次世代に伝えたい偉人伝③:フェルディナン・ド・ソシュール〜近代言語学の父〜
次世代に伝えたい偉人伝③:フェルディナン・ド・ソシュール〜近代言語学の父〜
言葉は世界に名前を付けるだけなのか
私たちはふつう、世界にはあらかじめ「犬」「猫」「家族」「自由」「病気」といった事物や概念が存在し、言葉はそれらに名前を付けていると考えている。目の前に犬という動物がいて、日本語では「犬」、英語では“dog”、フランス語では“chien”と呼んでいる、というわけである。
しかし、フェルディナン・ド・ソシュールは、この常識を根本から問い直した。 言葉は、すでに出来上がった世界に名札を貼るだけの道具ではない。言葉同士の差異によって現実に境界を引き、人間が理解できる「意味の世界」を作り出している。(著者注) この発想は、20世紀の言語学だけでなく、人類学、哲学、文学理論、精神分析、社会思想にまで大きな転換をもたらした。
[著者注:私たちは通常、次のように考えます。 1. 世界には、犬、猫、木、病気、幸福などが存在する 2. 人間がそれぞれに名前を付ける 3. 日本語では「犬」、英語では“dog”と呼ぶ この考え方では、世界は言語以前からすでに細かく分類されており、言葉はそこに貼られた「名札」にすぎません。 しかしソシュールは、現実にはそれほど単純ではないと考えました。世界に存在するのは、必ずしも明確な境界をもつ事物ばかりではありません。色、感情、年齢、健康状態、家族関係などには、連続性や多義性があります。言語は、その連続した現実のどこに境界線を引くかを決めているのです。]
ソシュールは「近代言語学の父」「構造主義の出発点」と呼ばれる。しかし、後世に作られた「静的な構造の思想家」というイメージだけでは、彼の思考の全体像を捉えられない。死後に編集された『一般言語学講義』と、後に公開された自筆草稿や学生ノートを照合すると、そこには、言語の歴史、社会性、話す行為、そして変化の力を執拗に考え続けた、より動的なソシュールの姿が浮かび上がってくる。
若き天才が予測した「見えない音」
フェルディナン・ド・ソシュールは1857年、スイスのジュネーヴに生まれた。自然科学者を多く輩出した知的な家系に育ち、幼い頃から言語に強い関心を示した。
彼が学問の世界を驚かせたのは、まだ20代初めのことである。1879年に刊行した『インド・ヨーロッパ諸語における母音の原始体系に関する覚書』で、古代インド・ヨーロッパ祖語の母音体系に、当時はまだ直接確認されていなかった要素が存在したと仮定したのである。 ソシュールは、単語を一つずつ観察しただけではない。複数の言語に現れる母音交替の規則を比較し、体系全体の釣り合いを考えると、観察されている音の背後に、失われた何らかの音が存在しなければ説明できないと推論した。 後に古代アナトリアで使われていたヒッタイト語が解読されると、ソシュールが理論的に予測したものに対応する子音が確認された。これは後の「喉音理論」につながる先駆的業績である。
見えている現象だけでなく、要素間の関係から、直接見えない構造を推定する。この若き日の研究方法には、すでに後年のソシュール言語学の萌芽があった。
言語は「差異の体系」である
ソシュール以前の言語学では、言葉の語源や、ある言語が別の言語へどのように変化したかを研究する歴史言語学が中心だった。もちろんソシュール自身も、比較言語学と歴史言語学の第一級の研究者であった。しかし彼は、それだけでは言語の本質を説明できないと考えた。 ある時代の人々が、どのような規則と区別を共有し、互いの発話を理解しているのか。言語を「いま機能している関係の体系」として研究する必要がある。これがソシュールの重要な転換だった。
将棋の「歩」や「飛車」の価値は、木片の材質によって決まるのではない。ほかの駒との違い、動き方の規則、盤面における位置によって決まる。同じように、言葉の意味も、言葉の内部に単独で収められているのではない。ほかの言葉との対立や位置関係によって決まる。
たとえば、日本語には「兄」と「弟」という区別がある。一方、英語の“brother”は、年上と年下を語そのものでは区別しない。日本語の「兄」という語がもつ価値は、隣に「弟」が存在することによって限定されている。世界には最初から「兄」と「弟」という二つの普遍的な箱があるのではなく、日本語という体系が、男性のきょうだいを年齢関係によって二つに区切っているのである。 言葉の意味は、それが「何であるか」だけでなく、「ほかの言葉ではないこと」によって成立する。ここから、「言語とは差異の体系である」というソシュールの基本思想が生まれた。
