アルツハイマー型認知症の発病モデル
(最新の知見)

アルツハイマー型認知症はどのように始まるのか 〜「一つの原因」から「病態ネットワーク」へ

アルツハイマー型認知症と聞くと、多くの人は「脳にアミロイドという物質がたまり、神経細胞が死んで物忘れが起こる病気」と理解しているかもしれない。この説明は完全な誤りではない。しかし、現在の研究が描き出している発病機序は、これほど単純ではない

現在もっとも妥当と考えられているのは、アミロイドβの異常が病気を始動させ、タウ蛋白の異常、グリア細胞の機能変化、慢性炎症、血管障害、エネルギー代謝の低下などが互いに影響し合い、最終的にシナプスと神経細胞が失われるという「多段階・多因子モデル」である。アミロイドβだけが一本道をつくるのではなく、複数の病的過程が合流し、さらに悪循環を形成するのである。

物忘れが始まる前から病気は進んでいる

まず区別しておきたいのは、「アルツハイマー病」と「アルツハイマー型認知症」である。アルツハイマー病とは、アミロイドβや異常タウなどによって特徴づけられる脳の生物学的変化を指す。一方、認知症とは、その変化が進んだ結果、記憶、判断、生活能力などに支障を生じた臨床状態である。 したがって、アルツハイマー病になった瞬間に認知症が始まるわけではない。研究によれば、脳内の変化は認知症の発症より十五~二十年以上前から始まり得る

最初にアミロイドβの異常が検出され、その後にリン酸化タウの増加、神経細胞の障害、脳萎縮、認知機能低下が続く。この長い無症候期があるため、現在ではアルツハイマー病を「認知症になってから始まる病気」ではなく、数十年かけて進行する連続的な疾患として捉えるようになっている。

アミロイドβ 〜病気を始動させる上流因子

アミロイドβは、APP(アミロイド前駆体蛋白)という神経細胞膜の蛋白が切断されることで生じる。 APPがαセクレターゼによって切断されれば、アミロイドβはつくられない。しかし、BACE1と呼ばれるβセクレターゼ、続いてγセクレターゼによって切断されると、アミロイドβ40や、より凝集しやすいアミロイドβ42が生じる。

若年発症の家族性アルツハイマー病では、APPや、γセクレターゼに関係するPSEN1、PSEN2の遺伝子変異によって、凝集しやすいアミロイドβが増加する。逆に、APPの切断を起こりにくくするまれな遺伝子変異は、アルツハイマー病を予防する方向に働く。これらの事実は、少なくとも一部の患者ではアミロイドβの異常が発病原因そのものであることを強く示している。

ただし、大多数を占める高齢発症の患者では、アミロイドβの過剰産生より、脳内からの除去低下が重要と考えられている。アミロイドβは、分解酵素、ミクログリア、血液脳関門、血管周囲の排出経路などによって処理される。加齢、遺伝的素因、血管障害などによってこの処理能力が落ちると、アミロイドβが少しずつ蓄積する。

蓄積したアミロイドβは、まず数分子が集まった可溶性オリゴマーを形成し、さらに線維化して老人斑となる。現在では、完成した老人斑だけでなく、その途中にできる可溶性オリゴマーが強いシナプス毒性をもつと考えられている。オリゴマーは神経細胞内のカルシウム調節やNMDA・AMPA受容体の働きを乱し、記憶形成に必要なシナプス可塑性を障害する。神経回路は初期には過剰に興奮し、やがて正常な情報伝達ができなくなる。

タウ蛋白 〜神経変性を進める実行因子

アミロイドβが病気を始動させる上流因子だとすれば、神経細胞の障害を直接進める中心的な因子がタウ蛋白である。

タウは本来、神経細胞内の微小管を安定させ、軸索を通じて物質を運ぶ仕組みを支えている。ところが、過剰にリン酸化されて構造が変化すると、微小管から外れ、互いに凝集して神経原線維変化を形成する。その結果、神経細胞内の物質輸送やミトコンドリアの移動が妨げられ、シナプスへのエネルギー供給も低下する。

異常タウには、周囲の正常なタウを同じ異常構造へ変化させる「種」のような性質があると考えられている。異常タウは神経細胞から別の神経細胞へ移り、脳の神経回路に沿って広がっていく。これをプリオン様伝播と呼ぶが、外部から感染するという意味ではない。典型的には嗅内皮質や海馬付近から始まり、側頭葉、頭頂葉、前頭葉へと拡大する。アミロイドβの量よりもタウ病理の分布の方が、認知症の症状や脳萎縮の程度とよく対応する

