大気組成の歴史 〜地球環境と生命がたどった46億年

大気組成の歴史 〜地球環境と生命がたどった46億年

窒素がもたらした、安定した環境

1.いま吸っている空気にも歴史がある

私たちは毎日、空気を吸って生きています。その空気は、水蒸気を除けば約78%が窒素、約21%が酸素で、アルゴンや二酸化炭素などが残りを占めます。 しかし、この組成は地球が生まれたときから続いているものではありません。地球史の前半には、人間が呼吸できるほどの酸素は、ほとんど存在しませんでした。

大気は、地球内部、海、岩石、生命との間で物質をやり取りしながら変わってきました。宇宙へ逃げた気体もあれば、海や岩石に取り込まれた成分もあります。現在の空気は、そうした変化が約46億年にわたって積み重なった結果です。[1]

太古の大気を調べるには、岩石に残された鉄の酸化状態や、硫黄などの同位体の特徴を手がかりにします。現在の空気を測るようにはいきませんが、異なる証拠を組み合わせることで、失われた大気の姿を復元できるのです。

2.最初の大気 〜宇宙から受け取り、宇宙へ失う

地球は、若い太陽の周囲にあった塵や小天体が衝突し、合体することで形成されました。 その途中で、周囲に存在した水素やヘリウムに富むガスを取り込み、一時的な大気を持ったと考えられています。地球深部のネオン同位体には、太陽系初期のガスを取り込んだ痕跡が残っています。

しかし、水素やヘリウムのように軽い気体は、宇宙へ逃げやすい性質があります。若い太陽からの強い高エネルギー放射は大気を加熱し、気体の流出を促しました。巨大な天体の衝突も、大気を失わせる要因になりました。

こうして、最初に取り込んだ大気の多くは失われたと考えられます。 もっとも、地球は大気をすべて失ってから次の大気を得た、という単純な順序で変化したわけではありません。気体の獲得、放出、喪失は、地球の成長とともに重なり合って進みました。[2,3]

3.マグマから生まれた大気

形成途中の地球では、天体衝突や内部の熱によって岩石が溶け、広大な「マグマの海」が存在したと考えられています。溶けた岩石や、地球を作った物質に含まれていた揮発性成分は、気体として地表へ放出されました。この過程を「脱ガス」と呼びます。 主な候補は、水蒸気、二酸化炭素、窒素などです。ただし、マグマの化学状態によっては、水素や一酸化炭素も重要になります。初期大気を一つの固定した組成で描くことはできません。

かつては、メタンやアンモニアに富む大気が、生命誕生の舞台として広く想定されました。現在では、そうした大気が地球全体を長期間覆っていたと断定することはできず、二酸化炭素と窒素に富む大気も有力な候補です。(注1) この時代に「酸素が乏しい」というのは、呼吸に使える酸素分子が乏しいという意味です。水や二酸化炭素の中には、すでに大量の酸素原子が存在していました。[4]

(注1) この記述は、「生命の材料を作れる条件」と「実際の初期地球の大気組成」は違うと言う意味です。 1953年のミラーの実験では、メタン・アンモニア・水素・水蒸気の混合気体に放電すると、アミノ酸が生成されました。これは、生命の材料が非生物的に作られることを示した重要な実験です。ただし、当時の地球が実際にその組成だったことを証明した実験ではありません。 その後、次のような証拠が得られています。 一方、メタンやアンモニアに富む大気が存在した可能性は残っています。 例えば、巨大天体の衝突後、天体に含まれる金属鉄が水と反応して水素を生み、条件によってメタンやアンモニアも増えるというモデルがあります。 したがって、初期地球の大気は、時期によって大きく変化した可能性があります。

4.海と岩石が大気を作り替える

地表が冷えていくと、水蒸気が凝結して雨となり、液体の水が地表に蓄積しました。大気を構成していた水の多くが海へ移ることで、大気組成は大きく変化します。約44億年前のジルコンという鉱物の分析は、地球のごく初期から液体の水が存在した可能性を示しています。ただし、海が成立した正確な時期や広がりは、まだ確定していません。[5]

海の形成は、水が地球から失われることではありませんでした。大気から海へと、存在する場所と状態が変わったのです。その後も蒸発と雨による循環は続き、大気中の水蒸気量は、気温や場所によって大きく変わるようになりました。

