ずいぶんと変わってきた、脳内モノアミンの理解:②ドーパミン
ずいぶんと変わってきた、脳内モノアミンの理解:②ドーパミン
ドーパミン 〜神経、グリア、ミトコンドリアから考える脳の調節物質
ドーパミンと聞くと、多くの人は「快楽を生み出す脳内物質」を思い浮かべるかもしれない。おいしいものを食べたとき、ゲームに勝ったとき、SNSで反応を得たときにドーパミンが放出され、それが快感をもたらす、という説明である。しかし、現在の神経科学から見ると、この理解は正確ではない。 ドーパミンは快感そのものを作り出すというより、「何に注目し、何を学び、どの行動を選び、どの程度の力を注ぐか」を調節する物質である。
しかもドーパミンが作用する相手は、情報を伝える神経細胞だけではない。神経細胞を支えるグリア細胞や、細胞内でエネルギーを作るミトコンドリアとも密接に関係している。ドーパミンとは、脳の一部を一方向に興奮させる単純な化学物質ではなく、脳全体の活動を状況に応じて調律する神経修飾物質なのである。
ドーパミンはどこで作られるのか
ドーパミンは、食物にも含まれるアミノ酸のチロシンを材料として作られる。チロシンはまずL-DOPAに変換され、さらにドーパミンとなる。合成されたドーパミンは、そのまま細胞内に置かれるのではなく、小さな袋であるシナプス小胞に収納される。神経細胞が活動すると、小胞からドーパミンが放出され、周囲の細胞にある受容体に作用する。
脳内のドーパミン神経は数としては決して多くない。しかし一本の神経細胞が非常に広い範囲に枝を伸ばしているため、運動、注意、記憶、動機づけ、感情、ホルモン分泌など、多くの機能に影響を与える。
ドーパミン受容体は大きくD1系とD2系に分けられる。D1系は一般に細胞内の情報伝達を促進し、D2系は抑制する方向に働く。ただし、D1が常に細胞を興奮させ、D2が常に抑えるわけではない。実際の作用は、脳のどこで、どの細胞に、どの程度の濃度で、どのような時間的パターンで作用したかによって変化する。ドーパミンはスイッチというより、ラジオの音量や周波数を微調整するつまみに近い。
運動を選び、行動に力を与える
中脳の黒質から線条体へ伸びるドーパミン神経は、身体運動に深く関わっている。かつては、ドーパミンが運動を直接開始させると考えられがちだった。現在では、複数の行動候補の中から適切な行動を選び、それを実行しやすくする働きが重視されている。
たとえば、目の前のコップを取るとき、脳内には手を伸ばす、視線を向ける、姿勢を整えるといった多数の運動プログラムが存在する。ドーパミンは、選択された運動を通しやすくし、競合する不要な運動を抑える。また、行動の速さや勢い、どの程度の努力を費やすかにも影響する。
パーキンソン病では、黒質のドーパミン神経が減少する。その結果、筋肉が単純に弱くなるのではなく、運動の選択と開始が困難になり、動作が遅くなる。さらに、意欲低下や報酬に対する反応の低下が見られることもある。運動と意欲は別々の機能に見えるが、どちらも「行動に力を与える」という点でドーパミンと結びついている。
快楽よりも「予想との差」を伝える
ドーパミンの重要な働きに、報酬予測誤差がある。これは、予想していた結果と実際の結果との差を表す信号である。
予想以上によい結果が得られると、ドーパミン神経は一時的に強く活動する。予想どおりなら大きく変化せず、期待していた結果が得られなければ活動が低下する。
たとえば、初めて自動販売機のボタンを押して飲み物が出てきたときには、飲み物そのものに反応してドーパミンが放出される。しかし学習が進むと、ドーパミン反応は飲み物が出た瞬間から、それを予告するランプや音へと移っていく。この仕組みによって脳は、「どの刺激の後に、どのような結果が起こるか」を学習する。 したがってドーパミンは、快感を作る物質というより、経験から将来の行動を修正するための教育信号といえる。
