ミトコンドリアから考える精神疾患 〜エネルギー、神経回路、ストレスをつなぐ仮説

ミトコンドリアから考える精神疾患 〜エネルギー、神経回路、ストレスをつなぐ仮説

第一章:ミトコンドリア 〜神経細胞を支えるエネルギーと調節のしくみ

考える、覚える、感情を調整する。こうした脳の働きは、神経細胞が電気信号や化学信号を交換することで成り立っています。その活動を細胞の内部で支えているのが、ミトコンドリアです。 「細胞の発電所」として知られますが、その役割は、エネルギー産生からカルシウムの調節、細胞死、免疫反応まで広がっています。これらの機能を理解すると、精神疾患との関係も具体的に考えられるようになります。

1.二重膜と独自のDNAを持つ小器官

ミトコンドリアは、外膜と内膜に囲まれています。 内膜はクリステと呼ばれるひだを形成し、その内側の空間がマトリックスです。マトリックスにはクエン酸回路などの酵素が、内膜には電子伝達系とATP合成酵素が配置され、構造と機能が結びついています。

独自のミトコンドリアDNAを持ち、ヒトでは酸化的リン酸化に関わる13種類のタンパク質と、翻訳に必要なRNAをコードしています。 ただし、ミトコンドリアで働くタンパク質の大部分は核DNAにコードされ、細胞質で合成された後に取り込まれます。その働きは、二つのゲノム(注)の協調によって維持されています。

(注)「二つのゲノム」とは、細胞核にある核DNAと、ミトコンドリアの内部にあるミトコンドリアDNAのことです。

2.ATPを作る 〜栄養素のエネルギーを細胞の仕事へ

ATPは、イオンの輸送、筋収縮、物質の合成などに使われるエネルギー通貨です。 ブドウ糖は細胞質の解糖系でピルビン酸となり、ミトコンドリアに入るとアセチルCoAへ変換されます。クエン酸回路ではアセチルCoAが酸化され、その際に取り出された電子がNADHなどに受け渡されます。

電子は内膜の電子伝達系を通り、最終的に酸素へ渡され、水ができます。この過程で複合体Ⅰ、Ⅲ、Ⅳが水素イオンを膜間腔へくみ出し、内膜を挟んだ電位差と濃度差、すなわち電気化学勾配を作ります。 水素イオンがATP合成酵素を通ってマトリックスへ戻る際、そのエネルギーでADPと無機リン酸からATPが合成されます。これが酸化的リン酸化です。膜を隔てた勾配によってATP合成を説明したのが、Mitchellの化学浸透圧説(注2)でした。Mitchell、1961:文献1 この仕組みは、酸素が不足するとATP産生が低下する理由も説明します。 酸素は電子の最終的な受け取り手であり、電子の流れが止まれば勾配を維持できません。また、解糖系だけでもATPは作られますが、神経細胞の持続的な活動にはミトコンドリアによる供給が重要です。

全身の細胞では脂肪酸のβ酸化なども燃料供給に関わります。 脳では主にブドウ糖を利用し、乳酸や、条件によってはケトン体も利用できます。ケトン体もミトコンドリアで代謝されるため、ミトコンドリアを使わずに働く代替エネルギーではありません。

酸素消費とATP産生は、必ずしも比例しません。 水素イオンがATP合成酵素を経ずに戻れば、エネルギーは熱として放出されます。褐色脂肪細胞では、脱共役タンパク質UCP1によるこの仕組みが体温維持に役立ちます。ミトコンドリアを評価するときは、酸素をどれだけ使うかに加え、それがATP合成へどの程度結びつくかも重要です。