ラングとパロール
ソシュールは、人間の言語活動を「ラング」と「パロール」に区別した。 ラングとは、ある社会で共有されている語彙、文法、音韻、意味の区別などの言語体系である。 パロールとは、個人が具体的な状況で行う発話である。
私たちは自由に話しているように見える。しかし、日本語を話すときには、すでに社会に存在している日本語の単語や文法を利用している。「私は明日、病院へ行きます」という発話は個人のパロールだが、それが理解されるのは、話し手と聞き手が日本語というラングを共有しているからである。
一方、ラングは人間の発話から独立して存在する物体ではない。誰にも話されなくなった言語は、やがて生きた言語としての機能を失う。個人の発話はラングを利用して成立するが、ラングもまた、無数の人々が話し、聞き、記憶し、模倣することによって維持される。 この相互関係は、後に発見された資料によって、さらに重要な意味をもつことが明らかになった。
シニフィアンとシニフィエ
ソシュールは言語記号を、シニフィアンとシニフィエという二つの側面から説明した。
シニフィアンとは、記号の表現面、すなわち心の中で捉えられた音のイメージである。 シニフィエとは、その音によって呼び起こされる概念である。 「犬」という記号でいえば、「イヌ」という音のイメージがシニフィアンであり、犬についての概念がシニフィエに当たる。
両者の結びつきには、自然的な必然性がない。犬という概念が、日本語では「イヌ」、英語では“dog”、フランス語では“chien”と表されることからも、それは分かる。ソシュールは、この性質を「記号の恣意性」と呼んだ。 ただし、恣意的とは、個人が言葉の意味を自由に決められるということではない。ある人が突然、犬を「空」と呼ぶことに決めても、社会には通じない。記号と概念の結びつきに自然的必然性はないが、一度社会で共有されれば、それは個人を拘束する規則となる。
言語は、人間が作った制度でありながら、個人の意思だけでは簡単に変えられない。ソシュールは、この二重性を見抜いていた。
ソシュールが「書かなかった」代表作
ソシュールの名を世界に広めたのは、1916年に刊行された『一般言語学講義』である。しかし、この本には大きな注意点がある。ソシュール自身が書き上げた著書ではないのだ。 ソシュールは1907年から1911年にかけて、ジュネーヴ大学で3回の一般言語学講義を行った。しかし、その内容を一冊の本にまとめることなく、1913年に亡くなった。 そこで弟子のシャルル・バイイとアルベール・セシュエが、学生たちの講義ノートを集め、アルベール・リードリンガーの協力を得て、一つの理論書として再構成した。異なる年度のノートが統合され、実際の講義順序は組み替えられ、断片的な記述には説明や接続文が加えられた。 編者たちはソシュールの思想を歪めようとしたのではない。むしろ、失われかけた講義を後世に残そうと努力した。しかしその結果、本来は試行錯誤や未解決の問題を含んでいた思考が、首尾一貫した完成理論のように提示されることになった。
『一般言語学講義』の最後には、「言語学の唯一にして真正な対象は、それ自体として、それ自体のために考察された言語である」という有名な一文が置かれている。ところが、後の文献研究では、この文章にそのまま対応する記述が学生ノートに確認できず、一般に編者が作った結語と考えられている。
もちろん、言語体系を言語学の中心に置こうとしたのはソシュール自身である。しかし「唯一の対象」とまで限定したこの結語は、言語を歴史や社会的使用から切り離された閉鎖体系として読む傾向を強めた。
オランジュリーから現れた自筆草稿
ソシュール研究に大きな転機が訪れたのは1996年である。ジュネーヴにあったソシュール家の建物「オランジュリー」の戸棚から、多数の自筆資料が発見されたのである。 なかでも重要だったのが、「言語の二重の本質について」と呼ばれる草稿群だった。これらは2002年に『一般言語学草稿』として刊行され、それまで『一般言語学講義』を通して理解されていたソシュール像の再検討を促した。 また、1910–1911年の第3回講義について最も詳しい記録を残したエミール・コンスタンタンのノートも、1958年になって初めてジュネーヴの図書館に寄託された。全11冊、400ページを超えるこのノートは、1916年版の編者が直接利用できなかった資料である。
