次世代に伝えたい偉人伝⑦:クロード・レヴィ=ストロース 〜構造主義創生
次世代に伝えたい偉人伝⑦:クロード・レヴィ=ストロース 〜構造主義創生
人間は文化を作るのか、文化によって作られるのか
私たちは、自分の意思で考え、自分の価値観に基づいて行動していると思っています。しかし、私たちが生まれる以前から、社会には言語、家族制度、宗教、道徳、食習慣、男女の役割などが存在しています。人間はそれらを一から作るのではなく、すでに存在する文化の中で考え、行動し、自分自身を理解します。 それでは、人間が文化を作るのでしょうか。それとも、人間の思考そのものが、文化によって作られているのでしょうか。
この問いに一つの大胆な答えを示したのが、フランスの文化人類学者クロード・レヴィ=ストロースです。彼は、世界各地の親族制度や神話を研究し、その表面上の多様性の背後に、人間自身も意識していない「構造」が存在すると考えました。
レヴィ=ストロースは、単に構造主義の影響を受けた研究者ではありません。ソシュール以来の構造言語学を文化人類学に導入し、それを哲学、精神分析、文学研究、社会思想へと波及させた、フランス構造主義の中心人物です。 彼の登場によって、人間を理解するためには、個人の意識や意図だけでなく、その背後で働く言語と文化の仕組みを調べなければならないという考え方が、20世紀の人間科学に広がりました。
哲学から文化人類学へ
クロード・レヴィ=ストロースは1908年、ベルギーのブリュッセルに生まれ、フランスで育ちました。大学では哲学と法学を学び、当初は哲学教師として働いていました。しかし、抽象的な哲学体系だけでは、人間社会の現実を十分に理解できないと感じるようになります。 転機となったのは、1935年にブラジルのサンパウロ大学へ赴任したことでした。彼は大学で社会学を教えるかたわら、ブラジル内陸部で先住民社会の調査を行いました。カデュヴェオ、ボロロ、ナンビクワラなどの人々との出会いは、彼の思想を大きく変えます。
ヨーロッパ人は長い間、文字や近代科学を持たない社会を「未開社会」と呼び、自分たちより発達の遅れた社会だと考えてきました。しかしレヴィ=ストロースは、そうした社会にも、精緻な親族体系、自然分類、儀礼、神話的思考が存在することを知りました。それらは無秩序な迷信の集まりではなく、一定の原理に基づいて組織された知の体系でした。 第二次世界大戦中、ユダヤ系であった彼はナチス・ドイツの迫害を避けてアメリカへ亡命します。ニューヨークで出会ったのが、ロシア出身の言語学者ロマン・ヤコブソンでした。この出会いが、彼の構造人類学を成立させる決定的な契機となります。
言葉の意味は「差異」から生まれる
構造主義の源流には、スイスの言語学者フェルディナン・ド・ソシュールの思想があります。ソシュールは、言葉とは、すでに出来上がった世界の事物に名前を貼り付ける道具ではないと考えました。 たとえば「父」という言葉の意味は、「父」という語の内部に単独で存在しているのではありません。「母」「子」「兄」「夫」「祖父」など、他の言葉との違いや関係によって定まります。言葉の意味は、個々の語が持つ実体ではなく、言語体系の中での位置から生じるのです。
ヤコブソンの音韻論も、同じ発想を発展させたものでした。私たちがある音を意味のある音として聞き分けられるのは、それが他の音と対立しているからです。重要なのは一つ一つの音の性質ではなく、音同士の差異の体系です。
レヴィ=ストロースは、この考え方を言語以外の文化現象にも応用しました。 文化の一つ一つの要素は、それ自体で意味を持つのではなく、他の要素との関係の中で意味を持つ。 家族、婚姻、神話、儀礼、食事、衣服なども、一種の言語のような体系を作っています。その背後には、個人には意識されていない関係の規則がある。これがレヴィ=ストロースの構造主義の出発点です。
[詳しくは、コラム次世代に伝えたい偉人伝⑥:フェルディナン・ド・ソシュールを、参照下さい。]
「構造」とは何か
レヴィ=ストロースのいう構造は、建物の骨組みのように、直接目で見ることのできるものではありません。社会の表面に現れている多様な現象を相互に関係づけ、それらを生み出している潜在的な規則です。