(注2)Mitchellの化学浸透圧説 Mitchellが1961年に提唱した化学浸透圧説は、ミトコンドリアにおけるATP合成の理解を大きく変える画期的なものでした。 当時、多くの生化学者は、電子伝達によって得られたエネルギーをATP合成へ受け渡す「高エネルギーの化学的中間体」を想定し、その実体を探していました。これに対してMitchellは、エネルギーの受け渡しを、膜を隔てた水素イオンの電気化学勾配によって説明しました。 現在の理解では、電子伝達系が水素イオンをミトコンドリアのマトリックス側から膜間腔側へ輸送し、内膜を挟んで電位差と水素イオンの濃度差を形成します。水素イオンがこの電気化学勾配に従ってATP合成酵素を通り、マトリックス側へ戻る際のエネルギーを利用して、ADPと無機リン酸からATPが合成されます。 化学浸透圧説の画期的な点は、電子伝達とATP合成を結びつける仕組みとして、膜を介した電気化学的なエネルギー変換を提示したことにあります。

3.カルシウムと活性酸素を調節する

カルシウムイオンは、神経伝達物質の放出や遺伝子発現を調節する細胞内信号です。 ミトコンドリアは、内膜のカルシウムユニポーターなどを通じてカルシウムを取り込みます。その主要な構成要素であるMCUの同定は、この調節機構の理解を進めました。Baughmanら、2011:文献2

取り込まれたカルシウムは代謝酵素の働きを促し、細胞の活動に合わせてATP産生を増やす助けになります。同時に、細胞質のカルシウム信号の大きさや持続時間にも影響します。 しかし、過剰な取り込みは膜電位の維持を妨げ、細胞障害につながります。したがって、ミトコンドリアの不調は、活動低下だけでなく、興奮を適切に調節できない状態にも結びつき得ます。

電子伝達の途中では、一部の電子が酸素へ移り、スーパーオキシドなどの活性酸素が生じます。 活性酸素は適量であれば情報伝達に関わりますが、抗酸化機構の処理能力を超えると、脂質、タンパク質、DNAを傷つけます。これが酸化ストレスです。傷んだミトコンドリアがさらに活性酸素を増やす循環も起こり得るため、産生と除去の釣り合いが重要です。

4.代謝と遺伝子発現を結びつける

ミトコンドリアの代謝産物は、ATPを作る以外にも利用されます。 クエン酸は細胞質へ運ばれ、脂質合成に必要なアセチルCoAの供給に関わります。また、αケトグルタル酸などは、DNAやヒストンの修飾を調節する酵素の反応にも関係します。栄養や代謝の状態が、遺伝子の働き方に影響する接点です。

神経伝達物質とのつながりもあります。 グルタミン酸の代謝はクエン酸回路と結びつき、外膜にあるモノアミン酸化酵素は、ドーパミンやセロトニンなどの分解に関わります。さらに、ミトコンドリアはヘムや鉄硫黄クラスターの合成にも関与します。エネルギー、神経伝達、細胞を構成する物質の合成は、相互に結びついているのです。

5.移動、融合、分裂によって機能を保つ

ミトコンドリアは、細胞内で形や配置を変える動的な存在です。 融合によって内容物を混ぜ、分裂によって数や分布を調整します。分裂は損傷部分の切り分けにも関与し、不要なミトコンドリアはミトファジーという選択的なオートファジーによって除去されます。

代表的な品質管理経路にはPINK1とParkinが関わります。 Parkinが傷んだミトコンドリアに集まり、その除去を促すことが実験で示されています。ただし、ミトファジーにはほかの経路もあり、すべてがPINK1–Parkinだけで説明されるわけではありません。Narendraら、2008:文献3

この品質管理と新たなミトコンドリアの形成が釣り合うことで、機能が維持されます。細胞分裂による置き換えが限られ、長期間働く神経細胞では、損傷をため込まずに修復・更新することが特に重要になります。

6.細胞死と免疫反応を調節する

ミトコンドリアは、細胞の生存と死の選択にも関わります。 内因性アポトーシスでは、外膜の透過性が変化し、膜間腔のシトクロムcが細胞質へ放出されます。これがApaf-1などとともにカスパーゼの活性化を促し、細胞を秩序立って解体する経路につながります。電子伝達に関わる分子が、存在する場所を変えることで細胞死の信号になります。Liuら、1996:文献4

