次世代に伝えたい偉人伝① 『アラン・コルバン』 〜感性の歴史家〜
次世代に伝えたい偉人伝①
『アラン・コルバン』 〜感性の歴史家〜
『感性の歴史』とは何か?
歴史学が扱ってきたのは、長いあいだ、国家、戦争、革命、制度、経済であった。そこでは、誰が権力を握り、どのような政策を行い、社会構造がどう変化したかが問われる。しかし、歴史上の人間もまた、現代の私たちと同じように、においを嗅ぎ、鐘の音を聞り、海を眺め、暑さや寒さを感じ、欲望や恐怖を抱いて生きていた。
それでは、過去の人々は世界をどのように感じていたのだろうか。 この、一見すると捉えどころのない問いを歴史学の中心に据えたのが、フランスの歴史家アラン・コルバンである。コルバンは、におい、音、風景、静寂、天候、身体、欲望といった、それまで歴史研究の周縁に置かれてきた主題を取り上げ、「感性にも歴史がある」ことを明らかにした。そのため彼は、しばしば「感性の歴史家」と呼ばれている。 コルバンのいう「感性」とは、単なる感覚器官の働きではない。人間の嗅覚や聴覚には生物学的な基盤がある。しかし、何を悪臭と感じ、どの音を心地よいと感じ、どの風景を美しいとみなすかは、時代や社会によって異なっていたのである。 つまり、感覚刺激そのものと、それに与えられる意味とは同じではない。
腐敗物から発生する化学物質は、時代にかかわらず存在する。しかし、そのにおいがどの程度まで許容され、いつから「不潔」「危険」「下品」と判断されるようになったかは、医学知識、衛生観念、階級意識、身体観の影響を受ける。
同じように、海や山がそこに存在していても、それを恐れしい荒野と見るのか、崇高な自然と見るのか、保養と快楽の場所と見るのかは、歴史的に変化する。
感性史とは、感覚の生理学的歴史ではなく、感覚をめぐる注意、意味、価値、表象の歴史なのである。現在ではこの領域は、感覚だけでなく、感情、情動、情熱までを含む歴史研究として発展している。LaVie des idéesによる感性史の概説(参考文献①)
数量的社会史から感性史へ
アラン・コルバンは1936年、フランス北西部ノルマンディー地方に生まれた。カーン大学を卒業して歴史学の教授資格を取得し、トゥール大学を経て、1987年からパリ第一大学で19世紀史を担当した。 研究者としての出発点は、リムーザン地方を対象とした大規模な社会史研究であった。 人口、職業、移動、経済状態など、膨大な数量的史料を用いて地方社会の構造を分析したのである。しかし、統計によって集団の傾向を描くことはできても、そこに生きた個人が何を恐れ、何を望み、周囲の世界をどう感じていたかまでは分からない。
この限界から、コルバンの関心は次第に、数量化しにくい経験へ向かっていった。構造の中に人間を配置するだけでなく、その構造を生きた人間の内側から、過去の世界を捉え直そうとしたのである。
『においの歴史』 〜近代は悪臭を「発明」した
コルバンの代表作『においの歴史 〜嗅覚と社会的想像力』は、18世紀後半から19世紀のフランスにおいて、においに対する感受性がどのように変化したかを分析した研究である。
18世紀以前 of 都市は、糞尿、家畜、汚水、腐敗物など、さまざまなにおいに満ちていた。しかし重要なのは、都市が臭っていたという事実だけではない。そうしたにおいが、いつ、どのような理由によって耐えがたい「悪臭」と認識されるようになったかである。
18世紀半ばになっての医学では、腐敗した空気、すなわち瘴気が病気を引き起こすと考えはじめた。この考えは、都市の換気、下水整備、清掃、消毒などを促進する一方、人々の嗅覚を危険の検知装置へと変えていった。強いにおいは、単に不快なだけでなく、病気、堕落、貧困、社会的混乱の兆候とみなされるようになった。
さらに時は流れ、身体のにおいを抑え、生活空間を脱臭し、香水を繊細に用いることが、文明化された人間の条件とされた。悪臭は貧困層、労働者、娼婦などに結びつけられ、嗅覚は階級を識別する感覚にもなっていく。