ただし、1996年に発見された草稿を、ソシュールの「最終的な完成理論」と考えることはできない。その主要部分は1890年代初頭に書かれたとみられ、後年の一般言語学講義よりも古い。しかも、文章には削除、修正、別案、未完の箇所が多く残されている。 これらは「完成した真の著書」ではない。むしろ、ソシュールが何に悩み、どのような問題を解こうとしていたのかを、本人の筆跡から知るための資料なのである。
言語は変化するからこそ続いていく
『一般言語学講義』では、ある時点の言語体系を研究する「共時態」と、時間の中での言語変化を研究する「通時態」が区別されている。この区別は近代言語学の方法を確立するうえで大きな意味をもった。
しかし自筆草稿や講演資料を読むと、ソシュールが歴史的変化を二次的なものとして軽視していたわけではないことが分かる。 彼は、ラテン語とフランス語の間に、現実の歴史上の断絶はなかったと指摘した。人々が前夜にはラテン語で「おやすみ」と言い、翌朝突然フランス語で「おはよう」と言い始めたわけではない。発音、語彙、文法の小さな変化が、世代から世代へと連続的に受け継がれた結果、後世の研究者が二つの言語として区別しているのである。 言語は、同じ姿を保つから継続するのではない。少しずつ姿を変えながら継承されるからこそ、生き続ける。
共時態とは、変化しない言語の本質ではない。それは、流れ続ける川を一枚の写真に収め、ある瞬間の関係を分析する方法だと考えた方がよい。どれほど精密な共時的体系も、歴史の流れの中にある一時的な「言語状態」なのである。
新しい言葉は発話から生まれる
後に公開された資料で特に注目されるのが、言語変化と具体的な発話との関係である。
ソシュールは、音声的変化も文法的変化も、具体的に話す行為の中で生じると考えていた。 新しい表現は、誰かが話す際の即興として現れ、それを聞いた人の記憶に入り、繰り返し使用される。やがて社会的に共有されれば、ラングの一部となる。
現代日本語の「ググる」を考えてみよう。この語は、最初から日本語の辞書に存在していたのではない。誰かが企業名・検索サービス名を日本語の動詞の形に変え、具体的な会話の中で使った。ほかの人々が意味を理解し、模倣し、反復した結果、広く通じる表現となった。
そこには、 「既存のラング」 ↓ 「個人の新しいパロール」 ↓ 「他者による理解と反復」 ↓ 「変化したラング」 という循環がある。
ラングがなければ、個人の発話は理解されない。しかし、個人の発話がなければ、ラングは維持も変化もできない。後期構造主義でしばしば切り離されたラングとパロールは、実際のソシュールの思考では、互いを生み出す動的な関係にあった。
記号は固定された部品ではない
自筆草稿が示したもう一つの重要な点は、言語記号が、完成した「音」と完成した「概念」を貼り合わせたものではないということである。
「兄」という語を考えてみる。「あに」という音は、「あね」「おに」などの別の音との違いによって区別される。一方、〈年上の男性きょうだい〉という意味は、「弟」「姉」「父」などの概念との違いによって限定される。
したがって、一つの記号には、少なくとも三つの関係が働いている。 第一に、音のイメージと概念の関係。 第二に、その音とほかの音との差異。 第三に、その概念とほかの概念との差異である。 つまり、言語の中には、最初から固定された意味の部品が並んでいるわけではない。音の差異と意味の差異が、相互に依存しながら一つの記号を作っている。隣接する語の使われ方が変われば、その語自身の価値も変化する。
この意味で、ソシュールの体系は閉鎖された機械ではない。無数の関係が一時的な均衡を作りながら、発話と歴史によって絶えず組み替えられていく体系なのである。
言葉は私たちの世界を形作る
ソシュールの思想が言語学を越えて大きな影響を与えたのは、言葉が単なる伝達手段ではなく、人間が世界を認識するための枠組みでもあることを示したからである。
現実には、光の波長、年齢、感情、健康状態などが連続的に存在している。しかし人間は、そこに言葉によって境界を引く。「赤」と「橙」、「正常」と「異常」、「健康」と「病気」、「子ども」と「大人」の間に、自然界が絶対的な線を引いているとは限らない。 社会は言語を通じて分類を作り、その分類によって現実を理解する。 この考え方は、レヴィ=ストロースの構造人類学、ロラン・バルトの文化記号論、ラカンの精神分析、アルチュセールの思想、さらにはフーコーやデリダの哲学にまで受け継がれた。
服装、広告、神話、家族制度、病気の分類、正常と異常の区別も、記号体系として分析できる。私たちが自然で当然だと思っている区分も、歴史的・社会的な差異の体系によって作られている可能性がある。ソシュールは、そのことを考えるための方法を20世紀に残したのである。
