パニック症治療の基本
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パニック症治療の基本
発作を抑え、安心して暮らせる毎日へ
突然、胸が激しく打ち、息が苦しくなり、「このまま死んでしまうのではないか」と感じる。パニック発作は、それほど強い恐怖を伴う体験です。発作を繰り返し、「また起きたらどうしよう」という不安から生活が制限されるようになると、パニック症が考えられます。意志の弱さが原因ではなく、適切な治療によって改善を目指せる病気です。
治療で大切なのは、発作を十分に抑えること、避けていた場所で成功体験を重ねること、そして回復した状態を長く保つことです。 薬物療法と認知行動療法を両輪として、体調を整えながら進めていきます。
発作のない状態を目指す
治療では、「以前より回数が減ったから、あとは我慢しよう」で終わらず、発作が起きない状態を目指すことが大切です。強い発作が繰り返されると、そのたびに恐怖が呼び起こされ、次の発作への警戒が続きやすくなるからです。
ただし、「発作を完全に抑える」とは、動悸や不安を一瞬も感じてはいけないという意味ではありません。身体の変化を監視し続けると、かえって小さな変化が怖くなります。目標は、発作の消失とともに、身体の感覚に振り回されずに暮らせるようになることです。治療中に一度発作が起きても、それまでの回復が無駄になったわけではありません。
なお、初めての強い胸痛や呼吸困難、失神などは、自己判断でパニック発作と決めつけず、身体の病気を確認する必要があります。
薬と認知行動療法を、回復を支える両輪に
薬物療法では、SSRIと呼ばれる抗うつ薬などを使い、発作や不安が起こりにくい状態をつくります。「抗うつ薬」という名前ですが、うつ病がなくてもパニック症に効果があります。十分な効果が出るまでには1週間以上かかり、飲み始めに吐き気や一時的な不安の増加が出ることもあるため、通常は少量から調整します。
また、症状によっては、初期に長時間型のベンゾジアゼピン系の薬剤を併用する場合があります。ベンゾジアゼピン系薬剤は、早期に効果が出現し発作を抑える効果は強いのですが、依存性の問題があります。このため、投与開始時から,中止の計画を立てておく必要があります。
一方、認知行動療法では、「動悸がするから心臓が止まる」「逃げられなければ大変なことになる」といった受け止め方を見直し、身体の感覚や苦手な場面に少しずつ慣れていきます。薬で発作を抑えながら、実際の経験を通して安心と自信を育てる。その組み合わせが、生活の回復を支えます。 最近では、内受容感覚訓練も有用である事が分かって来ています。ただ、まだ実施している施設は少ないようです。
即効性のある抗不安薬が、頓用薬として用いられる場合もありますが、眠気や依存、急な中止による不調に注意が必要です。自己判断で増減せず、使い方を主治医と相談しましょう。 また、薬と認知行動療法はどちらも有効であり、全員に併用が必須というわけではありません。症状や希望に応じて、適した方法を選びます。
※著者は、パニック症には、投薬と精神療法が両輪だと考えていますが、パニック症に、認知行動療法を中心に治療を行い、薬物を使わないという議論はあります。また、その見解は、決して少数意見ではありません。
広場恐怖は、小さな成功体験から
電車、トンネル、人混み、美容院など、「発作が起きたら逃げにくい」「助けを得にくい」と感じる場面が怖くなることがあります。ごく広い意味で「空間への恐怖」と表現されることもありますが、医学的には「広場恐怖」と呼びます。広い場所だけが怖いという意味ではありません。
避ければ、その場の不安は軽くなります。しかし、避け続けると「やはり危険な場所なのだ」という思いが強まり、行動範囲が狭くなりやすくなります。そこで必要なのが、無理のない段階を設定して、できた経験を重ねることです。
例えば電車なら、駅まで歩く、ホームで過ごす、空いている時間に一駅乗る、少しずつ距離を延ばす、といった練習を考えます。最初は付き添いがあってもよく、慣れてきたら支えを少しずつ減らします。難しすぎる課題にいきなり挑む必要はありません。
ここでいう成功は、「まったく不安にならなかったこと」だけではありません。「不安は出たけれど、予定した一駅に乗れた」「動悸がしても、恐れていた出来事は起きなかった」という体験にも意味があります。 発作の消失は大切な目標ですが、練習を始めるために不安が完全になくなるのを待つ必要はありません。主治医や治療者と相談しながら、繰り返すことが大切です。
疲れをためず、体調を整える