ここからコルバンは、近代が悪臭を「発明」したと考える。においは以前から存在したが、感性の変化によって、初めて排除すべき社会問題として意識化されたからである。
💡 コラム情報
[詳しくは、コラム(書評)アラン・コルバン「においの歴史」:感性すら時代により変化することの証明を、参照下さい。]
『浜辺の誕生』 〜風景もまた歴史的つくられる
今日、海辺は開放感、美しさ、休息、自由を象徴する。しかし、ヨーロッパの人々が常に海をそのように眺めていたわけではない。 『浜辺の誕生 海と人間の系譜学』でコルバンが描いたのは、長く恐怖や嫌悪と結びつけられていた浜辺が、18世紀後半以降、保養と快楽の空間へと変化していく過程である。
かつて海は、洪水、難破、怪物、底知れない混沌を想起させる場所だった。海岸は、文明化された陸地と制御不能な海との境界であり、積極的に滞在する場所とは考えられていなかった。
ところが、自然科学、自然神学、医学、文学などの影響によって海の見方が変わる。 海水浴が健康法として推奨され、荒々しい自然に「崇高」を感じる美意識が広がり、やがて海辺の保養地が誕生した。 浜辺を歩き、景色を眺め、波の音を楽しむという身体的習慣も、この過程で形成された。
美しい風景は、自然の中に最初から完成した状態で存在しているのではない。人間が何を見るべきかを学び、その場所に特定の感情を結びつけることで、初めて「風景」が生まれるのである。
『音の風景』 〜鐘がつくった共同体
『音の風景』でコルバンが注目したのは、19世紀フランス農村の教会の鐘である。 時計やスマートフォンのない時代、鐘は祈りの時刻、祭礼、結婚、葬儀、火災、戦争、危険の到来を告げていた。その音が届く範囲は、人々が自分の共同体として感じる領域でもあった。
鐘の響きは、単なる情報伝達手段ではない。誰が亡くなったかによって鐘の打ち方が変わり、音の長さやリズムが、死者の身分や共同体内での位置を表した。鐘は村の記憶であり、宗教的時間と生活時間を結びつける装置だったのである。 だからこそ、鐘を鳴らす権利を誰が持つかは、教会と国家、聖職者と行政、市民と権力との政治的争点にもなった。鐘を支配することは、共同体の時間、秩序、帰属意識を支配することだった。
近代化によって時計の均質な時間が普及すると、鐘が刻んでいた地域固有の時間は衰退していく。コルバンは、失われた音の風景を再構成することで、政治史や制度史だけでは捉えられない共同体の姿を描き出した。
名もなき一人の人間を歴史に戻す
コルバンの方法論を最も鮮明に示すのが、『記録を残さなかった男の歴史』である。 主人公ルイ=フランソワ・ピナゴは、1798年に生まれ、1876年に亡くなったノルマンディー地方の木靴職人である。彼は日記も書簡も残しておらず、政治的、文化的な業績もない。
コルバンは古い戸籍から彼を無作為に選び、この無名の人物の世界を再構成しようとした。
もちろん、ピナゴ本人の内面を直接知ることはできない。そこでコルバンは、村の行政記録、教会史料、徴兵、森林、道路、気象、犯罪、近隣関係などの資料を集め、彼が何を見聞きし、どこまで移動し、どのような情報に接しえたかを慎重に描いていく。 これは、史料の空白を物語で埋める伝記ではない。むしろ「この人物について何が分からないか」を明示しながら、彼にとって可能だった経験の範囲を復元する試みである。一切の痕跡を残さなかった普通の人に、歴史は個人性を与えられるのか。この問いそのものが、従来の社会史に対する挑戦だった。
史料批判と歴史的想像力
感性史には、避けられない困難がある。過去のにおいや音は、そのまま保存されていない。文字史料も、多くは医師、行政官、聖職者、作家など、記録を残せた人々によって作成されている。そこから民衆の感覚や感情を直接読み取ることはできない。