完成した教義ではなく、問い続ける姿勢
ソシュールの偉大さは、すべての問題に最終的な答えを与えたことにあるのではない。
彼の自筆草稿には、消された文章、書き直された概念、未完の章、ためらい、疑問が数多く残っている。ソシュールは、自分の理論を簡単に完成させることができなかった。それは思考力が不足していたからではない。言語という対象が、観察する視点によって姿を変え、個人と社会、静態と歴史、音と意味、体系と発話の間を絶えず動いていることを理解していたからである。
『一般言語学講義』は、ソシュールの思想を世界へ伝えた歴史的名著である。しかし、それだけを「ソシュール本人の完成した教義」とみなすことはできない。 一方、自筆草稿だけを「真のソシュール」として、『講義』を偽物と断定するのも正しくない。刊行版、自筆草稿、複数の学生ノートを照合し、その思考の展開を読み取る必要がある。
そこから現れるのは、冷たい構造を作った思想家ではない。 言葉がなぜ意味をもつのか。 社会に共有された言語と、一人ひとりの発話はどう結びつくのか。 言語は変化しながら、なぜ同じ言語として受け継がれるのか。 人間は言葉によって世界を表しているのか、それとも言葉によって世界そのものを分節しているのか。 これらの問いを、生涯にわたって手放さなかった研究者である。
ソシュールが次世代に伝えた最大の遺産は、「言語とは差異の体系である」という一つの命題だけではない。私たちにとって自明に見える意味や分類を、その背後にある関係、歴史、社会的慣習から捉え直す姿勢である。 言葉は世界を映す透明な鏡ではない。言葉は、人間が世界を理解し、他者と共有し、ときに新しく作り替えるための、動き続ける構造なのである。
参考書籍
1.フェルディナン・ド・ソシュール『新訳 ソシュール 一般言語学講義』町田健訳、研究社、2016年 ソシュールを世界的な思想家にした1916年版『一般言語学講義』の、比較的読みやすい現代語訳です。先に加賀野井の入門書を読んでおくと、「価値」「恣意性」「差異」といった概念を追いやすくなります。
2.フェルディナン・ド・ソシュール『ソシュール 一般言語学講義――コンスタンタンのノート』影浦峡・田中久美子訳、東京大学出版会、2007年 1910–1911年に行われた第3回一般言語学講義を、受講生エミール・コンスタンタンが記録したノートの翻訳です。 1916年版『一般言語学講義』と比較すると、実際の講義順序や、ソシュールの説明の慎重さがよく分かります。完成された教義を語る思想家というより、言語の歴史、社会性、地理的多様性、記号の本質を問いながら理論を組み立てていく教師としての姿が現れます。 町田訳の1916年版と読み比べることで、「編者によって作られたソシュール」と「講義を行っていたソシュール」の違いを具体的に確認できます。版元では現在「品切れ・重版未定」とされているため、図書館または古書で探す必要があります。
3.フェルディナン・ド・ソシュール『「一般言語学」著作集Ⅰ 自筆草稿『言語の科学』』松澤和宏校註・訳、岩波書店、2013年 1996年にソシュール家のオランジュリーから発見された「言語の二重の本質について」を含む自筆草稿の本格的な日本語版です。 ここでは、言語記号が単純な「音と概念の結合」ではなく、音の差異、意味の差異、両者の結合が同時に成立する複雑な関係として論じられています。また、言語変化が具体的な発話や言説から生じること、言語単位は自然に与えられた物体ではないことなど、1916年版では見えにくかった問題意識を確認できます。
4.丸山圭三郎『ソシュールの思想』岩波書店 日本におけるソシュール研究の代表作です。『一般言語学講義』だけでなく、その原資料、神話・伝説研究、アナグラム研究まで視野に入れ、「構造主義の祖」という単純なイメージを越えてソシュールを捉え直しています。 特に重要なのは、ラングとパロールを固定的に二分せず、言語を生成・変化する動的な体系として読み解いている点です。今回のコラムで扱った「固定的・閉鎖的な体系だけを考えていたのではない」という理解を深めるには、最も適した研究書です。
5.加賀野井秀一編『知の教科書 ソシュール』講談社選書メチエ 最初の一冊として最適です。ラング/パロール、シニフィアン/シニフィエ、記号の恣意性、共時態/通時態、差異と価値など、基本概念が平易に説明されています。 言語学だけでなく、構造主義や20世紀思想へ与えた影響も見渡せるため、まずソシュール思想の「地図」を得ることができます。