またドーパミンは、ある対象を「重要であり、追い求める価値がある」と感じさせる。心理学ではこれを誘因価や動機づけサリエンスと呼ぶ。依存症では、快感が増え続けるというより、薬物やギャンブルに関連する刺激が過度に重要なものとなり、「欲しい」という反応が強化される。好きだから求めるだけでなく、以前ほど好きではなくなっても求め続ける状態が生じ得るのである。
思考には「適量」が必要である
前頭前野に作用するドーパミンは、注意、ワーキングメモリー、計画、判断、認知的柔軟性を調節する。重要なのは、ドーパミンが多いほど思考能力が高まるわけではないことである。
前頭前野の働きとドーパミン量の関係は、しばしば逆U字型で表される。少なすぎると注意が散り、必要な情報を保てない。一方、多すぎても思考が硬直し、不要な情報をうまく処理できなくなる。中程度のときに、必要な信号を強め、雑音を抑える働きが最もよく発揮される。
そのため、睡眠不足、慢性的ストレス、薬物、精神疾患などによってドーパミン系が変動すると、同じ人でも注意力や判断力が変化する。ドーパミンの働きを「不足」か「過剰」だけで説明するのではなく、脳部位ごとの分布と時間的変化を考える必要がある。
前頭前皮質では、ドーパミンはどのように回収されるのか
尾状核・被殻や側坐核などの線条体には、ドーパミントランスポーター(DAT)が豊富に存在し、放出されたドーパミンを速やかに神経終末へ回収する。これに対して、前頭前皮質(PFC)ではDATが少なく、ドーパミンは比較的広く拡散し、長く作用する。
その回収を代行するのが、主としてノルアドレナリン神経終末に存在するノルアドレナリントランスポーター(NET)である。NETはノルアドレナリンだけでなくドーパミンも基質とするため、PFCでは両者の濃度を同時に調節している。回収を免れたドーパミンは周囲の神経細胞やグリア細胞に取り込まれ、COMTやMAOによって代謝される。特にCOMTは、DATの少ないPFCでドーパミン濃度を調節する重要な役割を担う。
この特徴はADHD治療薬の作用を理解するうえで重要である。選択的NET阻害薬アトモキセチンは、PFCでノルアドレナリンとドーパミンをともに増加させ、注意や実行機能を支える。一方、線条体や側坐核ではDATが回収を担うため、動物実験ではこれらの領域のドーパミンをほとんど増加させない。これがアトモキセチンの乱用リスクが低い理由の一つと考えられる。 メチルフェニデートはNETとDATの双方を阻害し、PFCの認知機能を改善するとともに線条体のドーパミン過剰をもたらす危険性がある。ただ、乱用リスクはNETやDAT阻害の有無だけでなく、脳内濃度が上昇する速さや投与経路、製剤に左右される。適切な経口投与、とりわけ徐放製剤では上昇は緩やかである。このため、徐放製剤には一定の安全性は確保されていると考えられている。
神経細胞を支えるグリアにも作用する
脳には神経細胞だけでなく、それを支えるグリア細胞が存在する。かつてグリアは、神経細胞の隙間を埋める補助細胞とみなされていた。しかし現在では、神経伝達、エネルギー供給、炎症、髄鞘形成などを積極的に調節する細胞であることが分かっている。
アストロサイトは、神経細胞周囲のカリウム濃度を整え、グルタミン酸などの神経伝達物質を回収し、エネルギー源を供給する。アストロサイトにもドーパミン受容体が存在し、ドーパミンは細胞内カルシウムや情報伝達を変化させる。その結果、神経伝達物質の回収、シナプスの働き、炎症性物質の産生などが調節される。 一部の実験では、アストロサイトのD2受容体が神経炎症を抑え、ドーパミン神経を保護する可能性が示されている。ただし、その作用は脳部位によって異なる。
