric oxygen. Nature Communications. 2021;12:503. https://doi.org/10.1038/s41467-020-20772-2 地球化学モデルを用い、被子植物の増加が燃えやすい植生と山火事を増やし、大気中酸素への負のフィードバックを強めた可能性を検討した。これにより、白亜紀の酸素濃度は約30%から末期の約25%へ低下し、過剰な上昇が抑えられたと推定する。
