アストロサイトとうつ病の病態
アストロサイトとうつ病の病態
アストロサイトは、ニューロンの生存と機能維持に不可欠な「養育細胞」としての側面を持っており、その機能不全は脳の構造的・機能的な脆弱性に直結します。
1. グルタミン酸恒常性の破綻と「三者間シナプス」の不全
アストロサイトは、シナプス間隙のグルタミン酸濃度を適切に保つ「掃除屋」としての役割を果たしています。
- ● EAAT(グルタミン酸トランスポーター)の発現低下: うつ病患者の死後脳では、アストロサイトに特異的なトランスポーターであるEAAT1/GLAST、EAAT2/GLT-1の発現が著しく低下しています。これにより、シナプス間隙に過剰なグルタミン酸が滞留します。
- ● 興奮毒性とシナプス消失: 過剰なグルタミン酸は、シナプス外のNMDA受容体を過剰刺激し、神経細胞にカルシウム($Ca^{2+}$)過流入を招くことで、樹状突起の萎縮やシナプス喪失を引き起こします。
- ● グルタミン酸-グルタミンサイクルの停止: アストロサイト内でグルタミン酸をグルタミンに変換する酵素であるGS:グルタミン合成酵素の活性も低下しており、ニューロン側での神経伝達物質の再利用が困難になります。
2. 神経栄養因子の供給低下と可塑性の阻害
アストロサイトは、ニューロンの成長や修復を支える多種多様な因子を分泌していますが、うつ病態ではこの「インフラ供給」が滞ります。
- ● BDNF(脳由来神経栄養因子)の供給不足: 本来、アストロサイトはニューロンと協調してBDNFを産生・分泌しますが、慢性ストレス下のアストロサイトはBDNFの発現を抑制します。これにより、シナプス可塑性の低下や、海馬における神経新生の阻害が引き起こされます。
- ● S100B(アストロサイト特異的蛋白)の調節不全: 低濃度では神経保護的に働くS100Bの分泌異常は、神経突起の伸展を妨げます。血中のS100B値はうつ病のバイオマーカーとしても注目されています。
- ● GDNF(グリア細胞ライン由来神経栄養因子)の減少: ドーパミン作動性ニューロンなどの維持に重要なGDNFの分泌が抑制されることで、報酬系の機能不全やアンヘドニア(快感消失)を助長します。
3. グリオトランスミッターによる調節不全
アストロサイトは、自らも「グリオトランスミッター」を放出し、ニューロンの活動を直接制御します。
- ● ATP(アデノシン三リン酸)の欠乏: アストロサイトからのATP放出は、抑うつ症状の抑制に寄与します。慢性ストレスによるATP供給の減少は、意欲低下や「心のエネルギー切れ」状態を誘発することが示唆されています。
- ● D-セリンの供給低下: NMDA受容体の共作動薬であるD-セリンの供給が滞ることで、長期増強(LTP)などの学習・記憶に関連するシナプス可塑性が損なわれます。
4. 代謝支援の停止:ANLS(アストロサイト-ニューロン乳酸シャトル)
ニューロンは活動のエネルギー源として、アストロサイトから供給される乳酸に依存しています。
- ● エネルギー供給の断絶: アストロサイトは血中のグルコースを乳酸へと代謝してニューロンに届けますが(ANLS仮説)、うつ病態ではこの供給路が細ります。
- ● 内受容感覚への影響: 特に高エネルギーを消費する島皮質や前帯状回での代謝不全は、身体的な違和感や「疲れやすさ」として知覚される可能性があります。
5. ギャップ結合と形態学的変化(GFAPの減少)
- ● コネキシン43(Cx43)の機能不全: アストロサイト同士を繋ぐギャップ結合が損なわれると、脳全体のイオン環境(カリウムバッファリング)が乱れ、神経回路の同期性が失われます。
- ● アストロサイトの萎縮: 死後脳組織では、アストロサイトのマーカーであるGFAP(線維状酸性蛋白)の陽性細胞数や密度が減少しています。これは細胞死だけでなく、突起を引っ込めてしまう「萎縮」が、ニューロンを物理的・化学的に孤立させていることを示唆しています。