チェスを例に考えてみましょう。駒の材質や色が違っていても、駒同士の関係と動かし方の規則が同じなら、チェスというゲームは成立します。逆に、どれほど豪華な駒を使っても、駒の関係や規則が失われれば、それはチェスではありません。 同じように、文化を理解するときにも、個々の要素だけを眺めるのでは不十分です。ある動物が神話に登場するとき、その動物が単独で何を象徴するかだけを考えるのではなく、別の動物、植物、人間、土地、季節などと、どのような対立や対応関係を作っているかを調べなければなりません。
また、構造は人々によって必ずしも意識されていません。私たちは文法規則を逐一考えなくても母国語を話せます。それと同様に、人間は文化の規則を明確に説明できなくても、それに従って婚姻し、儀礼を行い、物事を分類しています。 人間が構造を意識的に作り出すというよりも、構造が人間の思考や行動を通して表現される。レヴィ=ストロースは、そのように考えたのです。
親族を「関係の体系」として捉える
レヴィ=ストロースの初期の代表作が、1949年に刊行された『親族の基本構造』です。この著作で彼は、家族や親族を、血縁によって自然に形成される集団としてではなく、婚姻と交換によって組織される関係の体系として捉えました。
彼が注目したのは、ほとんどすべての社会に何らかの形で存在する近親相姦の禁止です。なぜ人間社会は、近親者との婚姻を禁止するのでしょうか。 レヴィ=ストロースは、これを単なる生物学的な回避行動とは考えませんでした。近親者との婚姻が禁止されれば、人は自分の所属する集団の外に配偶者を求めなければなりません。その結果、異なる家族や集団の間に婚姻を通じた結びつきが生まれます。近親相姦の禁止は、閉じた血縁集団を外部へ開き、他者との交換を成立させる規則なのです。また、この慣習は、遺伝子の拡散にも寄与することが分かって来ました。
[詳しくは、(書評)レヴィ=ストロース『親族の基本構造』と遺伝子の拡散 〜数理人類学の視点から〜を、参照下さい。]
この考えには、フランスの社会学者マルセル・モースの『贈与論』が影響しています。贈り物は単なる物の移動ではありません。贈ること、受け取ること、返礼することを通じて、人と人、集団と集団の間に持続的な関係が作られます。レヴィ=ストロースは婚姻もまた、集団間の交換と同盟を生み出す制度だと考えました。 ただし、女性を集団間で「交換されるもの」として扱った点については、後にフェミニズム人類学から強い批判を受けました。 それでも、親族を人物の集まりとしてではなく、役割、義務、禁止、交換からなる関係の体系として分析したことは、人類学に大きな転換をもたらしました。
神話は矛盾を考える装置である
レヴィ=ストロースの思想が最も壮大な形で示されたのが、神話の研究です。彼は南北アメリカに伝わる膨大な数の神話を比較し、その成果を『神話論理』全四巻にまとめました。
近代人は、神話を非科学的な空想や、過去の未熟な思考の遺物と考えがちです。しかしレヴィ=ストロースにとって、神話は無秩序な物語ではありません。人間が簡単には解決できない矛盾を、象徴的に処理する思考装置です。 人間は自然の一部でありながら、言語や規則を持つ文化的存在でもあります。生命は世代を超えて続きますが、個人は死によって断絶します。人間は動物を食べますが、自分自身も生物として動物に近い存在です。私たちの世界には、自然と文化、生と死、連続と断絶、自己と他者など、簡単には統一できない対立があります。 神話は、それらを論理的な概念ではなく、動物、植物、火、水、天体、料理、婚姻、旅、変身などの具体的なイメージによって組み替えます。ある神話で解決できない矛盾が、別の神話では登場人物や出来事を反転させることによって処理されます。
レヴィ=ストロースは、神話を「一つの物語の奥に、唯一の教訓や暗号が隠されているもの」とは考えませんでした。神話の意味は、複数の神話を比較し、登場人物や出来事がどのように置換・反転・変形されているかを調べることで明らかになると考えたのです。