前頭前野では、ドーパミン放出に伴うアストロサイト反応の一部が、ドーパミン受容体ではなくアドレナリン受容体を介して起こることも報告されている。脳内の化学物質は、それぞれ独立した専用回線を持つのではなく、互いに影響し合うネットワークを形成しているのである。
脳内の免疫細胞であるミクログリアに対しても、ドーパミンは影響を与える。生理的なドーパミン受容体刺激は、炎症を抑える方向に働く。一方、酸化されたドーパミンはミクログリアを活性化し、炎症性物質や活性酸素の産生を増加させる。ドーパミンの作用は、物質の量だけでなく、正常なドーパミンとして存在しているか、酸化産物に変化しているかによっても異なる。
オリゴデンドロサイトは軸索を髄鞘で包み、神経伝達を高速化する。オリゴデンドロサイト前駆細胞にもドーパミン受容体が存在し、細胞の分化や髄鞘形成を促進する可能性がある。ただし、この点については動物・培養細胞での研究が中心であり、成人のヒト脳における役割はまだ十分に解明されていない。
ミトコンドリアとの危うい関係
ドーパミンとミトコンドリアの関係には、「エネルギーを支える作用」と「細胞を傷つける作用」という二面性がある。
ミトコンドリアは、栄養と酸素を利用してATPというエネルギー分子を作る。ドーパミンの合成、放出、再取り込み、小胞への再収納には大量のATPが必要である。特に黒質ドーパミン神経は広大な軸索を持ち、多数の場所でドーパミンを放出するため、エネルギー需要が非常に大きい。この事は、黒質線条体のドーパミン神経の脆弱性の一因と考えられている。
細胞質に戻ったドーパミンの一部は、ミトコンドリア外膜にあるモノアミン酸化酵素によって分解される。近年、この代謝で生じる電子がミトコンドリアの電子伝達系に渡され、ATP産生を助けることが示された。つまり、ドーパミンの後始末が、次のドーパミン放出に必要なエネルギー産生と結びついている。
しかし、小胞に収納されず細胞質に残ったドーパミンは酸化されやすい。酸化によってドーパミンキノンなどの反応性物質が生じると、ミトコンドリアの電子伝達系が障害され、ATP産生が低下する。さらに活性酸素が増え、タンパク質や細胞膜、DNAが損傷する。
ミトコンドリアが障害されるとドーパミンの処理能力が低下し、酸化ドーパミンが増える。酸化ドーパミンはリソソームによる老廃物処理を妨げ、αシヌクレインというタンパク質の蓄積を促す。蓄積したαシヌクレインはさらにミトコンドリアを傷つける。
パーキンソン病では、このような悪循環がドーパミン神経障害をきたし、発病要因に関係していると考えられている。
ドーパミンは脳を縦断する調節因子である
ドーパミンの働きは、三つの段階に整理できる。 第一は、受容体を介して運動、注意、動機づけ、ホルモン分泌を調節する神経伝達の段階である。 第二は、グルタミン酸やGABA、シナプス可塑性、アストロサイトやミクログリアの働きを変える神経回路・グリアの段階である。 第三は、ATP産生と酸化還元状態を変化させる細胞エネルギーの段階である。
正常なドーパミンは、重要な情報を選び、行動に力を与え、経験から学習するために欠かせない。一方、その放出量、場所、タイミング、細胞内での保管と代謝が乱れると、依存症、精神病、運動障害、神経変性へとつながり得る。
したがって、ドーパミンを「幸福を増やす物質」や「多いほど意欲が高まる物質」と理解するのは適切ではない。ドーパミンとは、脳が限られた注意とエネルギーを、どの対象と行動に配分するかを決めるための調節物質である。その働きは神経細胞からグリア細胞、さらにミトコンドリアにまで及び、私たちの運動、思考、学習、欲望を、細胞のエネルギー代謝と結びつけているのである。