海の形成は、二酸化炭素の運命も変えました。 二酸化炭素は水に溶けるだけでなく、水と岩石の反応を通じて、石灰岩などの炭酸塩へ取り込まれます。二酸化炭素を含む水がケイ酸塩岩石を風化させ、溶け出したカルシウムなどが海で炭酸塩を形成する。この一連の過程が、二酸化炭素を長期的に減らします。 一方、火山活動や地下での岩石の変化は、二酸化炭素を再び地表へ戻します。 そのため、大気中の二酸化炭素は、単調に減り続けたわけではありません。気候や地殻活動によって、取り除かれる速さと供給される速さが変わり、濃度も増減しました。大気の歴史を理解するには、空だけでなく、海底や地球内部まで見る必要があるのです。[6]

5.酸素の乏しい世界で生命が活動する

約40億〜25億年前の太古代には、窒素と二酸化炭素が大気の重要な成分だったと考えられます。 メタンも気候に影響した可能性があります。当時の太陽は現在より暗かったため、二酸化炭素やメタンの温室効果は、地表に液体の水を保つうえで重要でした。

初期の生命は、酸素に依存しない仕組みでエネルギーを得ていました。なかには、代謝によってメタンを作り、大気へ送り出す微生物もいました。生命は誕生後、地球環境の影響を受けると同時に、その環境を変える存在になったのです。[7]

やがて、シアノバクテリアの系統で、水を利用して酸素を発生させる光合成が成立しました。 光のエネルギーを使い、二酸化炭素から有機物を作る際に、水から取り出した電子を利用し、酸素を放出します。放出される酸素の原子は、二酸化炭素ではなく水に由来します。この仕組みが成立した正確な時期は不明ですが、後の大気の酸素化に先立って存在していました。[8]

6.大酸化イベント 〜酸素はなぜ、すぐに増えなかったのか

酸素を生む光合成が始まっても、大気はすぐには酸素に満たされませんでした。 海水中に溶けていた鉄や、火山から放出される還元性の気体などが酸素と反応し、消費していたからです。酸素が作られることと、酸素が蓄積することは、別の問題でした。 さらに、光合成で作られた有機物が、呼吸や分解によってすべて二酸化炭素へ戻れば、それに対応する酸素も消費されます。酸素を長期的に残すには、有機物の一部が海底などに埋まり、酸化されずに保存されることが重要です。酸素の蓄積を考えるときには、生命の生産量とともに、炭素がどれだけ地下へ保存されたかを見る必要があります。

約24億年前ごろから、大気中に酸素が持続的に蓄積するようになりました。 これが「大酸化イベント」です。生物に必要な栄養塩の供給、有機物の埋没、酸素を消費する物質の供給などが変わり、酸素の収支が転換したと考えられています。引き金となった原因については、現在も議論が続いています。[8,9] 酸素を消費する反応は、その後も続きました。地球内部からは新たな気体が供給され、地表では岩石や有機物の酸化が進みます。そのなかで酸素が蓄積するかどうかは、供給と消費の差によって決まります。大気は絶えず物質が出入りする場なのです。

この変化は、生命に新しい可能性を開きました。 酸素を利用する呼吸は、有機物から効率よくエネルギーを取り出せます。一方で、酸素は反応性が高く、それに対応する仕組みを持たない生物には有害でもあります。大気の変化は、生命にとって機会であると同時に、適応を迫る環境変化でもあったのです。

上空では、酸素に紫外線が作用してオゾンが作られます。 オゾンは有害な紫外線の一部を吸収するため、酸素の増加は地表に届く光の条件も変えました。こうした変化も、後に生命が陸上へ進出するための環境を整えていきました。

7.森林の拡大と、酸素の多かった時代

大酸化イベントが起きたからといって、酸素濃度が現在の約21%へ一気に上がったわけではありません。その後も十数億年以上、現在より低い酸素濃度の時代が続いたと考えられています。岩石や気体との反応が酸素を消費し、その供給と消費が低い濃度で釣り合っていたのです。海の深部には、酸素の乏しい場所が広く残っていました。[10] その後、酸素化は変動を伴いながら進み、約4億数千万年前以降には、陸上植物の拡大が炭素循環を変えていきます。植物は光合成を行うだけでなく、根や土壌を通じて岩石の風化にも影響しました。

約3億年前前後には、広大な森林や湿地で植物遺体が堆積し、その一部が後の石炭になりました。 このことで、炭素が地下に保存される一方、対応する酸素は大気に残りやすくなります。この時期の酸素濃度は、25〜30%程度、モデルによってはそれ以上だったと推定されています。正確な最高値には幅がありますが、酸素が現在より多い時代があったことは有力です。その後も、埋没や酸化、地殻活動の変化によって酸素濃度は上下しました。[11]

