モノアミン以外の脳内伝達物質:① グルタミン酸とGABA
モノアミン以外の脳内伝達物質:① グルタミン酸とGABA
脳を動かす興奮と抑制 〜グルタミン酸とGABAの働き
私たちがものを見て、考え、記憶し、感情を抱くとき、脳内では膨大な数の神経細胞が電気信号をやり取りしている。しかし、すべての神経細胞が一斉に活動すればよいわけではない。必要な細胞だけが適切な強さとタイミングで活動し、不要な活動は抑えられなければ、意味のある情報処理は成立しない。この「活動を起こす働き」と「活動を整える働き」の中心にあるのが、グルタミン酸とGABA(γ-アミノ酪酸)である。
一般に、グルタミン酸は脳を興奮させる神経伝達物質、GABAは脳を抑制する神経伝達物質と説明される。 自動車にたとえれば、グルタミン酸がアクセル、GABAがブレーキということになる。ただし、実際の脳では両者は単純に対立しているのではない。アクセルとブレーキを巧みに組み合わせることによって、脳は情報を伝え、選び、記憶し、状況に応じて回路を作り変えている。
情報を伝え、学習を可能にするグルタミン酸
グルタミン酸は、哺乳類の脳における代表的な興奮性神経伝達物質である。大脳皮質の主要な神経細胞である錐体細胞や、視床から大脳皮質へ感覚情報を伝える神経細胞など、多くの情報伝達経路がグルタミン酸を利用している。 神経細胞の軸索末端に電気信号が到達すると、グルタミン酸がシナプス間隙へ放出される。放出されたグルタミン酸は、次の神経細胞の受容体に結合し、その細胞を発火しやすい方向へ変化させる。グルタミン酸受容体にはいくつかの種類があり、それぞれ異なる時間尺度で働いている。
AMPA受容体は、速い情報伝達の中心を担う。 グルタミン酸が結合するとイオンの通路が開き、主としてナトリウムイオンが細胞内へ流入する。その結果、細胞膜の電位が変化し、神経細胞は次の電気信号を発生しやすくなる。私たちが一瞬ごとに感覚を受け取り、判断し、運動を起こせるのは、このような速いグルタミン酸伝達によるところが大きい。
NMDA受容体は、情報を伝えるだけでなく、神経回路を作り変える働きに深く関与する。 NMDA受容体が十分に開くためには、グルタミン酸が結合するだけでなく、シナプス後の細胞もある程度興奮していなければならない。そのため、この受容体は「信号を送る細胞と受け取る細胞が同時に活動した」ことを検出する装置として働く。 NMDA受容体が開くと、カルシウムイオンが細胞内へ流入し、さまざまな細胞内反応が始まる。その結果、シナプスが以前より信号を伝えやすくなる長期増強や、逆に伝えにくくなる長期抑圧が起こる。これらは学習と記憶を支える代表的なシナプス可塑性である。グルタミン酸は、現在の情報を運ぶだけでなく、過去の経験に応じて将来の情報処理の仕方を変える物質なのである。
代謝型グルタミン酸受容体と呼ばれる受容体群は、細胞内の情報伝達系を介して、神経伝達物質の放出量や神経細胞の反応性をゆっくり調節する。 したがって、グルタミン酸の作用は単純な「興奮」にとどまらず、短時間の情報伝達から長期的な回路形成まで、広い範囲に及んでいる。
神経活動を止めるのではなく、整えるGABA
GABAは、成熟した脳における主要な抑制性神経伝達物質である。GABAはグルタミン酸を材料として、グルタミン酸脱炭酸酵素という酵素によって作られる。この反応には、ビタミンB₆に由来する補酵素が必要である。
GABAの代表的な受容体がGABA_A受容体である。 これは主として塩化物イオンを通すイオンチャネルで、GABAが結合すると神経細胞が発火しにくい状態を作る。シナプス内にあるGABA_A受容体は短時間の鋭い抑制を生み、シナプス外にある受容体は周囲に存在する低濃度のGABAに反応して、持続的な抑制を作る。前者は一つ一つの信号を制御し、後者は神経細胞全体の発火しやすさを調節している。
もう一つの主要な受容体であるGABA_B受容体は、Gタンパク質を介してゆっくり働く。 シナプス後の細胞ではカリウムイオンの通路を開いて発火を抑え、シナプス前の神経終末ではカルシウムイオンの流入を減らして、神経伝達物質の放出を少なくする。
GABA_A受容体が瞬間的なブレーキだとすれば、GABA_B受容体はより緩やかで持続的な速度調節装置といえる。
しかし、GABAの働きを「脳を静めること」だけで理解するのは不十分である。大脳皮質のGABA作動性介在ニューロンには多くの種類があり、それぞれ異なる場所を抑制する。ある細胞は神経細胞の本体付近を抑えて発火時刻を揃え、別の細胞は樹状突起に入る情報を選別する。 また、抑制性ニューロンを抑制する細胞も存在する。この場合には「抑制を外す」ことになるため、回路全体としては神経活動が高まる。