たとえば、「鳥が天上から火を盗み、人間に与えた」という神話だけを読めば、鳥は神の使者、火は文明、盗みは禁忌への挑戦など、さまざまな解釈が可能です。しかし別の神話に、「蛇が地下から水を持ち出し、人間から奪った」という物語があれば、鳥/蛇、天上/地下、火/水、獲得/喪失という対応と反転が見えてきます。 二つの神話は表面上異なっていても、自然と人間の間を動物が媒介し、人間が文化的な力を獲得または喪失するという共通の問題を扱っているのです。 このような「変換」には、人物の置き換え、男女や生者と死者の役割の反転、恩恵から災厄への転換、天上から地下への移動、婚姻の成功から失敗への変化などがあります。神話を語る人々が、その規則を意識しているとは限りません。私たちが文法を意識せずに話すように、神話も無意識の思考構造によって生み出されます。
これは、同じ旋律が調や楽器を変えて演奏される場合に似ています。個々の音や音色が変わっても、音同士の関係が保たれれば、同じ曲だと分かります。 同様に神話の共通構造とは、共通の筋書きや原型ではなく、自然/文化、生/死、内部/外部、生のもの/火を通したものなどの対立が、どのように結びつき、媒介され、反転されるかという「関係と変換の規則」なのです。 このように、多様な神話もまた、共通する構造を異なる形で表現しているのです。
「野生の思考」は未熟な思考ではない
1962年の著書『野生の思考』で、レヴィ=ストロースは、近代西洋社会だけが合理的思考を持っているという見方を批判しました。
先住民社会では、動植物、季節、土地、色、匂いなどが非常に細かく分類されています。これらの分類は、近代科学と同じ方法によって作られたものではありません。しかし、それは知性が未発達だからではなく、身近な具体物を用いて世界を秩序づける、別の知的活動なのです。
レヴィ=ストロースは、この思考を「ブリコラージュ(器用仕事)」にたとえました。ブリコラージュとは、手元にある材料を組み合わせて、必要なものを作ることです。専門の技師が目的に合わせて新しい材料を準備するのに対し、ブリコルールは、すでにある材料の性質を生かして問題を解決します。 神話的思考も同様です。動物や植物、星、季節、身体など、文化の中ですでに意味を与えられている素材を組み替え、世界の矛盾を考えます。
ここで重要なのは、「野生の思考」が先住民だけのものではないという点です。近代人の芸術、夢、日常的分類、象徴表現にも、同じ働きが認められます。人間の思考には一つの発展段階しかないのではなく、異なる種類の合理性が存在する。レヴィ=ストロースは、そう考えました。
構造主義が人間観を変えた
第二次世界大戦後のフランス思想では、サルトルの実存主義が大きな影響力を持っていました。実存主義は、人間を自由に選択し、自らの生き方と歴史を作る主体として捉えます。
これに対してレヴィ=ストロースは、人間の意識的選択よりも、その背後で働く無意識的な構造を重視しました。私たちは自由に考えているつもりでも、思考に使用する言葉や概念は、すでに社会から与えられています。家族、正常と異常、自然と文化、男性と女性といった区別も、個人が一から発明したものではありません。 この「主体の脱中心化」は、フランス現代思想に大きな影響を与えました。
ロラン・バルトは、文学、広告、衣服、食事などを記号の体系として分析しました。 ジャック・ラカンは、無意識を個人の心の奥にある衝動の貯蔵庫ではなく、言語のように構造化されたものとして捉え直しました。 ルイ・アルチュセールは、人間個人の意図よりも社会構造を重視してマルクス主義を再解釈しました。 ミシェル・フーコーは構造主義者と呼ばれることを拒みましたが、ある時代の人々が何を真理と考え、何を正常または異常と分類するのかを、個人を超えた知の規則から分析しました。 また、ジャック・デリダはレヴィ=ストロースから大きな影響を受けながら、自然と文化、理性と感性などの二項対立が、実際には安定した境界を持たないことを指摘し、構造主義を「脱構築」へと展開しました。
このようにレヴィ=ストロースは、一つの学派を作っただけではありません。人間が意味の中心に存在するという近代的な人間観そのものを揺さぶったのです。
構造主義の限界
もちろん、レヴィ=ストロースの構造主義にも限界があります。
