「性格」ではなく「脳の仕組み」:ASDを科学の視点で解き明かす

「性格」ではなく「脳の仕組み」:ASDを科学の視点で解き明かす

「なぜ、あの人は空気が読めないのか?」「なぜ、これほどまでに音や光に敏感なのか?」 こうした問いに対し、かつては性格や育て方といった曖昧な言葉で片付けられてきました。しかし、現代の脳科学は、その答えを「脳の配線とシステムの違い」として明確に描き出しつつあります。 自閉スペクトラム症(ASD)という個性を、私たちの「脳」というハードウェアの中で何が起きているのかという視点から、解説していきます。

1. 脳内の「通信インフラ」が独特である

私たちの脳は、数千億もの神経細胞が複雑なネットワークを形成して情報をやり取りしています。ASDの脳を語る上で最も重要なキーワードは、この「コネクティビティ(連結性)」のアンバランスさです。

● 局所的な「超・高密度」ネットワーク

特定の狭いエリア(視覚情報を処理する場所や、特定の知識を蓄える場所)では、神経細胞同士の結びつきが異常なほど密になっています。これが、驚異的な記憶力や、細かな違いに気づく高い観察力の源です。いわば、「特定の街の中だけ、ものすごい密度で裏道が張り巡らされている」状態です。情報の処理速度がそのエリア内だけ極端に速いため、特定の分野で天才的な能力を発揮することがあります。

● 遠隔領域を結ぶ「バイパス」の不足

一方で、脳の前方(思考や判断を司る前頭葉)と後方(視覚や感覚を司る領域)を結ぶような、長距離のネットワークが細い、あるいは連携がスムーズにいかない傾向があります。これにより、複数の情報を瞬時に統合して「全体の雰囲気(文脈)」を読み取ることが難しくなります。細部は見えているのに、全体像が見えにくい。これは、「街の中の道は詳しいけれど、隣の市へ行く高速道路が通っていない」ために、情報の物流が滞ってしまうようなものです。

2. 常に「ノイズ」が鳴り響く、興奮気味の脳

私たちの脳内では、アクセルの役割をする「興奮性信号(グルタミン酸)」と、ブレーキの役割をする「抑制性信号(GABA)」が常にバランスを取り合っています。これを専門用語で「E/Iバランス」と呼びます。 ASDの脳では、このバランスが「アクセル全開(興奮優位)」に傾きやすいことが研究で示唆されています。本来、脳は入ってくる情報の9割近くを「不要なもの」としてカットしていますが、ASDの方の脳ではブレーキ役のGABAの働きが弱いため、あらゆる情報がなだれ込んでしまいます。 隣の人のタイピング音、蛍光灯のわずかなチカつき、服のタグの感触。これらが「耐えがたい苦痛」として感じられる感覚過敏の正体は、脳がそれらを適切にシャットアウトできず、常にフルボリュームで処理しようとしてしまう「情報の洪水」状態にあるからなのです。

3. 「脳のガーデニング」がちょっぴり苦手

私たちは、生まれた直後が最も脳の神経回路(シナプス)が多く、成長するにつれて「不要な枝を切り落とす」という作業を行います。これを「シナプス刈り込み」と呼びます。このプロセスを経て、脳は効率的な処理ができるよう最適化されていきます。 しかし、ASDの脳ではこの「枝切り作業」が控えめであることが分かってきました。細胞内のリサイクル機構であるオートファジーの機能低下などが背景にあり、古い回路や余分な配線がそのまま残ってしまいます。結果として、脳内は情報の通り道が常に混雑しており、新しい状況に適応しようとする際、回路同士が干渉して混乱(フリーズ)を招きやすくなるのです。

4. 「社会脳」という専門チームの特殊な動き

人間には、他人の表情から感情を読み取ったり、意図を推測したりするための専用ネットワーク、通称「社会脳(ソーシャル・ブレイン)」が備わっています。ASDでは、このチームを構成する部位の動きに特徴が見られます。
  • 扁桃体(へんとうたい)の過敏さ: 不安や恐怖を感じる「扁桃体」が、幼少期に肥大化していることが多くあります。他人の視線や予測不能な事態に対し、脳が「生存の危機」レベルのアラートを鳴らしてしまうため、対人場面で強い緊張を感じます。
  • 紡錘状顔領域(ほうすいじょうがんりょういき): 顔認識を専門とするこの部位の活動が控えめです。多くの人が無意識に「人の目」を追うのに対し、ASDの脳は「動くもの」や「規則的なパターン」に強い関心を示すように配線されています。
  • ミラーニューロン・システム: 他者の行動を自分のことのようにシミュレーションする細胞群の働きが独特であるため、直感的な共感よりも、論理的な分析によって相手の意図を理解しようとする傾向があります。

結び:OSが違うだけの「ニューロダイバーシティ」

ここまで見てきたように、ASDの特性は「心の持ちよう」ではなく、細胞レベル、分子レベルの物理的な現象に基づいています。しかし、ここで強調したいのは、これが決して「壊れている」わけではないということです。 長距離の連携が苦手な代わりに、局所的な処理能力は圧倒的に高く、ブレーキが弱いために過敏な分、微細な美しさや変化に気づける。これは、WindowsとMacのOSが違うように、「情報の処理システムが根本から異なっている」だけなのです。 今の社会は、大多数の「定型発達」というOSに合わせて設計されています。そのため、異なるOSを持つASDの方は、日々フリーズしたりエラーが出たりして、多大なエネルギーを消耗しています。脳科学が教えてくれる最も大切な教訓は、彼らの脳がどのような世界を見ているのかを知り、「スタイルの違い」として尊重すること。それが、より優しく、豊かな社会を築くための第一歩になるはずです。