うつ病と感染症の、深い関係 〜神経免疫学の現在〜

うつ病と感染症の、深い関係 〜神経免疫学の現在〜

感染症は、なぜ心を曇らせるのか

「うつ病は気持ちの弱さから起こる」、この理解は、現代医学からみれば明らかに不十分である。うつ病は、遺伝的素因、心理社会的ストレス、睡眠、代謝、神経回路などが複雑に重なって発症する。その一部で、感染症と、それに続く免疫・炎症反応が重要な役割を果たしていることが分かってきた。

ただし、「感染すればうつ病になる」「うつ病は脳の炎症である」と単純化することも正しくない。現在注目されているのは、うつ病全体ではなく、免疫系の変化を強く伴う「炎症性うつ病」と呼ぶべき一群である。

感染後の倦怠感は、身体を守る反応である

インフルエンザなどに罹患すると、熱だけでなく、強い倦怠感、食欲低下、眠気、人に会いたくない感覚、物事を楽しめない状態が現れる。これは病原体が直接「心」を攻撃しているとは限らない。免疫系が身体に休息を取らせ、感染との闘いにエネルギーを集中させるために生じる「疾病行動(sickness behavior)」である。

感染を察知した免疫細胞は、インターローキン1β(IL-1β)、IL-6、腫瘍壊死因子α(TNF-α)、インターフェロンなどを放出する。これらの炎症性サイトカインは、発熱や食欲低下を起こすと同時に、脳の意欲、報酬、睡眠、ストレス応答を調節する回路へ情報を伝える。

通常、この反応は感染の収束とともに消える。しかし炎症が長期化したり、慢性ストレス、肥満、睡眠不足、自己免疫疾患、遺伝的脆弱性などが重なったりすると、一時的な疾病行動が持続的な抑うつ状態へ移行する可能性がある。

実際、デンマークの大規模研究では、感染症による入院歴を持つ人は、その後に気分障害と診断される割合が高かった。ただし、重症感染に伴う身体的負担や社会的孤立などを完全には除外できないため、感染が直接の原因だと断定することはできない。JAMA Psychiatryの全国コホート研究

血液脳関門を「突破する」のではなく、情報を伝える

脳は血液脳関門(BBB)によって守られている。しかし、末梢の炎症が脳へ影響するには、サイトカインそのものが大量に脳内へ侵入する必要はない。

第一に、一部のサイトカインには血液脳関門を通過する輸送機構がある。

第二に、脳室周囲器官などバリアの比較的弱い領域が血液中の炎症を検知する。

第三に、サイトカインが脳血管内皮細胞の受容体に結合すると、プロスタグランジンE2などが脳側で産生される。

第四に、肺や消化管の炎症は、迷走神経の求心性線維を介して脳幹へ伝えられる。

さらに強い炎症が持続すれば、血管内皮をつなぐタイトジャンクションが障害され、血液脳関門の透過性が上昇する。この場合には、血液中のタンパク質や免疫細胞が脳周囲へ移動しやすくなる。

つまり、末梢の炎症は単にバリアを「破って侵入する」のではない。血管内皮、神経、脳室周囲器官、髄膜や脈絡叢など、複数の免疫―脳インターフェースを利用して、脳へ情報を伝えるのである。

マイクログリアは「暴走細胞」ではない

炎症の情報を受け取ると、脳内の免疫を担当するマイクログリアや、神経環境を支えるアストロサイトの状態が変化する。しかし、これらを単純に「暴走して神経細胞を破壊する細胞」と説明するのは正確ではない。

マイクログリアは、感染防御、組織修復、シナプスの維持などに不可欠である。問題となるのは、免疫刺激が長期化し、本来は防御的な反応が神経伝達や可塑性を乱す場合である。

炎症性サイトカインは、前頭前野、海馬、扁桃体だけでなく、線条体や腹側被蓋野を含む報酬回路にも影響する。

とりわけドーパミン系の機能低下は、快楽そのものよりも、「報酬を得るために行動を開始する力」を弱める。その結果、興味の喪失、意欲低下、精神運動制止、疲労感が前景に立つ。炎症を伴ううつ病で、アンヘドニア(快楽消失)や身体症状が比較的目立つ理由の一つと考えられている。

ただし、うつ病患者のすべてに炎症があるわけではない。CRPが3mg/Lを超える低度炎症を示す患者は、おおむね4分の1程度と報告されている。Molecular Psychiatryの免疫学的メタ解析