一方、ミトコンドリアDNAが細胞質へ漏れ出すと、DNAを検知するcGAS–STING経路などが作動し、自然免疫反応を促します。 ミトコンドリアDNAの維持に異常を起こした実験では、この経路を介して抗ウイルス応答が高まりました。ミトコンドリアは、細胞内部の異常を免疫系へ伝える役割も担っています。Westら、2015:文献5

7.脳では「必要な場所に、必要なときに」が重要になる

神経細胞は、発火後のイオン分布の回復、シナプス小胞の回収、軸索輸送、タンパク質合成などにATPを使います。 細胞体から離れた神経終末でもエネルギーが必要なため、ミトコンドリアの配置と局所的なATP産生が重要です。シナプス活動に合わせたATP産生を妨げると、神経伝達が損なわれることが示されています。Rangarajuら、2014:文献6

また、安静時の供給が保たれていても、需要が増えたときに産生を増やす余裕が乏しい場合があります。 この呼吸予備能力の低下は、集中や情動調節を持続しにくくなるという病態仮説につながります。脳機能を考える際には、ATPの量に加えて、需要に応じて供給を調節する能力を見る必要があります。

神経細胞を支えるアストロサイトも、代謝の重要な担い手です。 グルタミン酸の回収や細胞外カリウムの調節には、ATPによって維持されるイオン勾配が関わります。したがって、グリアのエネルギー代謝が乱れるだけでも、神経細胞の周囲の環境が変化し、興奮と抑制の釣り合いに影響する可能性があります。

第二章:精神疾患との関係 〜基本機能から病態仮説へ

ストレスはホルモン、自律神経、免疫反応を通じて代謝状態を変えます。一方、ミトコンドリア機能に異なる遺伝的変化を持つマウスでは、同じ心理的ストレスへの内分泌・炎症反応が異なりました。ミトコンドリアは、ストレスの影響を受けるとともに、その反応の仕方を左右する可能性があります。Picardら、2015:文献7 さらに、ミトコンドリアの損傷が炎症を促し、その炎症が代謝や神経伝達に影響する循環も想定されます。こうした循環が、ストレスの原因が弱まった後も症状が続く一因になる、という仮説が検討されています。

うつ病

エネルギー供給の余力が減り、注意、意欲、神経可塑性を支える活動が続きにくくなるという仮説があります。 想定される機序としては、次のようなものがあります。

  • 神経活動を維持するエネルギー供給の余裕が減る。
  • シナプスの維持や可塑性が損なわれる。
  • アストロサイトによる神経伝達物質の回収や代謝支援が乱れる。
  • 酸化ストレスや炎症が増え、神経回路の働きに影響する。

患者の末梢血単核球では、ミトコンドリア呼吸の低下と疲労・集中困難との関連が報告されました。ただし、血液の所見がそのまま脳のATP不足を示すわけではありません。Karabatsiakisら、2014:文献8

双極症

カルシウム調節とエネルギー代謝の連携が乱れ、神経興奮性が不安定になる可能性が考えられます。 患者由来のiPS細胞から作った神経細胞では、ミトコンドリアの異常と過剰な興奮性が観察され、リチウム反応者由来の細胞では興奮性が改善しました。これは、ミトコンドリア機能と治療反応を検討する手がかりです。Mertensら、2015:文献9

躁状態における高い神経活動とCa²⁺負荷から、以下の機序で鬱状態が発生するという一連の因果関係が、想定されています。 → ミトコンドリアの損傷と消耗 → 躁状態収束後のエネルギー予備能低下 → 疲労、精神運動制止、認知機能低下、快感消失 ただし、双極症患者の脳内で縦断的に証明されたわけではありません。現在の位置づけは、病相転換を説明し得る有力な機序仮説の一つです。

統合失調症

患者由来の皮質介在ニューロンで酸化的リン酸化の障害が報告されています。 抑制性の細胞が十分に働けなくなれば、神経活動のタイミングが乱れ、注意や作業記憶に影響するという仮説が成り立ちます。エネルギー代謝の障害が、回路の過剰な活動にもつながり得る例です。Niら、2020:文献10