睡眠不足や過労、体調不良は、動悸や息苦しさなどの身体感覚を強め、不安を引き起こすきっかけになることがあります。 十分な睡眠を取り、食事を抜かず、仕事や家事の予定に休憩を入れましょう。調子のよい日に頑張りすぎ、翌日に寝込むという繰り返しを避け、無理なく続くペースを探すことが大切です。
ただし、疲れを恐れて活動をすべて避ける必要はありません。体調に合わせた散歩や軽い運動は、健康と生活リズムを支えます。「身体をいたわること」と「活動を取り戻すこと」の両方を意識しましょう。体調の悪い日は練習の負担を軽くしてかまいません。調整することは、後退ではありません。
二酸化炭素と呼吸の関係を知る
二酸化炭素は、身体がエネルギーを使うときに生じ、呼吸によって排出されます。脳はその変化を感知して、呼吸を調節しています。パニック症の人の一部には、二酸化炭素を増やす実験的な刺激に対して、息苦しさや恐怖が起こりやすいことが知られています。呼吸や体内の変化を知らせる警報が、敏感に作動するようなイメージです。 ただし、これは病気の仕組みの一部を説明する知見であり、すべての発作が二酸化炭素の増加で起こるわけではありません。普通の室内や電車の空気を、危険だと考える必要もありません。
反対に、不安から速く大きな呼吸を繰り返す「過呼吸」では、血液中の二酸化炭素が下がりすぎて、めまいや手足のしびれが生じることがあります。「息が苦しいから、もっと大量に吸わなければ」と力むと、症状を強める場合があるのです。
慣れた発作の際は、無理に深呼吸を繰り返さず、楽な姿勢で、静かで穏やかな呼吸に戻すことを意識します。紙袋を口に当てる方法は、酸素不足などの危険があるため行いません。 呼吸法は「これができなければ危険」というお守りにせず、補助的な対処法として身につけましょう。
カフェインを控えて、刺激を減らす
カフェインは眠気を抑える一方、動悸や震え、不眠、不安を強めることがあります。パニック症では、こうした作用に敏感な人がいるため、コーヒーやエナジードリンクなどを控えることが役立ちます。
紅茶、緑茶、コーラ、一部の市販薬にも含まれています。量と体調の関係を確認し、カフェインの少ない飲み物に置き換えてみましょう。毎日多量に取っていた人は、急にやめると頭痛やだるさが出ることがあるので、段階的に減らすと取り組みやすくなります。寝不足をカフェインで補う生活を見直すことも大切です。
よくなってから、回復を定着させる
発作がなくなり、外出できるようになっても、すぐに治療を終えるのは早い場合があります。症状が落ち着くことと、その状態が安定して続くことには、時間の差があるからです。
抗うつ薬が有効な場合、パニック発作が完全に収まってから少なくとも6か月は継続し、その後に減量を検討します。実際の期間は、残っている不安や回避、再発歴、生活上の負担などを踏まえて決めます。症状が改善した直後に自己判断で中止せず、減らす際も主治医と相談しながらゆっくり進めましょう。
この維持期間には、薬を続けるだけでなく、行ける場所やできることを増やし、疲れがたまったときの対処も練習します。 パニック症の治療は、発作を抑えることから始まり、自分の生活を取り戻すことへと続きます。焦らず成功体験を積み重ね、その回復を十分な時間をかけて確かなものにしていきましょう。
著者追記
薬物療法をどのくらいの期間続けるべきかについては、なお議論があります。 私は普段、個人の臨床経験に偏ることなく、診療ガイドラインや臨床研究の結果を重視するようにしています。ただ、パニック症の維持療法については、これまでの診療経験から、半年では十分でない場合が少なくないと考えています。そのため、私自身の診療では、少なくとも次の期間を目安として薬物療法を継続しています。
・広場恐怖がない場合:最後のパニック発作から1年間。 ・広場恐怖がある場合:広場恐怖が落ち着いてから6か月間。 ・広場恐怖が長期間続く場合:最後のパニック発作から3年間。
ただし、これらは私自身の臨床経験に基づく目安であり、すべての患者さんに当てはまる標準的な基準ではありません。また、この期間が過ぎれば、症状が残っていても薬を中止するという意味ではありません。
英国の治療指針(NICE)では、抗うつ薬によって改善がみられる場合、適切な用量に達してから少なくとも6か月は継続し、その後に減量を検討するとしています。これは「半年で治療を終える」という意味ではなく、症状や経過によって、さらに長い維持期間が必要になることもあります。
薬を減らす時期は、発作の有無だけでなく、広場恐怖や予期不安の程度、生活の回復状況、再発歴などを踏まえて判断することが大切です。自己判断で中止せず、主治医と十分に相談してください。