このようにGABAは、単に信号を止めるのではなく、不要な情報を除き、必要な情報を目立たせ、神経細胞の発火時刻を整えている。知覚の精度、注意の切り替え、運動の滑らかさ、睡眠と覚醒、情動の調節など、多くの脳機能にGABAが関与するのはこのためである。
発達初期にはGABAの作用が異なる
GABAは常に神経細胞を過分極させるわけではない。発達初期の神経細胞では、細胞内の塩化物イオン濃度が高いため、GABA_A受容体が開くと細胞膜が脱分極することがある。この時期のGABAは、神経細胞の移動、成熟、シナプス形成などに関与すると考えられている。
成長に伴ってKCC2という輸送体が増加し、塩化物イオンが細胞外へ排出されるようになると、細胞内の塩化物イオン濃度が低下する。その結果、GABA_A受容体の作用は成熟脳に特徴的な過分極性へと変化する。ただし、GABAが脱分極を起こした場合でも、他の興奮性入力を電気的に短絡する「シャント抑制」が働くことがあり、脱分極することと神経細胞を必ず発火させることは同じではない。
神経細胞とアストロサイトの共同作業
グルタミン酸とGABAの伝達は、神経細胞だけでは維持できない。重要な役割を担うのが、グリア細胞の一種であるアストロサイトである。
シナプスへ放出されたグルタミン酸が細胞外に残り続けると、周囲の神経細胞が過剰に興奮してしまう。そこでアストロサイトは、EAATと呼ばれる輸送体を使ってグルタミン酸を速やかに回収する。回収されたグルタミン酸はグルタミンへ変換され、再び神経細胞へ送り返される。神経細胞内ではグルタミンからグルタミン酸が作られ、その一部はさらにGABAへ変換される。この循環は「グルタミン酸/GABA―グルタミン回路」と呼ばれる。 アストロサイトは、伝達物質を回収し、無害化し、再利用可能な原料に変えることで、興奮性伝達と抑制性伝達の両方を支えているのである。特定の脳領域や病的状態では、アストロサイト自身がGABAを作って放出し、持続的な抑制に関与することも報告されている。
ミトコンドリアと結びつく神経伝達
グルタミン酸とGABAは、神経伝達物質であると同時に、エネルギー代謝に関係する物質でもある。 グルタミン酸はα-ケトグルタル酸を介して、細胞内のエネルギー産生を担うTCA回路と結びついている。GABAも分解されるとコハク酸となり、TCA回路へ入る。この経路はGABAシャントと呼ばれる。
また、神経伝達そのものにも大量のエネルギーが必要である。 神経細胞は、活動電位の後にナトリウムイオンやカリウムイオンの分布を元に戻し、シナプス小胞へ伝達物質を詰め直し、細胞内へ流入したカルシウムイオンを排出しなければならない。アストロサイトによるグルタミン酸の回収とグルタミンの合成にもエネルギーが使われる。このATP供給を支えるのがミトコンドリアである。
一方、グルタミン酸が過剰に作用すると、NMDA受容体などを通じて大量のカルシウムイオンが細胞内へ流入する。ミトコンドリアが処理能力を超えてカルシウムを取り込むと、膜電位が低下し、ATP産生が障害され、活性酸素が増加する。最終的には神経細胞死へ至ることがあり、これをグルタミン酸興奮毒性という。脳虚血、低酸素、てんかん重積、頭部外傷や一部の神経変性疾患では、この機序が神経障害を増幅すると考えられている。
「興奮と抑制のバランス」とは何か
脳の状態はしばしば、グルタミン酸による興奮とGABAによる抑制のバランス、すなわちE/Iバランスとして説明される。しかし、これは脳全体のグルタミン酸量をGABA量で割ったような、単純な比率ではない。
実際のE/Iバランスは、どの神経細胞の、どの部位に、どのタイミングで入力が到達するかによって決まる。 グルタミン酸が抑制性ニューロンを興奮させれば、回路全体には抑制がかかる。 逆に、GABAが別の抑制性ニューロンを抑えれば、脱抑制によって回路活動は高まる。 さらに、受容体の種類、細胞内の塩化物イオン濃度、アストロサイトの回収能力、ミトコンドリアのエネルギー供給能力も関係する。
てんかん、不安症、うつ病、統合失調症、自閉スペクトラム症などでは、GABA系やグルタミン酸系の異常が研究されている。しかし、これらを単純に「GABA不足」や「グルタミン酸過剰」と表現することはできない。異常が生じている脳領域、細胞、受容体、発達段階によって、同じ物質の変化でも意味が異なるからである。
グルタミン酸は脳を動かし、経験に応じて回路を書き換える。 GABAは、どの情報を通すか、いつ通すか、どこまで広げるかを調節する。 そして両者は、アストロサイトによる再利用とミトコンドリアによるエネルギー供給を通じて一つの循環系を形成している。 脳の働きは、興奮と抑制のどちらか一方によって生まれるのではない。両者が絶えず釣り合いを変えながら協力することによって、安定性と柔軟性を同時に実現しているのである。