したがってコルバンは、文学、医学書、警察記録、日記、書簡、裁判資料、地方文書などを横断し、一つの史料をそのまま事実として扱うのではなく、それぞれがどのような立場から世界を表象しているかを検討した。 ここで必要になるのが、「歴史的想像力」である。ただし、それは自由な空想ではない。史料によって可能性の範囲を限定し、その範囲内で過去の経験を再構成する、統制された想像力である。 コルバンの仕事は、徹底した史料批判と、過去の人間の視点に接近しようとする想像力の緊張関係の上に成り立っている。
感性史が現代に投げかけるもの
コルバンの歴史学は、現在の私たちが自然だと思っている感覚や感情も、決して自明ではないことを教えてくれる。
清潔さを求める感覚、静寂への不安、自然に癒やしを感じる心性、余暇の過ごし方、身体のにおいに対する羞恥、孤独の捉え方などは、いずれも歴史的に形成されてきた。現代人が騒音や情報過多に疲れ、静寂や自然を求めることも、特定の感性の配置として考えることができる。
これは精神医学にとっても重要な視点である。不安、抑うつ、恐怖、羞恥といった情動には生物学的基盤があるが、その苦痛がどのように意識され、どのような言葉で語られ、正常と異常のどちらに分類されるかは、社会と歴史の影響を受ける。感性史は生物学を否定するのではなく、人間の経験が身体と文化の交点で成立することを示している。
アラン・コルバンが歴史学にもたらした最大の功績は、過去の出来事を増やしたことではない。歴史として問うことのできる領域そのものを拡張したことにある。 歴史とは、何が起きたかを記録するだけの学問ではない。かつての人々にとって、世界がどのように見え、どのように響き、どのように匂い、どのように身体に触れていたかを探究する学問でもある。
私たちが当然のものとして受け取っている感覚を、いったん異質なものとして見直すこと。コルバンにとって、歴史はまさにそこから始まるのである。
著者あとがき
アラン・コルバン『記録を残さなかった男の歴史』は、私が驚きを持って出会えた、数少ない書籍の一つです。桑田禮彰先生に紹介していただいた『においの歴史』や『浜辺の誕生』で、基礎的な感覚すら、社会の構造に依存するのだという事を驚きを持って学んだ私が、しばらくして次に手にしたコルバンの著書でした。 研究対象すらランダムに選択して、何の記録も無いところに、歴史を探る試みには驚きを超えて不思議な感じすらありました。対象が無名という意味では、『モンタイユー』なども同様ですが、エマニュエル・ル・ロワ・ラデュリは、バチカンに残された資料の量と質に目を向けているなど、執筆理由は十分理解出来ます。しかし、『記録を残さなかった男の歴史』には、それが私には一目では見出せませんでした。 科学に形はないのだと、実感させられた書籍でした。
思い出の本なので、少し詳しく説明させていただきます。
アラン・コルバンの『記録を残さなかった男の歴史 ある木靴職人の世界 1798–1876』は、自伝も日記も手紙も残さなかった無名の人物について、どこまで歴史を書くことができるかを試みた異色の著作です。
偶然に選ばれた木靴職人
主人公ルイ=フランソワ・ピナゴは、1798年にフランス西部オルヌ県の農村に生まれ、1876年に亡くなった木靴職人です。政治家でも思想家でもなく、重大な事件や裁判にも関わりませんでした。読み書きができなかったため、自らの言葉もほとんど残していません。 コルバンは、あらかじめピナゴに注目していたのではありません。古文書館で自治体と戸籍簿を無作為に選び、そこに記載されていた長寿の人物として、ピナゴを研究対象にしました。歴史的に重要な人物を選ぶという、通常の伝記の方法を意図的に退けたのです。 史料から判明するのは、ピナゴが森の運搬人の息子として生まれ、身長約166センチで、20歳で結婚し、貧しい生活のなかで多くの子どもを育てたことなどに限られます。彼が何を愛し、何を恐れ、何を考えていたのかは、直接には分かりません。
「本人」ではなく「見えていた世界」を描く