そこで現在では、アミロイドβがタウ病理の拡大を可能にする環境をつくり、いったん広範なタウ病理が成立すると、神経変性がある程度自律的に進むという考えが有力である。

脳を守る細胞が病態に加わる

神経細胞だけでなく、ミクログリアやアストロサイトなどのグリア細胞も重要である。 ミクログリアは脳内の免疫細胞であり、初期にはアミロイドβを取り込み、老人斑を固めて周囲への毒性を抑えようとする。しかし刺激が長期間続くと、ミクログリア自身が代謝不全に陥り、アミロイドβを十分に処理できなくなる。さらに炎症性サイトカインや補体系を介して、まだ機能しているシナプスまで過剰に除去する可能性がある。

晩発性アルツハイマー病の最大の遺伝的危険因子であるAPOE ε4も、単にアミロイドβの蓄積を増やすだけではない。脳内の脂質輸送、ミクログリアの反応、タウ病理、血液脳関門など、複数の過程に影響する。近年の大規模遺伝学研究で見つかった危険遺伝子の多くも、アミロイドβだけでなく、自然免疫、脂質代謝、エンドソーム・リソソーム系に関係している。

アストロサイトは、神経細胞へのエネルギー供給、グルタミン酸の回収、カリウム濃度の調節などを担う。これらの機能が低下すれば、興奮毒性やエネルギー不足が生じ、神経回路はさらに不安定になる。すなわち、もともと脳を守っていた細胞が、慢性的な刺激の中で病態を増幅する側へ回ってしまうのである。

血管、代謝、睡眠が病気の進み方を変える

アルツハイマー病は純粋な「蛋白質の病気」でもない。加齢に伴う血液脳関門の障害、脳血流低下、微小梗塞、脳アミロイド血管症は、アミロイドβの排出を妨げ、脳の予備力を低下させる。高血圧、糖尿病、肥満、脂質異常症などが認知症リスクと関係するのも、こうした血管・代謝経路を介していると考えられる。

神経細胞内では、ミトコンドリアの機能低下、酸化ストレス、オートファジーやリソソームによる蛋白質処理の障害も起こる。 さらに、睡眠中に活発になる脳内老廃物の排出機構、いわゆるグリンパティック系の低下も注目されている。ただし、睡眠障害やグリンパティック系の異常が単独でアルツハイマー病を引き起こすことが証明されたわけではない。これらは、アミロイドβやタウの蓄積を促す修飾因子として理解するのが妥当である。

病理があっても、すぐ認知症になるとは限らない

同程度のアミロイドβやタウが存在しても、症状の現れ方には個人差がある。脳には、一部の神経回路が損なわれても別の回路で機能を補う「認知予備能」があるからである。教育、知的活動、社会的交流、運動などと認知予備能との関連が研究されているが、これらによって病理そのものが消えるわけではない。また高齢者では、アルツハイマー病理だけでなく、脳血管障害、レビー小体、TDP-43病理などが併存することも多い。実際の認知症は、複数の病理と脳の予備力との均衡が崩れたときに表面化すると考えられる。

進行期には、前脳基底部のコリン作動性神経も障害され、アセチルコリンが減少する。ただし、これは主として病態の下流で生じる変化である。コリンエステラーゼ阻害薬が認知症症状を一時的に改善しても、アミロイドβやタウの蓄積そのものを止められないのはそのためである。

抗アミロイド薬が教えたこと

アミロイド仮説は長く批判されてきた。老人斑が多くても認知機能が保たれる人がいることや、過去の抗アミロイド薬の多くが有効性を示せなかったためである。しかし、近年登場したレカネマブやドナネマブは、早期アルツハイマー病患者の脳内アミロイドを大きく減らし、認知・生活機能の悪化を一定程度遅らせた

これは、アミロイドβが単なる神経細胞死の残骸ではなく、病態に因果的に関与していることを支持する。 一方、アミロイドを除去しても認知機能が元に戻るわけではなく、効果は進行の減速にとどまる。この結果は、「アミロイドβだけが原因」という単純な仮説を支持したのではない。むしろ、アミロイドβは重要な始動因子だが、タウ、炎症、血管障害、代謝不全が加わった後には、アミロイドだけを除去しても病態全体を止められないことを示したのである。

「原因物質」ではなく「病態の連鎖」を見る

現在の発病モデルを簡潔にまとめると、加齢や遺伝的素因、血管・代謝因子を背景としてアミロイドβの産生と除去の均衡が崩れ、シナプス障害とグリア反応が起こり、タウ病理が神経回路に沿って拡大する。それが慢性炎症、エネルギー不足、蛋白質処理障害と悪循環をつくり、最終的にシナプスと神経細胞が失われて認知症に至る、という流れである。

したがって、アルツハイマー病は一つの原因物質だけで説明できる病気ではない。しかし、何でも原因になり得るという意味でもない。現在の証拠は、アミロイドβとタウを中心軸としながら、免疫、脂質、血管、代謝、睡眠などが進行速度と発症時期を決めるという階層的な病態モデルを支持している。今後の治療も、アミロイドβの除去だけでなく、タウ、炎症、血管・代謝、神経回路の保護を組み合わせる方向へ進むと考えられる。

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※当院では認知症の診療は行なっておりません。上記は情報提供目的のコラムです。