ミトコンドリアをターゲットとした治療の標的候補

  • NAC+CoQ10などの栄養カクテル:双極性うつ病181例のRCTで主要評価時期(16週)には、MADRSでの有意差は見られませんでした。4週と20週では、有意差が見られています。容量や投与方法、評価期間が今後の課題となっています。BMC Medicine
  • クレアチン:2026年レビューでは5 RCT、計238例のみで、MDDの一部に有望な信号がある一方、結果は不均一。双極性うつ病試験では主要評価陰性で、クレアチン群17例中2例に軽躁・躁転が発生しました。Canadian Journal of Psychiatry 2026
  • トリメタジジン:双極性うつ病260例を予定するTIDE試験が進行中ですが、まだ有効性結果は出ていません。試験プロトコル

機能変化は原因にも結果にもなり、薬剤、睡眠、身体活動、代謝疾患の影響も受けます。 重要なことは、ATP産生、カルシウム調節、酸化還元、品質管理、免疫反応という基本機能から、「どの細胞のどの働きが変わると、どのような症状が生じ得るか」を考えることです。

参考文献

  1. Mitchell P. Coupling of phosphorylation to electron and hydrogen transfer by a chemi-osmotic type of mechanism. Nature. 1961;191:144–148. 化学浸透圧説を提案した古典的論文。内膜の電気化学勾配とATP合成の関係を理解する出発点です。
  2. Baughman JM, Perocchi F, Girgis HS, et al. Integrative genomics identifies MCU as an essential component of the mitochondrial calcium uniporter. Nature. 2011;476:341–345. ミトコンドリアへのカルシウム取り込みを担うMCUを同定した研究です。
  3. Narendra D, Tanaka A, Suen DF, Youle RJ. Parkin is recruited selectively to impaired mitochondria and promotes their autophagy. J Cell Biol. 2008;183:795–803. 傷んだミトコンドリアの選択的な除去にParkinが関わることを示した研究です。
  4. Liu X, Kim CN, Yang J, Jemmerson R, Wang X. Induction of apoptotic program in cell-free extracts: requirement for dATP and cytochrome c. Cell. 1996;86:147–157. シトクロムcとアポトーシスを結びつけ、ミトコンドリアの細胞死への関与を示した研究です。
  5. West AP, Khoury-Hanold W, Staron M, et al. Mitochondrial DNA stress primes the antiviral innate immune response. Nature. 2015;520:553–557. ミトコンドリアDNAの異常とcGAS–STINGを介した自然免疫応答を結びつけた研究です。
  6. Rangaraju V, Calloway N, Ryan TA. Activity-driven local ATP synthesis is required for synaptic function. Cell. 2014;156:825–835. 神経活動に応じた局所的なATP産生が、シナプス機能の維持に必要であることを示しています。
  7. Picard M, McManus MJ, Gray JD, et al. Mitochondrial functions modulate neuroendocrine, metabolic, inflammatory, and transcriptional responses to acute psychological stress. Proc Natl Acad Sci U S A. 2015;112:E6614–E6623. ミトコンドリア機能の違いがストレス反応を変えることを示したマウス研究です。
  8. Karabatsiakis A, Böck C, Salinas-Manrique J, et al. Mitochondrial respiration in peripheral blood mononuclear cells correlates with depressive subsymptoms and severity of major depression. Transl Psychiatry. 2014;4:e397. うつ病患者の末梢血細胞の呼吸機能と、症状との関連を調べた研究です。
  9. Mertens J, Wang QW, Kim Y, et al. Differential responses to lithium in hyperexcitable neurons from patients with bipolar disorder. Nature. 2015;527:95–99. 双極症患者由来の神経細胞で、ミトコンドリア異常、興奮性、リチウム反応を検討した研究です。
  10. Ni P, Noh H, Park GH, et al. iPSC-derived homogeneous populations of developing schizophrenia cortical interneurons have compromised mitochondrial function. Mol Psychiatry. 2020;25:2873–2888. 統合失調症患者由来の皮質介在ニューロンで、ミトコンドリア機能障害を示した研究です。