セロトニンだけでは説明できないキヌレニン経路

炎症によって変化する代表的な代謝系が、トリプトファン―キヌレニン経路である。免疫刺激によってインドールアミン2,3-ジオキシゲナーゼ(IDO)などが活性化すると、トリプトファンはキヌレニンへ代謝されやすくなる。

かつては、セロトニンの材料が奪われるためにうつ病になると説明された。しかし現在は、それだけでは不十分だと考えられている。末梢で生じたキヌレニンは血液脳関門を通過し、脳内で複数の代謝物へ変換される。アストロサイト系では神経保護的に働きうるキヌレン酸が、活性化したミクログリアなどではNMDA受容体を刺激するキノリン酸が産生される。

重要なのは、単純な「セロトニン欠乏」ではなく、神経保護系と神経刺激系のバランス、グルタミン酸神経伝達、酸化ストレス、ミトコンドリア機能が同時に変化することである。炎症性うつ病は、免疫、代謝、神経伝達が交差する「免疫代謝疾患」として理解され始めている。

「うつ病ウイルス」は発見されたのか

日本から報告された興味深い仮説が、ヒトヘルペスウイルス6B(HHV-6B)SITH-1タンパク質の研究である。

HHV-6Bは幼少期に多くの人が感染し、その後も体内に潜伏する。東京慈恵会医科大学の研究グループは、潜伏感染に関連するSITH-1が嗅球のアストロサイトに発現し、マウスでは嗅球細胞の障害、視床下部―下垂体―副腎系(HPA系)の亢進、ストレス脆弱性や抑うつ様行動を生じさせると報告した。

人を対象とした同研究では、抗SITH-1抗体陽性率がうつ病群79.8%、健常群24.4%で、オッズ比は12.2だった。iScience掲載の原著論文

しかし、この数字は「HHV-6B感染者が12倍うつ病になりやすい」という意味ではない。大多数の人がすでにHHV-6Bに感染しているため、比較されたのは感染の有無ではなく、特定の抗体反応である。また、横断的な関連から原因と結果の方向を確定することはできない。2024年にはSITH-1の発現に関係するウイルス側の遺伝的多型とうつ病との関連も報告されたが、独立した研究グループによる再現と前向き研究が必要である。2024年のiScience研究

したがって現段階で「うつ病ウイルスが発見された」と表現するのは早い。HHV-6B/SITH-1説は、うつ病の一部を説明する可能性のある、検証途上の仮説と位置づけるのが妥当である。

Long COVIDが示した血管と免疫の問題

COVID-19後に、疲労、抑うつ、不安、睡眠障害、記憶・注意力低下、いわゆるブレインフォグが持続することがある。ただしLong COVIDの病態は一様ではない。

現在考えられているのは、ウイルス抗原の残存、免疫調節異常、自己抗体、潜伏ウイルスの再活性化、微小血栓と血管内皮障害、自律神経機能異常、ミトコンドリア機能障害などである。療養生活による孤立、失職への不安、身体機能低下も症状を増悪させる。

2024年の研究では、ブレインフォグを伴うLong COVID患者の一部で、造影MRIによる血液脳関門の透過性亢進と持続的な全身炎症が確認された。ただし画像研究の対象者数は限られており、すべてのLong COVID患者に共通する所見ではない。Nature Neuroscienceの研究

炎症を測れば治療を選べるのか

2024年に発表された約58万人のスウェーデン人と約49万人のUK Biobank参加者を用いた研究では、白血球、ハプトグロビン、CRPなどの炎症指標が、将来の精神疾患リスクと関連した。遺伝学的人気解析からは、白血球増加とうつ病の間に因果関係が存在する可能性も示された。JAMA Psychiatryの大規模研究

しかしCRPは、肥満、喫煙、歯周病、糖尿病などでも上昇する非特異的な指標であり、単独でうつ病を診断することはできない。抗炎症薬についても、一部の高炎症患者で効果を示唆する研究はあるが、結果は一定せず、一般のうつ病患者に一律に使用できる段階ではない。感染後の抑うつに対して、抗菌薬や抗ウイルス薬を自己判断で用いることも適切ではない。

現時点では、身体疾患と感染後合併症を評価しながら、抗うつ薬、精神療法、睡眠調整、運動・リハビリテーション、社会的支援を組み合わせることが基本となる。

おわりに 〜心と免疫は切り離せない

感染症とうつ病を結ぶ研究が教えているのは、「うつ病は脳だけの病気である」ということではない。脳、免疫、内分泌、代謝、身体環境、そして社会生活は、相互に影響し合っている。

