抗うつ薬を使った疼痛治療の効果とエビデンス〜三環系抗うつ薬とSNRIを中心に〜

抗うつ薬は「気分を上げる薬」だけではない

1. 抗うつ薬は、うつ病や不安症の治療薬として理解されることが多い。しかし臨床実践では、抗うつ薬は慢性疼痛、とくに神経障害性疼痛、線維筋痛症、慢性腰痛症、変形性関節症に伴う疼痛などに対しても用いられてきた。ここで重要なのは、抗うつ薬による鎮痛効果は、単に「抑うつが改善した結果、痛みの訴えが軽くなる」という二次的効果だけでは説明できない点である。

実際、抗うつ薬の鎮痛作用は、脊髄後角における痛覚伝達の抑制、下降性疼痛抑制系の賦活、ノルアドレナリン・セロトニン系の調節、さらにはNaチャネルやNMDA受容体などへの作用を含む、独自の神経薬理学的基盤を持つ。特に慢性疼痛では、末梢組織の損傷のみならず、脊髄・脳内で痛みが増幅される「中枢性感作」が関与するため、中枢神経系に作用する抗うつ薬が治療的意味を持つ。

現在のエビデンスを概観すると、抗うつ薬すべてが慢性疼痛に有効というわけではない。むしろ有効性が比較的明確なのは、三環系抗うつ薬、いわゆるTCAと、セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬、すなわちSNRIに限られる。なかでもデュロキセチンは、慢性疼痛領域で最も安定したエビデンスを持つ抗うつ薬の一つと評価されている。2023年のCochraneレビューでは、疼痛治療に用いられる抗うつ薬の中で、デュロキセチンが最も一貫した有効性を示す薬剤として整理されている。

2. 疼痛制御の神経科学――下降性疼痛抑制系という視点

疼痛は、末梢から脳へ一方向に伝わる単純な信号ではない。末梢の侵害受容器から入った痛覚信号は、脊髄後角で二次ニューロンに伝達され、その後、視床や大脳皮質、辺縁系へと送られる。この過程で痛みは増幅もされれば、抑制もされる。

慢性疼痛で重要なのは、脊髄後角における痛覚入力の過剰興奮である。神経障害性疼痛では、神経損傷後に一次求心性線維の異所性発火、脊髄後角ニューロンの過敏化、抑制性介在ニューロンの機能低下などが起こり、通常なら痛みと感じない刺激が痛みになるアロディニアや、軽い刺激が強い痛みとして感じられる痛覚過敏が生じる。

この過剰な痛覚伝達を抑える仕組みが、下降性疼痛抑制系である。中脳水道周囲灰白質、延髄吻側腹内側部、青斑核などから脊髄後角へ投射する神経系が、痛みの入力を上位中枢から調節している。ここで中心的な役割を果たすのが、ノルアドレナリン作動性下行路である。ノルアドレナリンは脊髄後角のα2アドレナリン受容体を介して、一次求心性線維からのグルタミン酸やサブスタンスPの放出を抑制し、さらに後角ニューロンの発火性を低下させる。抗うつ薬の鎮痛機序に関するレビューでも、神経障害性疼痛における鎮痛作用の中核として、脊髄内ノルアドレナリン増加とα2アドレナリン受容体を介した抑制が挙げられている。

この点が、SSRIとSNRI、あるいはTCAの差を理解する鍵になる。SSRIは主としてセロトニン系を増強するが、SNRIとTCAはセロトニンに加えてノルアドレナリン系を増強する。疼痛治療においては、このノルアドレナリン成分がとくに重要である。

3. SSRIの位置づけ――疼痛への直接効果は限定的

SSRIは不安、抑うつ、疼痛への注意バイアス、痛みに伴う情動的苦痛を軽減する可能性がある。そのため、慢性疼痛患者に併存するうつ病や不安症の治療薬としては十分に意義がある。しかし、疼痛そのものに対する鎮痛薬として見ると、SSRIのエビデンスは一貫しない

その理由の一つは、セロトニン系の疼痛調節作用が単純ではないことである。セロトニンは下行性疼痛抑制に関与する一方で、受容体サブタイプによっては疼痛促進的に働く。たとえば5-HT3受容体を介した脊髄後角の興奮性増強は、神経障害性疼痛における下降性促通系に関与しうる。したがって、セロトニンだけを増強しても、常に鎮痛方向に働くとは限らない。

近年の包括的レビューでも、慢性疼痛に対する抗うつ薬全体のエビデンスは慎重に評価されており、SSRIについては疼痛治療薬としての根拠が乏しい、あるいは不確実とされることが多い。一方、SNRI、とくにデュロキセチンについては、神経障害性疼痛、線維筋痛症、筋骨格系疼痛などで比較的一貫した有効性が示されている。