そこでコルバンは、ピナゴの内面を想像で作り上げるのではなく、彼が見聞きできた世界を復元します。戸籍、国勢調査、徴兵名簿、土地台帳、選挙人名簿、森林行政や裁判の記録、地域の方言資料などを組み合わせ、ピナゴを取り巻いていた生活環境を描き出すのです。 ピナゴが暮らしたのは、生垣に囲まれた農地とベレームの森が広がる地域でした。森は木靴を作るための仕事場であると同時に、燃料や食料を得る場所、違法な採取が行われる場所、さらに縁日や社交の空間でもありました。森林の伐採や整備に伴って、彼が眺めた風景も生涯のうちに変化していきました。 ピナゴ一家は、土地や財産をほとんど持たない農村の貧困層に属していました。飢饉や穀物価格の高騰は、ただちに生活を脅かします。それでも人々は、家族、姻戚、職業仲間、隣人との貸し借りや相互扶助によって生き延びていました。争いも正式な裁判より、村長や近隣者を介した話し合いで解決されることが少なくありませんでした。
文盲者にとっての歴史
読み書きのできないピナゴにとって、知識は主として耳から入ってきました。家族の語り、教会の説教、旅籠での噂、縁日の会話、年長者の昔話などが、彼の世界認識を形づくっていたと考えられます。 そのため、ピナゴにとっての歴史は、教科書のように年代順に整理されたものではありません。フランス革命、飢饉、戦争、宗教対立などに関する断片的な物語の集積でした。コルバンはこれを、出来事の順序が崩れた「解体された過去」として描いています。 ピナゴは1815年と1870~71年の二度、外国軍による侵攻を経験しました。本人の証言はありませんが、同じ地方に住んだ人々の日記や書簡から、軍隊の足音、略奪への恐怖、村を飛び交った噂など、彼が知覚した可能性のある戦争の姿が再構成されます。 また、その生涯は、村人が教会を中心とする「教区民」から、国家に属する「国民」へ変化していく時代とも重なります。国民軍への登録や1848年の男子普通選挙を通して、ピナゴも政治制度に組み込まれました。しかし、彼が誰に投票し、何を考えていたかまでは分かりません。
本書が問いかけるもの
本書が復元するのは、ピナゴの心理そのものではありません。明らかになるのは、彼が何を見聞きできたか、どのような情報に接近できたか、何を考えることが可能だったかという「経験の範囲」です。ピナゴ本人は最後まで、周囲の世界によって輪郭を与えられる「見えない中心」にとどまります。 歴史に記録されるのは、権力者、知識人、犯罪者、自ら文章を書けた人々に偏っています。しかし、人類の大多数は、ピナゴのように記録を残さずに生き、死んでいきました。 本書は、「記録されなかった人生は、歴史に存在しなかったことになるのか」と問いかけます。ピナゴを完全に取り戻すことはできません。それでも彼を取り巻く風景、言葉、仕事、貧困、信仰、家族、戦争を描くことで、匿名の「農民」や「貧民」ではなく、固有名を持つ一人の人間として歴史のなかに呼び戻すことはできます。
その意味で本書は、ある男の伝記というより、一人の無名人に世界がどのように開かれていたかを描いた感性の歴史なのです。
■ 参考文献
- ①Corbin, Alain et Hervé Mazurel, “Histoire des sensibilités,” La Vie des idées, 21 septembre 2022.
■ 参考書籍
- 1.アラン・コルバン 『においの歴史 嗅覚と社会的想像力』 山田登世子・鹿島茂訳、藤原書店、1990年
- 2.アラン・コルバン 『浜辺の誕生 海と人間の系譜学』 福井和美訳、藤原書店、1992年
- 3.アラン・コルバン 『音の風景』 小倉孝誠訳、藤原書店、1997年
- 4.アラン・コルバン 『記録を残さなかった男の歴史 ある木靴職人の世界 1798–1876』 渡辺響子訳、藤原書店、1999年
- 5.アラン・コルバン 『感性の歴史家 アラン・コルバン』 小倉和子訳、藤原書店、2001年
- 6.小倉孝誠 『アラン・コルバン――感性と表象の歴史学』 水声社、2026年