8.窒素とアルゴンは、なぜ空気に多いのか

酸素が大きく変化する一方、窒素は大気の主要成分であり続けてきました。 窒素分子は二つの原子が強い三重結合で結ばれ、通常の条件では反応しにくい気体です。水のように地表で凝結せず、二酸化炭素のように炭酸塩へ固定されることもありません。このため、水や二酸化炭素が大気から取り除かれると、窒素の相対的な割合が高まります。 ただし、窒素も生物による固定や脱窒、岩石や地球内部との交換を通じて循環しており、総量がずっと一定だったわけではありません。

三番目に多いアルゴンには、さらに異なる由来があります。 大気中のアルゴンの大部分は、岩石中の放射性同位体カリウム40の崩壊で生まれたアルゴン40です。地下で作られ、地表へ放出されて蓄積しました。空気には、生命活動だけでなく、地球内部の放射性崩壊の歴史も刻まれています。[12,13]

9.人間が動かし始めた炭素の循環

近代になると、人間活動が大気組成を変える大きな要因として加わりました。 二酸化炭素濃度は、産業革命前の約280ppmから、2024年の世界平均では422.8ppmへ増えています。ppmは百万分の一を表す単位で、422.8ppmは約0.0423%です。大気全体では微量でも、二酸化炭素には赤外線を吸収する性質があるため、その増加は気候に大きく影響します。[14]

石炭や石油、天然ガスを燃やすことは、地球が長い時間をかけて地下に保存した炭素を、短期間で大気へ戻すことでもあります。かつて海や森林、地殻活動によって進んだ物質の移動を、私たちは別の速度で動かしています。

一呼吸の空気には、宇宙から受け取った物質、マグマが放出した気体、海と岩石の反応、微生物や森林の活動がつながっています。 そして今、私たち自身の活動も、その長い歴史の続きを書き加えているのです。

著者あとがき 〜窒素という、目立たない生命の支え

1.酸素の陰に隠れていたもの

地球の大気と生命の歴史を考えると、どうしても酸素に目が向きます。光合成によって酸素が増え、酸素を使う呼吸が広がり、やがて大型で活動性の高い生物が現れました。しかし、現在の空気の約八割を占めるのは窒素です。この目立たない気体も、生命と深く結びついています。

大気中の窒素が反応しにくいのは、二つの窒素原子が強い三重結合で結ばれ、窒素分子として存在しているためです。窒素という元素が、どのような形でも反応しにくいわけではありません。アンモニアや硝酸、タンパク質の中に入れば、その性質や役割は大きく変わります。生命との関係を考えるには、元素の名前だけでなく、「どのような形で存在するか」に目を向ける必要があります。[12]

2.空気の中にある、生命の材料

窒素は、タンパク質を作るアミノ酸や、DNA・RNAの塩基、エネルギーの受け渡しに使うATPなどに含まれています。生命が体を作り、情報を受け継ぎ、活動するために欠かせない元素です。

ところが、私たちの体は、吸い込んだ窒素分子をそのまま材料として使えません。 体を構成する窒素は、主に食物から得ています。植物も一般に、大気中の窒素をそのまま使うことはできず、アンモニウムイオンや硝酸イオンなど、利用できる形になった窒素を取り込みます。 この隔たりを埋めてきたのが、根粒菌や一部のシアノバクテリアなどによる「窒素固定」です。 これらの微生物は、窒素分子をアンモニアへ変え、生命の材料になる窒素を供給します。マメ科植物と根粒菌の共生は、その代表例です。[15]

私たちの体を作る窒素の循環にも、こうした微生物の働きが深く関わっています。人間の生命が、目に見えない生物の活動に支えられていることを、窒素の循環は具体的に教えてくれます。

3.豊富なのに、そのままでは使えない

大気中には大量の窒素があります。それでも、土壌や海では、生物が利用できる窒素が不足します。この一見奇妙な状況は、窒素分子の安定性から生まれます。

窒素固定には、多くのエネルギーが必要です。 代表的な窒素固定酵素であるニトロゲナーゼでは、窒素一分子をアンモニアへ変えるために、少なくとも16分子のATPを消費します。さらに、この酵素は酸素に弱いため、微生物には酸素から酵素を守る仕組みも必要になります。[15,16] そのため、利用可能な窒素の供給には限りがあり、植物や植物プランクトンの増殖、さらに食物網全体の生産量にも影響します。もちろん、リンや鉄、光などが不足すれば、そちらが制約になる場合もあります。

資源が豊富に存在することと、それを利用できることは別です。 窒素の総量だけを見ていては、生命が直面する制約を理解できません。利用できる形へ変換する能力と、そのためのエネルギーがあって、初めて資源は生命の活動に結びつきます。