4. SNRI――現代的エビデンスが最も整った抗うつ薬系鎮痛薬

SNRIの代表は、デュロキセチン、ベンラファキシン、ミルナシプランである。このうち疼痛領域で最もエビデンスが整っているのはデュロキセチンである。

デュロキセチンは、セロトニンとノルアドレナリンの再取り込みを阻害し、下降性疼痛抑制系を増強する。日本においても、デュロキセチンはうつ病・うつ状態に加え、糖尿病性神経障害に伴う疼痛、線維筋痛症に伴う疼痛、慢性腰痛症に伴う疼痛、変形性関節症に伴う疼痛に対して効能・効果を有している。PMDA関連資料でも、デュロキセチンは脳および脊髄の下行性疼痛抑制系に関与するセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害を通じて鎮痛効果を示すと説明されている。

臨床的には、SNRIは「痛みとうつ」「痛みと不安」「痛みと疲労」が重なる症例で使いやすい。慢性疼痛患者では、疼痛、睡眠障害、抑うつ、不安、活動性低下が悪循環を形成することが少なくない。デュロキセチンは、この悪循環のうち、疼痛と情動症状の双方に作用しうる点で有用である。

ただし、SNRIにも注意点はある。悪心、口渇、発汗、不眠、血圧上昇、離脱症状などが問題になることがある。ベンラファキシンでは用量依存的にノルアドレナリン作用が強まるため、高血圧や頻脈、不眠がある患者では慎重な観察が必要である。デュロキセチンも肝機能障害、腎機能障害、相互作用には注意を要する。

5. 三環系抗うつ薬――古典的だが強力な鎮痛薬

三環系抗うつ薬(TCA)、特にアミトリプチリン、ノルトリプチリン、イミプラミン、クロミプラミンは、古くから神経障害性疼痛に用いられてきた。NICEの神経障害性疼痛ガイドラインでは、三叉神経痛を除く神経障害性疼痛に対し、アミトリプチリン、デュロキセチン、ガバペンチン、プレガバリンのいずれかを初期治療として選択することが推奨されている。つまり、TCAは現在でも神経障害性疼痛治療の第一選択群に位置づけられている。

TCAの鎮痛作用は、SNRIと同じくセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害を介した下降性疼痛抑制系の増強による。しかし、TCAはそれだけではない。Naチャネル遮断、NMDA受容体調節、抗ヒスタミン作用、抗コリン作用など、多彩な薬理作用を持つ。この「薬理学的な広さ」は、副作用の原因であると同時に、疼痛への強い作用の一因でもある。

とくにNaチャネル遮断作用は、神経障害性疼痛における異所性発火や神経過敏性の抑制に関与する可能性がある。三環系抗うつ薬による末梢神経Naチャネル遮断が抗痛覚過敏作用に寄与しうることは、基礎研究でも指摘されている。

このため、TCAは「古い抗うつ薬」ではあるが、「古いので劣る薬」ではない。むしろ神経障害性疼痛に対する鎮痛ポテンシャルだけを見れば、SNRIと同等、場合によってはそれ以上に強い印象を持つこともある。

6. TCAとSNRIの比較――効果のTCA、使いやすさのSNRI

TCAとSNRIを比較する際には、「鎮痛効果」と「臨床での使いやすさ」を分けて考える必要がある。

神経障害性疼痛では、TCAは非常に有力である。特に夜間痛、不眠、灼熱痛、アロディニアを伴う症例では、低用量アミトリプチリンが奏功することがある。抗ヒスタミン作用による睡眠改善も、疼痛閾値の回復に寄与しうる。慢性疼痛患者では、睡眠の質の低下が痛覚過敏を増悪させるため、睡眠を改善する薬剤が結果として鎮痛に寄与することは臨床的に少なくない。

一方で、SNRI、とくにデュロキセチンは、現代的なRCTやメタ解析で評価されている疼痛疾患の幅が広い。糖尿病性神経障害性疼痛、線維筋痛症、慢性腰痛症、変形性関節症に伴う疼痛など、より一般診療で遭遇しやすい慢性疼痛に対して使いやすい。2023年のBMJの包括的レビューでは、抗うつ薬の疼痛治療全体について慎重な評価がなされる一方、SNRI、とくにデュロキセチンについては複数の疼痛条件で有効性を示すエビデンスがあると整理されている。