第一に、ある時点における関係の体系を重視するため、歴史的変化を十分に説明しにくいという問題があります。社会制度は、対立の論理だけでなく、戦争、植民地支配、経済格差、政治運動、偶然の出来事によって変化します。 第二に、自然と文化、生と死、男と女といった二項対立を重視する分析が、研究者自身の分類を他文化に投影してしまう危険があります。 第三に、個人の感情、身体経験、創造性、抵抗、主体的決断が、構造の働きとして処理されすぎる可能性があります。人間は構造によって形作られますが、構造に完全に支配されているわけでもありません。人間は既存の言葉や制度を使いながら、それらの意味を変えることもできます。
しかし、こうした批判が生まれたこと自体、レヴィ=ストロースの影響の大きさを示しています。 フーコー、デリダ、ブルデューをはじめとする後の思想家たちは、構造主義を単純に否定したのではなく、その問題提起を引き継ぎながら、歴史、権力、実践、差異を理論に取り入れました。
多様な文化の背後にある「関係の文法」
レヴィ=ストロースの最大の功績は、人間文化を、一見奇妙な風習や物語の寄せ集めとしてではなく、関係の論理を持つ知的体系として捉え直したことです。 彼は、文化の多様性を否定して、すべての社会は同じだと主張したのではありません。むしろ、文化が驚くほど多様でありながら、なぜ互いに理解可能なのかを考えました。その答えが、差異、対立、交換、媒介、変換からなる「関係の文法」でした。
ソシュールが言語の背後に構造を見いだしたのに対し、レヴィ=ストロースは、親族制度、神話、儀礼、食事、分類体系の背後に構造を見いだしました。それによって構造主義は、言語学の方法から、20世紀後半の人間科学を方向づける思想へと発展しました。
同時に彼は、近代西洋文明だけを人類の到達点と考える傲慢さにも警鐘を鳴らしました。 文字を持たない社会にも、複雑な分類と論理があります。科学と神話は同一ではありませんが、どちらも混沌とした世界に区別と関係を導入し、人間が理解できる秩序を作ろうとする営みです。 人間は文化を作ります。しかし、その文化によって人間の思考も作られます。そして人間は、受け継いだ構造を反復するだけでなく、それを少しずつ変形し、次の世代へ渡していきます。
レヴィ=ストロースが私たちに残したのは、「異文化をどのように説明するか」という人類学上の方法だけではありません。私たち自身の常識もまた、普遍的な真理ではなく、特定の言語と文化が作り出した一つの構造かもしれないという、自己を相対化する視点です。 異なる文化を、自分たちより遅れたものとして見るのではなく、世界を別の仕方で秩序づける知性として理解すること。その意味でレヴィ=ストロースの思想は、文化間の接触がますます深まる現代においても、次世代へ伝える価値を失っていないのです。
参考文献
1.小田亮『レヴィ=ストロース入門』 小田亮著、ちくま新書、2000年 最初の一冊として最も適しています。生涯とブラジル調査から入り、『親族の基本構造』『野生の思考』『神話論理』を通して、構造、変換、無意識、ブリコラージュなどの重要概念を解説しています。
2.クロード・レヴィ=ストロース『神話と意味』 大橋保夫訳、みすず書房、新装版、2016年 レヴィ=ストロース自身による、最も読みやすい入門書です。カナダのラジオで行われた5回の講話をもとにしているため、文章が平明で、わずか112頁に思想の核心が凝縮されています。 3.クロード・レヴィ=ストロース『悲しき熱帯Ⅰ・Ⅱ』 川田順造訳、中公クラシックス、Ⅰ・Ⅱ、2001年 レヴィ=ストロースの最も有名な著作であり、人類学的紀行、文明批評、自伝、哲学的省察が一体となった作品です。ブラジルの先住民社会での経験を描きながら、西洋文明の進歩史観や、自文化を人類の基準とする態度を根本から問い直します。 4.クロード・レヴィ=ストロース『野生の思考』 大橋保夫訳、みすず書房、1976年 レヴィ=ストロースの思想的中心をなす著作です。1962年の原著刊行後、フランスにおける構造主義の高まりを決定づけました。 5.クロード・レヴィ=ストロース『構造人類学』 荒川幾男・生松敬三・川田順造ほか訳、みすず書房、新装版、2023年 レヴィ=ストロースの方法論を本格的に学ぶための一冊です。親族、社会組織、呪術、神話、芸術などを対象に、構造言語学の方法を人類学へどのように応用したのかが示されています。