抑圧された記憶の神話 序章 エリザベス・ロフスタの悲劇~記憶論争~
エリザベス・ロフスタの悲劇~記憶論争~
批判の背景:1990年代の「記憶戦争」
当時、アメリカでは「抑圧された記憶の回復」を目的としたセラピーが流行しており、多くの女性が「幼少期に親から性的虐待を受けていた記憶を思い出した」として家族を提訴していました。
ロフタス博士が「その記憶の多くはセラピストの暗示による偽りの記憶(偽記憶)である可能性がある」と唱えたことは、以下の層から激しい反発を招きました。
- 1. 臨床家・セラピスト: 「回復された記憶」を信じる彼らにとって、記憶を疑うことは被害者への二次加害であり、不信感の表明だと受け取られました。
- 2. 被害支援団体: 彼女は「児童虐待者の味方」というレッテルを貼られ、講演の妨害や爆破予告、自宅への脅迫状など凄惨な嫌がらせを受けました。
- 3. 法廷における対立: 弁護側証人として出廷するロフタスに対し、検察側は彼女の実験は不自然であり、現実のトラウマには適用できないと批判しました。
具体的な事件:ジューン・ドゥ訴訟
ロフタス博士への批判がピークに達したのは、ある虐待事件の「回復された記憶」の信憑性を調査し、論文に発表しようとした際のことです。
調査対象の女性からプライバシー侵害などで訴えられ、当時所属していたワシントン大学での地位を脅かされる事態に発展。一時期は論文の掲載を拒否され、学術界でも孤立を深めることとなりました。
批判を経ての現在:パラダイムシフト
しかし現在、ロフタス博士の主張の多くは科学的に正当であったと認められています。
多くの心理学会が暗示的なセラピーの危険性を認めてガイドラインを作成し、偽記憶に基づいて投獄されていた人々の多くが、DNA鑑定や事実調査によって無実であることが証明されました。
ロフタス博士が受けた批判は、「科学的事実」が「社会的な救済」という感情的な文脈と衝突した時に起こる、科学史上でも極めて激しい反応の記録と言えます。