したがって、単純化すれば、TCAは「鎮痛ポテンシャルの高い薬」、SNRIは「疼痛・抑うつ・不安・活動性低下を総合的に扱いやすい薬」といえる。

7. TCAの制約――副作用と安全性

TCA最大の問題は副作用である。抗コリン作用による口渇、便秘、尿閉、眼圧上昇、認知機能低下、抗ヒスタミン作用による眠気や体重増加、α1遮断による起立性低血圧、さらに心伝導障害やQT延長、過量服薬時の致死性が問題となる。

特に高齢者では、便秘、尿閉、せん妄、転倒、認知機能低下のリスクを慎重に評価する必要がある。前立腺肥大、緑内障、不整脈、虚血性心疾患、自殺リスクがある症例では、TCAは使いにくい。鎮痛効果が期待できるとしても、患者背景によってはSNRIやガバペンチノイド、非薬物療法を優先すべき場合がある。

この意味で、TCAは「効くが使いにくい薬」であり、SNRIは「効果と安全性のバランスが比較的取りやすい薬」である。もっとも、SNRIも万能ではなく、悪心、不眠、発汗、血圧上昇、離脱症状などを念頭に置く必要がある。特に疼痛患者では長期投与になりやすいため、開始時だけでなく、継続時・減量時のマネジメントも重要である。

8. どの疼痛に抗うつ薬を使うべきか

抗うつ薬が最も適するのは、神経障害性疼痛や中枢性感作を伴う慢性疼痛である。糖尿病性神経障害、帯状疱疹後神経痛、末梢神経障害性疼痛では、TCAとSNRIの双方が選択肢になる。線維筋痛症や慢性腰痛症、変形性関節症に伴う疼痛では、デュロキセチンのエビデンスと国内適応が臨床上の利点となる。

一方、急性炎症性疼痛や明らかな器質的損傷による疼痛では、抗うつ薬は第一選択にはなりにくい。抗うつ薬はNSAIDsやアセトアミノフェンの代替薬ではなく、「痛みの神経調節異常」に介入する薬剤である。したがって、疼痛の性質を評価せずに漫然と投与することは避けるべきである。

診察では、痛みの部位、性質、持続時間、アロディニアの有無、しびれ・灼熱感・電撃痛の有無、睡眠障害、抑うつ、不安、活動性低下、服薬アドヒアランス、自殺リスクを確認する必要がある。抗うつ薬による疼痛治療は、単なる「痛み止めの追加」ではなく、痛みを神経系・心理社会的要因・睡眠・情動のネットワークとして捉える治療である。

9. 実践的な使い分け

実臨床では、以下のような整理が有用である。

若年から中年で、神経障害性疼痛が明確であり、不眠や夜間痛が強く、心疾患や抗コリン性副作用のリスクが低い症例では、低用量TCAが有効な選択肢となる。特にアミトリプチリンは、鎮痛と睡眠改善を同時に狙える。一方、高齢者、便秘・尿閉・認知機能低下・転倒リスクがある患者、心血管リスクがある患者では、TCAは慎重に扱うべきである。この場合、デュロキセチンなどSNRIの方が現実的であることが多い。

また、抑うつ、不安、疲労、活動性低下を伴う慢性疼痛では、SNRIが適している。疼痛と情動症状が相互に悪化させ合っている症例では、SNRIによって疼痛と精神症状の双方に介入できる可能性がある。

SSRIは、疼痛そのものを標的にする薬剤としては第一選択になりにくい。ただし、疼痛に併存する不安症やうつ病を主標的にする場合には有用であり、疼痛治療の周辺症状を整える薬剤として位置づけるのが妥当である。

10. おわりに――抗うつ薬による疼痛治療は「適応疾患」ではなく「疼痛機序」で考える

抗うつ薬による疼痛治療を考える際には、「うつ病があるから使う」「痛みがあるから使う」という単純な発想では不十分である。重要なのは、その痛みがどの程度、神経障害性疼痛、中枢性感作、下降性疼痛抑制系の機能低下、睡眠障害、情動症状と結びついているかを評価することである。

TCAは、神経障害性疼痛に対する古典的かつ強力な選択肢である。ただし、副作用と安全性の問題から、患者選択が重要である。SNRI、とくにデュロキセチンは、疼痛領域で現代的エビデンスが比較的整っており、慢性疼痛に抑うつ・不安・疲労・活動性低下が重なる症例で有用性が高い。

一言でまとめれば、TCAは「鎮痛効果の切れ味」、SNRIは「エビデンスと使いやすさのバランス」に特徴がある。抗うつ薬を疼痛治療に用いる際には、薬剤名ではなく、疼痛の病態、患者背景、副作用リスク、治療目標を総合的に判断することが求められる。抗うつ薬は、慢性疼痛を「末梢の痛み」だけでなく、「中枢神経系によって調節される痛み」として理解するための、重要な治療選択肢である。