感染後に気分の落ち込みや倦怠感が長く続いても、それを意志の弱さと考える必要はない。一方で、すべてを炎症だけで説明し、生活上の苦痛や心理的背景を軽視することもできない。

うつ病を、心か身体かの二者択一ではなく、「身体の中にある心の病」として理解すること。それが、神経免疫学がもたらした最も重要な視点なのである。

参考文献

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2. Foley ÉM, Parkinson JT, Mitchell RE, Turner L, Khandaker GM. “Peripheral Blood Cellular Immunophenotype in Depression: A Systematic Review and Meta-analysis.” Molecular Psychiatry. 2023;28(3):1004–1019. doi: 10.1038/s41380-022-01919-7 うつ病における白血球、好中球、単球、リンパ球などの変化を検討した系統的レビュー・メタ解析。うつ病患者の約4分の1にCRP 3mg/L超の低度炎症がみられるという議論の根拠にもなっている。

3. Kobayashi N, Oka N, Takahashi M, Shimada K, Ishii A, TatebayashiY, Shigeta M, Yanagisawa H, Kondo K. “Human Herpesvirus 6B Greatly Increases Risk of Depression by Activating Hypothalamic-Pituitary-Adrenal Axis during Latent Phase of Infection.” iScience. 2020;23(6):101187. doi: 10.1016/j.isci.2020.101187 HHV-6B由来のSITH-1タンパク質、嗅球アストロサイト、HPA系亢進とうつ病との関連を報告した研究。抗SITH-1抗体陽性とうつ病との関連についてオッズ比12.2が報告された。

4. Kobayashi N, Shimada K, Ishii A, Osaka R, Nishiyama T, Shigeta M, Yanagisawa H, Oka N, Kondo K. “Identification of a Strong Genetic Risk Factor for Major Depressive Disorder in the Human Virome.” iScience. 2024;27(3):109203. doi: 10.1016/j.isci.2024.109203 HHV-6BのSITH-1発現量に関係する反復配列の多型と、大うつ病性障害との関連を検討した研究。

5. Greene C, Connolly R, Brennan D, et al. “Blood–Brain Barrier Disruption and Sustained Systemic Inflammation in Individuals with Long COVID-associated Cognitive Impairment.” Nature Neuroscience. 2024;27:421–432. doi: 10.1038/s41593-024-01576-9 ブレインフォグを伴うLong COVID患者の一部で、造影MRIによる血液脳関門透過性亢進と持続的な全身炎症を示した研究。

6. Zeng Y, Chourpiliadis C, Hammar N, Seitz C, Valdimarsdóttir UA, Fang F, Song H, Wei D. “Inflammatory Biomarkers and Risk of Psychiatric Disorders.” JAMA Psychiatry. 2024;81(11):1118–1129. doi: 10.1001/jamapsychiatry.2024.2185 スウェーデンAMORISコホートとUK Biobankを用い、白血球、ハプトグロビン、CRP、IgGと将来の精神疾患リスクとの関連を検討した大規模研究。

7. Dantzer R, O’Connor JC, Freund GG, Johnson RW, Kelley KW. “From Inflammation to Sickness and Depression: When the Immune System Subjugates the Brain.” Nature Reviews Neuroscience. 2008;9(1):46–56. doi: 10.1038/nrn2297 感染時の疾病行動が、どのように持続的な抑うつ状態へ移行しうるかを論じた古典的総説。

8. Miller AH, Raison CL. “The Role of Inflammation in Depression: From Evolutionary Imperative to Modern Treatment Target.” Nature Reviews Immunology. 2016;16(1):22–34. doi: 10.1038/nri.2015.5 炎症性サイトカイン、HPA系、モノアミン、グルタミン酸、神経可塑性を統合した代表的総説。

9. Felger JC, Treadway MT. “Inflammation Effects on Motivation and Motor Activity: Role of Dopamine.” Neuropsychopharmacology. 2017;42(1):216–241. doi: 10.1038/npp.2016.143 炎症がドーパミン系と報酬回路を変化させ、意欲低下、アンヘドニア、精神運動制止を生じさせる機序をまとめた総説。

10. Haroon E, Miller AH, Sanacora G. “Inflammation, Glutamate, and Glia: A Trio of Trouble in Mood Disorders.” Neuropsychopharmacology. 2017;42(1):193–215. doi: 10.1038/npp.2015.93 炎症、キヌレニン経路、グルタミン酸、マイクログリア、アストロサイトの相互作用を理解するうえで重要な総説。