4.反応しにくい気体が支える環境

窒素は、気体としても生命の環境に関わります。 酸素と混ざることで、同じ全気圧の酸素に富む大気に比べ、燃焼が進みにくくなります。酸素の影響を考える際には、その割合と全気圧の両方、すなわち酸素分圧を見ることが重要です。(注2)窒素は酸素の量を一定に調整するわけではありませんが、反応しにくい気体として、大気の性質を左右しています。[17]

また、窒素は大気圧を支える主要成分であり、水の沸騰条件や大気の熱輸送にも関わります。窒素分子自体の直接的な温室効果は小さいものの、分子同士の衝突を通じて、二酸化炭素などが赤外線を吸収する波長の範囲を広げる作用もあります。気候への影響は、大気の組成や圧力などの条件によって変わります。[18]

現在の窒素の割合は、地球がたどった歴史の結果です。生命は、その環境のもとで進化し、同時に窒素の循環にも関わってきました。

(注2) 酸素の絶対量が増えなくても、窒素が減れば、一般に火は燃え広がりやすくなります。 酸素の割合が上がることではなく、窒素が担う「燃焼熱を吸収する役割」が失われることが重要です。 窒素は通常の燃焼ではほとんど反応しませんが、炎の中で熱せられ、燃焼で生じた熱の一部を受け取っています。窒素が少なくなると、同じ量の酸素で燃えても、周囲の窒素を温めるために使われる熱が減るため、炎の温度が高くなりやすくなります。その結果、隣の可燃物も加熱され、着火・延焼しやすくなる方向に働きます。

5.量と形、そして循環を考える

生物に取り込まれた窒素の一部は、微生物による脱窒などを経て、再び窒素分子へ戻ります。大気は、生物が使う窒素の供給源であるとともに、その窒素を受け入れる貯蔵庫でもあります。

近代の人間は、工業的に窒素を固定し、肥料として農業に利用するようになりました。 これは、安定した大気中の窒素を、生命が使える形へ変換する技術です。その供給は食料生産を支える一方、過剰になれば、河川や海の富栄養化を引き起こします。増えすぎた藻類が分解される際に酸素が消費され、水中の生物が暮らしにくくなることもあります。[19]

同じ窒素でも、大気中の窒素分子と、肥料に含まれる利用可能な窒素では、生命への作用が異なります。大切なのは、何が、どこに、どのような形で存在し、どの速さで移動するかという視点です。

私には、窒素のあり方が、生命と環境の関係をよく示しているように思えます。 生命を支える条件は、目立つ一つの物質だけでは決まりません。反応しにくい気体が広く存在し、微生物がその一部を利用可能な形へ変え、生物の体や土壌、海を巡っていく。私たちが何気なく吸う空気は、そうした地球規模の営みとつながっています。


参考資料

  1. NASA. The Atmosphere: Getting a Handle on Carbon Dioxide.
  2. Capture of nebular gases during Earth’s accretion is preserved in deep-mantle neon. Nature, 2019.
  3. Earth shaped by primordial H₂ atmospheres. Nature, 2023.
  4. Redox state of Earth’s magma ocean and its Venus-like early atmosphere. Science Advances, 2020.
  5. Evidence from detrital zircons for the existence of continental crust and oceans on the Earth 4.4 Gyr ago. Nature, 2001.
  6. Constraining the climate and ocean pH of the early Earth with a geological carbon cycle model. PNAS, 2018.
  7. Co-evolution of primitive methane-cycling ecosystems and early Earth’s atmosphere and climate. Nature Communications, 2020.
  8. The Great Oxygenation Event as a consequence of ecological dynamics modulated by planetary change. Nature Communications, 2021.
  9. Marine phosphorus and atmospheric oxygen were coupled during the Great Oxidation Event. Nature Communications, 2025.
  10. Atmospheric oxygen regulation at low Proterozoic levels by incomplete oxidative weathering of sedimentary organic carbon. Nature Communications, 2017.
  11. Stepwise oxygenation of the Paleozoic atmosphere. Nature Communications, 2018.
  12. Early planetesimal differentiation and late accretion shaped Earth’s nitrogen budget. Nature Communications, 2024;Photoselective isotope fractionation dynamics of N₂ with cosmo and atmospheric chemistry perspectives, 2025.
  13. UCAR Center for Science Education. Argon.
  14. NOAA Global Monitoring Laboratory. Annual Greenhouse Gas Index(2024年の観測値).
  15. The intertwined metabolism during symbiotic nitrogen fixation elucidated by metabolic modelling. Scientific Reports, 2018.
  16. A colorimetric method to measure in vitro nitrogenase functionality for engineering nitrogen fixation. Scientific Reports, 2022.
  17. NOAA. The Atmosphere.
  18. Nitrogen-enhanced greenhouse warming on early Earth. Nature Geoscience, 2009.
  19. NOAA. What is nutrient pollution?.